第300話 惨劇のゴルフ場


 薫はボールを打ち直し、皆と一緒にフェアウェイを歩き始めた。

「凄かったね、さっきのボール」

 照美が少し興奮したように声を上げた。


「ふふふ……ゴルフの天才、三条薫様の実力ですよ」

 おどけた調子で薫が言い返す。

「もう、何言ってるの。マグレで飛んだからって天才はないよ。結局OBだったんだから」

 由香里が容赦なく否定する。


「まあね。でも、気分的にはスカッとした」

 フェアウェイの半分ほどまで進んだ時、背後で叫び声が聞こえた。


「五月蝿いな」

 薫たちが振り向いてティグランドの方に視線を向けた。

「な、何なのあれ!」

 由香里が怯えたような声で叫んだ。


 ティグランドでは体長二メートルを超す大ネズミの化け物が暴れていた。

 一匹の鉄頭鼠は見物人の一人を口に咥え地面に叩き付けていた。もう一匹は集団で逃げている人々を追って駆け回り逃げ遅れた人々を撥ね飛ばす。


「三人はクラブハウスに逃げ込んで警察に連絡して」

 薫が冷静な声で三人に指示をした。

「カオルも一緒に逃げるんじゃないの?」

 由香里が確認した。


「私はあの人たちを助けに行って来る」

「無茶よ。死んでしまう」

「大丈夫よ。由香里には黙っていたけど、去年の夏休みに異世界へ行って神紋を授かっているの」


 一般社会にも異世界の神紋がどういうものか広まっていた。

 異世界で『魔力袋の神紋』を授かり魔導細胞を手に入れた人々が、スポーツや武術などで活躍するようになり、不公平だという声が上がっていた。


 逸早く陸上競技の大会では神紋を授かった選手は出場禁止とした。その対応はスポーツ界全体に広まろうとしているようだ。


「ええっ、カオルは荒武者だったの」

 韓国の荒武者が竜を倒したというニュースを覚えていた由香里は何か勘違いしたようだ。……いや、半分ほどは真実なのかもしれない。


「違う違う。魔法に興味が有って研究していただけよ。それより早く避難して」

 薫はゴルフバッグからドライバーを取り出すとティグランドの方へ駆け出した。凄い速さで遠ざかって行く薫を見送った由香里たちはクラブハウスの方へ避難を始める。


 一方、ティグランドは阿鼻叫喚の地獄のようになっていた。四、五人が鉄頭鼠に身体を引き裂かれて死に、それ以上の数の人々が怪我をしていた。

 それを目にした薫は怒りで顔を歪め、鋭い視線で暴れている魔物たちを睨む。


 ティグランドに駆け込んだ薫は、女子プロを引き裂こうとしている鉄頭鼠の頭にドライバーを思い切り叩き付けた。ドライバーのヘッドが鉄頭鼠の頭に減り込む。


 その一撃で鉄頭鼠をふらつかせる事に成功した。だが、その衝撃により、ドライバーのシャフトがへし折れヘッド部分が弾け飛んでしまう。


「今のうちに逃げて」

 間一髪で九死に一生を得た女子プロは必死の形相で逃げ出した。薫はふらふらと体を揺らしている鉄頭鼠に近付き、折れたドライバーを全力で首に突き刺し捻入れた。


 小銃の弾丸さえ弾き返した鉄頭鼠の毛皮は、薫の体重と崩風竜を倒した事で手に入れた剛力により突き破られた。


 首からピューッと鮮血が吹き出すが致命傷ではない。鉄頭鼠が甲高い声で鳴き始めた。薫が首を傾げる。

 その声に気付いたもう一匹が、薫目掛けて突撃して来た。


「ヤバイ!」

 薫は横っ飛びに四メートルほど飛び、芝生の上を転がってから立ち上がった。


「人の目が有るから魔法が使えないのに、武器も無しとは……」

 薫は愚痴を溢しながら、フェアウェイの左側にある林に向かって走り出した。薫を追って二匹の鉄頭鼠も走り出す。全速力で走った薫は、鉄頭鼠に追い付かれる事なく林の中に飛び込んだ。


 ここなら周りに人の目がないので魔法が使える。林に入った瞬間から、自分たちが追っていた人間の雰囲気が変わったのに鉄頭鼠たちも気付いたようだ。鉄頭鼠たちは警戒し二匹同時に襲い掛かろうとしていた。


 二匹が飛び掛かって来る。

「甘い!」

 薫は呪文の詠唱無しで<気槌撃エアハンマー>をぶち当てた。鉄頭鼠たちがトラックに撥ねられたかのように吹き飛ぶ。『竜の洗礼』を受けた薫の魔法はパワーアップしているようだ。


「どう料理してやろうかな」

 余裕が出来た薫は楽しそうに呟いた。起き上がった鉄頭鼠に<風刃>を放った。風の刃が鉄頭鼠の頭に当たったが、大したダメージは与えられない。<風刃>では威力が足りないみたいである。


 刺さっていたドライバーが抜け落ち首から血を流している鉄頭鼠が起き上がり薫に襲い掛かった。薫は冷静に<豪風刃>を放ち、後ろに飛び退く。空中で鉄頭鼠の背中を切り裂いた豪風刃は地面にも大きな傷を付けて消えた。


 鉄頭鼠は背中から血を吹き出すと地面を転げ回りながら藻掻き苦しみ始めた。薫が止めを刺そうとした時、もう一匹の鉄頭鼠が薫に襲い掛かった。


 凶悪な前歯で薫の頭を齧ろうとする大ネズミを<風の盾>で弾く。この<風の盾>はミコトが持つ『流体統御の神紋』の基本魔法と同じものである。


 使い勝手が良さそうだったので、薫が持つ『風刃乱舞の神紋』でも使えるように改造し応用魔法の一つとして加えたものだった。


 鉄頭鼠は仰け反りながらも、器用に尻尾を薫の右足に絡み付かせ引きずり倒した。

「キャアア」

 薫は叫び声を上げると同時に、<豪風刃>を放っていた。大きく力強い風の刃は鉄頭鼠の尻尾を断ち切る。


 素早く立ち上がった薫は一旦距離を取る為に飛び退いた。足に巻き付いている尻尾を外して捨てる。

「あんな攻撃が出来るなんて、本当に魔物は油断出来ない」


 鉄頭鼠は林の中をグリーンの方へ逃げ出した。仲間が回復する時間を稼ぐ為だと予想はついたが、見失って逃がす訳にもいかず、追い掛ける。


 素早い鉄頭鼠を追跡するのは大変だった。林の中をグルグル回って逃げる鉄頭鼠は、元の場所に戻って来た。やはり時間稼ぎだったようだ。


 傷を負って苦しんでいた鉄頭鼠は、出血が止まり動けるほどに回復していた。

「嫌になっちゃうな。こんな短時間で回復してるなんて」

 人間なら一ヶ月は起き上がれないほどの傷だったはずである。


 その時、上空からヘリコプターの音が聞こえて来た。上を見ると樹々の隙間から自衛隊のヘリが上空でホバーリングしているのが目に入った。


 軍用ヘリの側面から大型のライフルのようなものが突き出ているのに気付く。きっと特異体を倒せる武器を持ったスナイパーが獲物を探しているのだろう。


「面白くなって来た所だけど、時間切れか」

 薫は<気槌撃エアハンマー>で鉄頭鼠たちをフェアウェイまで弾き飛ばした。

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