第296話 ウェルデア市の領主

 穴の中は暗く、<冷光>の魔法を使って光源を掌に作ると前を照らしながら進み始める。

 狭い横穴は左に曲がりながら八メートルほど続く。その最終地点は大きな空間に繋がっていた。その空間は縦三〇メートル、横二〇メートルほどの楕円形をしており、中央には水溜りがある。


 ミリエス男爵たちの姿を探したが見付からない。ただ、空間の地面に掘り手たちのツルハシが落ちているのに気付いた。


「ここに来たのは確かなようだけど……何処に行ったんだ?」

 この空間は高さが五メートルほどもあり、横穴とは斜面で繋がっていた。その斜面を下りて空間の中を調査する。地面は血と思われる液体で汚れていた。


 ここで何かと戦ったようだ。

「ミコトさん、男爵は見付かりましたか?」

 フェランが待ちきれなくなって来てしまった。俺は溜息を吐いて返事をする。


「いや、ツルハシと血を見付けたが、男爵たちの姿はない」

 駆け寄って来た若いハンターは、地面に零れ落ちている血を見て顔を顰めた。

「周囲を調べてみよう」

 調べてみると斜め上へと続いている別の横穴を見付けた。俺とフェランは横穴に入り上へと登る。


「何だか迷宮みたいですね」

 フェランの声に頷いた。

「まだ序二段だから、本物の迷宮には潜った事はないんだろ」


「はい……でも、こんな感じじゃないんですか?」

「まあ、似たような階層も有るけど、迷宮全部がこんな感じじゃない」

「へえぇ」


 話しながら進み、三〇メートルほど上った頃、一〇畳ほどの部屋に辿り着いた。この部屋の壁はコンクリートのようなもので固められており、明らかに人工的に作られたものだった。


「こんな地下に部屋?」

 フェランが首を傾げている。

「昔採掘していた鉱夫たちの休憩所じゃないか」


 テーブルと長椅子らしいものの残骸が有ったので、そう答えた。

「休憩所……そんなものが残っていたんだ」


 横穴の右側に部屋の出入り口があり、そこから顔を出し安全を確認する。坑道が左右に伸びており、右の少し先にも部屋らしいものがあった。慎重に近付き部屋を覗いてみる。嫌な光景が目に飛び込んで来た。


 男爵たちが七〇センチほどもある大きな芋虫のような魔物の餌食となっていた。何かの幼虫らしい巨大芋虫の数は二〇匹ほどで、男爵たちの腹に顔を埋め咀嚼している。


 顔から血の気が引くのが分かった。

「クソッ、護衛は何をやっていたんだ」

 依頼内容がサイクロプスの討伐だけだったとしても、依頼人を死亡させたという事実はハンターとしての評判が落ちる。まあ、そんな評判は初めから気にしていないのでどうでも良いのだが。


 フェランも部屋に中を覗こうとしているのに気付き止めた。

「見ない方がいい」

 だが、俺の様子がおかしいのに気付いたフェランは部屋の中を見た。


「うあっ!」

 その結果、思わず大声を上げてしまった。フェランは顔色を青褪めさせ、怒りの表情を浮かべると剣を抜く。


「何をするつもりだ?」

「あいつらに思い知らせてやる」

 俺はゆっくりと首を振る。


「止めろ。あいつらの親が近くに居るはずだ」

「間違っている。こんなの許しちゃ駄目だ!」

 フェランは部屋に飛び込むと巨大芋虫に剣を突き刺した。芋虫が鋭い顎を擦り合わせるようにして甲高い悲鳴を上げる。


 その瞬間、坑道の奥の方から何かが騒ぐ気配を感じた。やはり、近くに親が居たようだ。巨大昆虫の足が地面を引っ掻く音が聞こえた。それも一匹や二匹ではない。


 坑道の奥から姿を現したのは体長一メートルほどの暴食コガネムシだった。メタルグリーンに輝く外殻をキラキラと輝かせながら、五十匹を超える暴食コガネムシの群れが迫って来る。この数は多過ぎる。


「逃げるぞ」

 フェランの首根っこを捕まえると引き摺るように逃げ出した。フェランは暴食コガネムシの群れに気付くと必死で逃げ始める。自分の命を犠牲にしてまで報復するつもりはないようだ。


「先に行け。俺が殿しんがりを務める」

 フェランを先に逃がすと邪爪鉈を抜く。後ろから暴食コガネムシが飛び掛かって来た。そいつの頭に邪爪鉈の刃を御見舞する。


 別の一匹がフェランに飛び掛かった。フェランは剣で斬ろうとしたが、頑丈な外殻で弾き返される。俺はフェランを攻撃している暴食コガネムシの腹を蹴り上げ弾き飛ばす。


 次に襲って来た奴の頭をかち割り、別の暴食コガネムシに<風の盾>のシールドバッシュを叩き込む。


 休憩所を通り抜け、中央に水溜りのある空間に出た。後ろを見ると暴食コガネムシが津波のように迫っている。……ここで食い止めないと樹海に出ても追い掛けて来そうだな。


 フェランが横穴から採掘現場へ向かったのを確かめると横穴の前に立ち塞がり、<缶爆>を使う。暴食コガネムシの群れに向かって缶爆を投げると<遮蔽結界>を張った。


 缶爆が爆発し暴食コガネムシが吹き飛んだ。爆風が結界を押し破ろうとするが、結界は耐え切った。だが、空間の天井が衝撃に耐えきれず崩落を始める。


 俺は急いで横穴に飛び込み逃げ出した。何とか逃げ切り坑道の外へ出る。そこではフェランが心配そうな顔で待っていた。


「ごめんなさい。オレがミコトさんの指示を聞かずに攻撃したから」

 フェランは反省したようだ。

「ああいう場合でも冷静に判断しろ。そうでないと生き残れないぞ」


「済みません。頭にカーッと血が上っちゃって」

 若いのだから仕方ないかと考えた時、自分の考え方が年寄り臭くなっているのに気付いた。俺も若いはずなんだが……。


 しばらく待ってから採掘現場まで戻ってみた。横穴は完全に塞がっている。

「男爵たちが死んだ上に、ミスリル鉱脈まで途切れるなんて……不運だ」


 フェランが愚痴っている。それを聞きながら、俺は鉱脈を掘っていた周囲の地層を丹念に調べた。横穴から三メートルほど離れた地層に鈍く光るものが見えた。


 試しにツルハシで掘ってみた。ツルハシの先端を地層に食い込ませ、ひたすら掘る。

「そこって鉱脈じゃないですよ」


 フェランがミスリル鉱脈じゃないと教えてくれるが、何だか掘るのが楽しくなって掘り続けた。ちょっとした現実逃避だった。ウェルデア市に戻って、オペロス支部長にミリエス男爵たちが死んだ事を報告するのは気が重いのだ。


 三〇分ほど掘った時、ツルハシの先が硬いものにぶつかった。ゴロリと黒っぽい銀色の結晶が転がり落ちた。

「何だろ?」

「ミスリル鉱石じゃないのは確かです」


 フェランが残念な事を断言してくれた。俺は確かめる為に拾い上げる。

「重い……この鉱石は見た覚えがある」


 前にアルミニウムについて調べた時、いろんな鉱石の図鑑も調べた。その中に同じような鉱石が載っていた。タングステンを含む鉄重石という鉱物である。


 試しに『錬法変現の神紋』の応用魔法<元素抽出>を使ってタングステンだけを抽出してみた。魔法効果によりタングステンが液状化し地面に零れ落ち鈍く銀色に光る金属となった。


「凄いな。そんな魔法も使えるんだ。でも、これって銀じゃないよね」

「何となく似てるけど違う金属だ」

「ハア、銀だったらミスリルほどじゃないけど高く換金出来るのに」


 ミリエス男爵は多額の成功報酬を約束していたが、死んでしまっては貰えない。

「それじゃあ、この鉱石を掘ってくれ」

 俺はツルハシをフェランに渡した。


「何で……この金属は高く換金出来るの?」

「いや、個人的に欲しいだけ。手伝ってくれたら金貨三枚を出すよ」

「やります」


 フェランは一生懸命にツルハシを振るい始めた。俺は掘り出された鉄重石からタングステンを抽出し一つに纏めていく。タングステンが二〇キロほど集まった時点で採掘を止め、帰り支度を始めた。


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