第295話 ミスリル鉱脈2

「気配を消していたのに気付かれた」

 サイクロプスが立ち上がった。その体長は五メートルほど有り、逞しい片手には大王兎の死骸が握られていた。赤銅色の身体は腰の部分だけ何かの皮らしいもので覆い隠している。


 大きな足が大地を踏み締めるたびに大きな足音を響かせた。近付いたサイクロプスは右手を振り下ろす。


 俺は全力で飛び下がった。目の前を大きな手が通り過ぎ、地面を掻きむしる。ショベルカーで地面を掘ったような跡が地面に残った。


「ヤバイ」

 サイクロプスが地面を掘った手を掲げ持っている土石を投げようとしている。俺は急いで<遮蔽結界>を張り身構えた。大量の土石が俺に向かって投げられ結界で弾かれると細かい土の粒子が煙幕のように空気中に広がった。


 土石の中には直径二〇センチほどの石も混じっており、当たれば大怪我をしただろう。危険な攻撃だ。


 土の煙幕を利用し移動しようと右の大木が在る方へ駆ける。だが、大きな独眼が俺の動きを正確に追っている。どうやら普通の光だけではなく、熱源か魔力を感知する機能が独眼には備わっているらしい。


 サイクロプスが地面から大きな岩を持ち上げ、俺目掛けて投げ付ける。

「おわっ!」

 素早く横に跳んで避けた。大岩は背後に有った木の幹に命中しへし折った。サイクロプスの攻撃範囲内で戦うのは不利だと思い、距離を取ろうと後ろに下がる。


 サイクロプスが追撃して来た。逃がさないつもりのようだ。仕方なく接近戦を試みる。五芒星躯豪術を使って脚力を強化し人間離れした素早い踏み込みで、サイクロプスの足元に飛び込み大きな足に邪爪鉈を叩き付けた。


 邪爪鉈の刃がサイクロプスの足に喰い込み引き裂いた。

 サイクロプスが思い掛けない痛みに悲鳴のような叫びを上げた。だが、サイクロプスの筋肉は強靭で、深い傷とは言えない。


 サイクロプスは猛烈な勢いであらゆる物を投げ始めた。岩、土、木の枝など手当たり次第に投げ、俺を攻撃する。いつの間にか攻撃するタイミングを失い守りに徹するようになっていた。これでは駄目だと攻撃のきっかけを求め邪爪鉈を仕舞い、絶烈鉈を魔導ポーチから取り出す。


 五芒星躯豪術で集めた魔力を絶烈鉈に流し込む。赤紫の光が溢れ出し長さ一メートル半の刃が形成された。凶悪と言えるほどの威力を秘めた絶烈刃である。


 俺はもう一度サイクロプスに接近し、絶烈刃をその大きな足に叩き付けた。絶烈刃は巨人の足を切断し、その巨体を地面に転ばせた。


 絶叫を上げるサイクロプスが地面を転げ回った。俺は巨人の頭の方へ移動し、その首に絶烈刃を滑り込ませる。邪爪鉈で斬り付けた時には大きな抵抗感が有ったが、絶烈刃は大した抵抗もなく首に喰い込み、それを切断する。


 サイクロプスが静かになり、切り離された頭に付いている独眼から光が消えた。その死体から濃厚な魔粒子が放たれ、俺の身体に吸収される。


「ふう……戦術を誤った。遠くから<魔粒子凝集砲>を放ってダメージを与えてから仕留めるべきだった」


 俺は反省しながら、サイクロプスから皮と魔晶管を剥ぎ取る。当然、魔晶管の中には魔晶玉が有り、バジリスクの魔晶玉並みに大きなものだった。


 剥ぎ取ったものを魔導バッグに入れ背負うとサイクロプスの頭を<圧縮結界>を使って小さくし、鉱脈が在ると聞いている山の近くへ持って行き置いた。男爵が本当に倒したのか疑った時に見せようと思ったのだ。


 頭を元の大きさに戻すと男爵たちが待っている場所へと引き返した。

 ミリエス男爵がイライラしながら待っていた。

「チッ、時間が掛かったではないか」


 咎めるような口調であった。いささかムッとする。

「相手はサイクロプスですよ。時間が掛かっても倒したのなら凄い事です」

 サイクロプスを倒した事で、俺に尊敬の念を懐き始めたフェランが口を挟むと男爵にジロリと睨まれ身を縮めた。


「さっさと鉱脈まで案内しろ」

 男爵に言われ、フェランが歩き出した。俺がサイクロプスと戦った近くを通る時、サイクロプスの頭が見えた。独眼の巨大な頭を見たミリエス男爵が、少し青い顔をして急ぎ足で進み始める。


 鉱脈がある山に到着した。山の裾野に坑道の入り口があり、それがミスリル鉱脈まで続いているらしい。

「そこの二人、先に行け」


 俺とフェランを指差し男爵が声を上げた。指示通り先に入る。坑道の中は高さ二メートルほどで幅も三人の人間が並んで歩けるほどであった。

 中は暗く、フェランが用意して来たカンテラに火を灯す。


 鉱脈は坑道の中を一〇分ほど歩いた場所にあり、かなり高品位のものらしく銀色に輝いていた。男爵の命令で一〇人の掘り手がツルハシを振るい始め、ミスリル鉱石が転がり落ちる。


 男爵と護衛、俺とフェランは掘り手の後ろで周囲を警戒していた。

「フェラン、坑道の中で魔物の気配を感じたと聞いたが、正体が何か分かるか?」

「いえ、あの時は気配だけで逃げ出したから」


「そうか、魔物の正体は気になるが、分からないなら仕方ない。警戒しながら採掘が終わるのを待とう」

 近くで聞いていたミリエス男爵が、

「サイクロプスを倒したハンターにしては臆病だな」


 この男爵とは徹底的に馬が合わないようだ。何度もイラッとさせられ、一緒に居るだけで息苦しい感じがする。


「フェランは坑道で魔物の気配を感じたと言っているんだ。警戒するのは当たり前だろ」

「そんな若造の直感など信用出来るか。怯えた顔をして突っ立っているだけなら、外に出て今夜の食料を調達して来い」


 男爵も俺が気に食わないようだ。傍に立っていられるより、外に追い出した方がいいと判断したのだろう。


 ここも気になるが、ミリエス男爵と一緒に居ない方が精神衛生上良いと考え、黙って従った。

「いいんですか?」

「仕方ないだろ。男爵様の命令なんだから」


 フェランと一緒に外に出た。二時間ほど駆け回って大王兎一匹を狩り、食べられるキノコも大量に採集する。


「今夜の食事が楽しみだな」

「ああ、これなら男爵も文句は言わないだろう」

 獲物を担いで坑道に戻った俺たちは、坑道の前で焚き火を起こし大王兎の肉を焼き始めた。


「男爵たちを呼んで来てくれ」

 俺はフェランに頼んだ。

 フェランの姿が坑道内に消え二〇分ほどした頃、坑道の奥から誰かが走って来る足音が聞こえた。


「た、大変です。男爵たちが居ません」

「えっ、何だって」

「鉱脈の所に誰も居ないんです」


 俺はフェランと一緒に鉱脈の場所まで急いで行った。フェランが言う通り、鉱脈を掘っていた掘り手の人々も男爵たちの姿もなかった。


 調べてみると男爵たちの荷物は鉱脈の近くに置いたままになっていた。

「どういう事だ」

 鉱脈を掘っていた場所を調べると直径一メートルほどの横穴が開いていた。

「皆はここに入ったのかな?」


 フェランが男爵たちを大声で呼んだが、返答はなかった。

「俺が入ってみる。フェランはここで待っていてくれ」

 そう言い残し、俺は横穴に入った。


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