第294話 ミスリル鉱脈


「今回のミスリル鉱脈なのだが、ミリエス男爵が所有権を主張しているのだ」

 オペロス支部長は顔を顰めながら告げた。


「えっ、採掘したら駄目だという事ですか?」

「いや、採掘の許可は下りているのだが、採掘した半分を男爵に納めねばならない」


「自分は城の中で待っているだけで半分は多過ぎじゃない。それに樹海の中にある鉱脈に所有権を主張出来るんですか?」


 樹海の一部を自分のものだと主張しても、正式に認められるものではない。少なくとも国王の認可が必要である。ミリエス男爵が国王の認可を取っているとは思えなかった。


「国王の認可を得ているかどうかという意味なら分からん。だが、誰であろうと新しいミスリル鉱脈を採掘した者は半分を男爵に上納せよと命じている」


「強欲な奴だな……そんな鉱脈だと採掘に行く者は居ないんじゃないか」

「ああ、ハンターギルドの人間で採掘に行こうという奴は居なかった」

「だったら、今回採掘に行く奴は誰なんだ?」


「ミリエス男爵自身だ。ハンターギルドにはサイクロプスを倒せるハンターを用意しろと依頼があった」

 俺は思いっきり不機嫌な顔になった。


「そんな顔するな。私だって困っているんだ。貴族の依頼を理由もなく断わる訳にもいかず、迷宮都市のハンターギルドにサイクロプスを倒せるハンターが何人ほど居るか調べて貰ったら、ミコトの名前が有ったんで、指名依頼を出させて貰った」


 オペロス支部長の話では、ウェルデア市の財政は火の車らしい。まともな人間は逃げ出し、別の町で指名手配されているような奴が逃げ込んで来ているだから当然である。


 そこで男爵は新しく発見されたミスリル鉱脈の所有権を主張したのだが、採掘する者が居なければ宝の持ち腐れである。業を煮やした男爵は自ら採掘すると言い出したらしい。


「状況は判ったけど、そのミスリル鉱脈はどうやって発見されたんです?」

「うちのハンターがサイクロプスに追われ逃げ込んだ洞窟が、ミスリル鉱脈の坑道だったようだ。そのハンターは坑道の中を探索しミスリル鉱脈を発見した」


「その坑道ですが、危険な場所なんですか?」

「鉱脈を発見したハンターは何かの気配を感じて逃げ帰って来た。魔物が居るのかもしれん」


「俺はサイクロプスを倒すだけでいいんですか?」

「ああ、サイクロプスだけでいい」

 クラダダ要塞遺跡の時も崩風竜だけ撃退すればいいと言われ、今度はサイクロプス……欲深い人間が多いからなのか、それとも迷宮都市のハンターなど信用出来ないと思われているのだろうか。


 男爵の採掘チームは掘り手一〇人、護衛五人の構成らしい。護衛の技量を訊くと傭兵崩れで対人戦は慣れているが、魔物は未知数のようだ。


 オペロス支部長がサイクロプスを始末するハンターが来たとミリエス男爵へ報告に行ったので、適当に街の中で見物して回った。


 だいぶ寂れてきているようだ。商店街の中にも閉店し他所へ移った者が居る。

 ハンターギルドへ戻ってみるとオペロス支部長も帰って来ており、明日の早朝にミスリル鉱脈に向かうと知らされた。


 報酬額の件は、サイクロプスを倒せば多額の報酬を支払うと男爵が約束したと聞かされた。その日は、宿屋に一泊し翌朝ハンターギルドの前に集合した。


 オペロス支部長にミリエス男爵を紹介された。四〇代後半の痩せた男で水牛の角のようなカイゼル髭を生やしているのが印象的である。


 男爵は俺の事を値踏みするようにジロリと見て、

「ふむ、若いな。お前にサイクロプスを倒せるのか?」

「男爵様、ミコトは迷宮都市でもトップクラスのハンターです。彼の腕前は私が保証します」


 オペロス支部長が断言したので、男爵は納得したようだ。

「まあいい、それで鉱脈まで案内するハンターは来ているのか?」

「はい、ここに」


 俺より少し若いくらいのハンターがオペロス支部長の背後に立っていた。ウェルデア市に残る数少ないまともな若いハンターの一人らしい。


「これも若いな。ギルドにはベテランのハンターが居ないのか。私の護衛を見てみろ。ベテランの強者揃いだぞ」

 男爵の背後で警護をしている護衛を観察した。確かに三〇代後半から四〇代のベテランだが、あまり強そうには感じられなかった。


 紹介が終わり、俺と若いハンターをオペロス支部長が呼び寄せた。

「ミコト、済まんがフェランの面倒を見てくれんか」

 若いハンターはフェランという名の序二段ランクの剣士らしい。


「いいですよ」

「ちょっと待ってくれよ。俺は一人前だ」

「やっと正式なハンターになったばかりの若造がいきがるな」

 オペロス支部長に叱られ、フェランはシュンとなった。


「よし、出発だ」

 ミリエス男爵の命令で、ウェルデア市を出発した。先頭はフェラン、その後ろに俺が続く。


 男爵は護衛に囲まれながら樹海を恐れるように歩いている。ハンターでもない男爵が樹海を旅する事に慣れていないのは当たり前だが、思っていた以上に歩みが遅い。


 樹海が怖いのなら、ウェルデア市で待っていればいいのにと思ったが、男爵は他人を信用出来ない性格らしく、誰かが採掘したミスリル鉱石を誤魔化すのじゃないかと心配しているようだ。


 樹海の中を半日ほど進んだ場所で休憩する。

「おい、まだ着かないのか?」

 ミリエス男爵がフェランに強い口調で尋ねた。少し苛立っているようだ。


「もう少しです」

「ふん、という事はサイクロプスのテリトリーが近いのだな」

 フェランが頷くと男爵は俺の方に顔を向け、

「サイクロプスは貴様に任せていいのだな」


 俺自身も男爵に陞爵しているので身分的には同等なのだが、この男爵には言わなかった。下手に伝えると人間関係がややこしくなるような気がしたからだ。


「もちろんだ。サイクロプスは俺に任せてくれ」

「ふん、その自信が嘘でなければいいのだがな」


 男爵はオペロス支部長から俺の実力を聞いているはずなのだが、信用していないようだ。この男爵は情報収集など一切しない人物らしい。そうでなければ、俺の名前を知らないはずがない。


 簡単な食事を済ませると出発した。二時間ほど歩いた地点でフェランが立ち止まり、ここから先にサイクロプスが居る可能性が高いと告げた。


「ミコトとか言ったな。一人で行って化け物を倒して来い」

 ミリエス男爵が無機質な口調で命じた。俺の事を猟犬か何かとでも思っているようだ。腹の底ではムッとしたが、無表情のまま承諾する。


「判った」

 いつも思うのだが、貴族の中には平民を人間だと思っていない奴らが居る。貴族の為に平民が命を投げ出すのは当たり前だと思っているのだ。


 また、その平民がどんなに強くとも貴族に従うのは当然だと思っている。王国という社会の中でしか通用しない考えなのに、絶対的真理であるかのように信じているようだ。


 俺は<魔力感知>でサイクロプスの魔力を探した。

 サイクロプスは五〇〇メートルほど先に居るようだった。邪爪鉈を抜き油断なく近付く。


 独眼の巨人は大きな岩に座り、捕らえた大王兎を食べている処だった。大王兎はポニーほど大きさがある大きな黒ウサギである。サイクロプスは大王兎を片手で掴んで口に運び、強力な乱杭歯で骨ごと噛み砕く。


 ポトポトと血が落ちるのを見て顔を顰めた。

 その時、サイクロプスの独眼が俺の方に向いた。俺は背負っている魔導バッグを放り出し厳しい顔になった。

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