第293話 ウェルデア市のオペロス支部長

 俺は伊丹を道場に連れ出し、キャステルハウスで起きた出来事を詳しく話した。伊丹が理解し難いようなので、変質させた魔力も見せた。


「変質し安定化した魔力と申されたか。何なのでござる?」

「さあ、取り敢えず『マナソリッド』と呼ぼうと思うんだけど、伊丹さんも作れるか確かめてくれる」


 伊丹は俺の指示に従い、魔力を変質させマナソリッドを作り出した。

「マナソリッド……どのように使うのでござる?」

「まだ、試行錯誤の段階なんだけど」


 マナソリッドを下敷きのように薄く伸ばし空中に固定化すると、その上に飛び乗った。

「こんな事も出来る」

「ほほう……戦いにも使えそうでござるな」


 遠くの物をマナソリッドで包み込み移動させる事も可能なようだ。試しに地面に落ちている石を空中に持ち上げ、移動させてみる。


「便利でござるな」

 伊丹も枯れ枝を持ち上げ、空中でクルクルと回したり上下に動かしたりしている。マナソリッドの制御範囲は二〇メートルほどで、それ以上離れるとマナソリッドに干渉出来なくなるようだ。


 いろいろ試している内に面白い性質が判った。マナソリッドは繰り返し作業を指示すると、ずっと繰り返す事が可能なのだ。但し複雑な作業は無理であり、単純作業限定である。


 少し大きめの石を空中で一時間ほど上下させ続けると、マナソリッドは二割ほど小さくなった。魔力が運動エネルギーに変換されてしまうらしい。


 魔道具などに比べると決してエネルギー効率がいいとは言えないが、便利だった。それに使わない時は腕輪の形にして、腕に填めておけば邪魔にはならない。


「マナソリッド自体を攻撃には使えないのでござるか?」

「重さがないから攻撃には向かないみたい」

「しかし、<風刃>なども同じようなものだと思うのでござるが」


「あれは当たった瞬間、魔力が衝撃波のようなものに変化しダメージを与えているらしいんです」

「ふむ、魔法とは不思議なものでござるな」


 今更という感じはするが、伊丹は魔法という存在の不思議さを感じたようだ。その日は、二人でアイデアを出し合いながらマナソリッドの使用法について検討し過ごした。


 翌朝、久しぶりにゆっくりと朝食を食べていると、ハンターギルドのアルフォス支部長が趙悠館に現れた。

「どうしたんです。支部長」


「実はミコトへの指名依頼が届いた」

「指名依頼……誰から?」

「ウェルデア市のオペロス支部長からだ。街の北西に在る樹海でミスリルの鉱脈が見付かったらしいのだ。そこに行って少しでも多くの鉱石を持ち帰って欲しいそうだ」


 俺はミスリルと聞いて心を動かされた。迷宮都市では魔導武器や魔導飛行バギーの製造を始めてから、ミスリルを大量に消費するようになっていた。


 今までは迷宮都市の北に在るロロスタル山脈のミスリル鉱脈を採掘していたのだが、そのミスリル鉱脈の在る場所に問題が有った。


 ロロスタル山脈にはトロール族が住み着いており、ミスリル鉱石を採掘に行くとトロール族と遭遇する危険があるのだ。身長三メートルを超える巨人族トロールと遭遇したがる者は居ないので、ミスリル鉱石は希少品となっている。


 今はまだミスリルの在庫が有るので問題となってはいないが、このまま消費が増大すると在庫が尽きるのは明白だった。因みにトロールはナイト級下位の魔物である。


「俺に指名依頼が来るという事は、何か危険な魔物が居るのかな?」

「鉱脈の近くは大王兎だいおううさぎの繁殖地で、それを狙って独眼巨人サイクロプスが居座っているそうだ」


 サイクロプスはトロールより一回り大きな一つ眼の化け物で、頑丈な皮膚と樹齢一〇〇年を超す樹木さえへし折る怪力を持つナイト級上位の魔物である。


「サイクロプスか。戦った事はないけど、属竜種より強くはないはずから大丈夫だと思うけど……何で俺に指名依頼なんだろう?」


「サイクロプスを倒せそうなハンターの中で、オペロス支部長の顔見知りはミコトだけだという話だ」

 ウェルデア市に住んでいた時に、オペロス支部長の世話になったので断り難い依頼だった。


「報酬はどうなんです?」

「支度金として金貨一〇枚を出し、後はウェルデア市のハンターギルドで直接相談したいそうだ」


 報酬額が決まっていないというのは珍しい依頼だった。何か事情が有るのだろうか。迷ったが、引き受ける事にした。ウェルデア市の様子も一度見たいと思っていたからだ。


 急いで準備を始める。ウェルデア市はミリエス男爵が治めるようになって荒れていると聞いているので、万全の準備をした。魔法薬の類やツルハシ、最大容量の魔導バッグを用意した。


 実際に採掘する人間はオペロス支部長の方で用意するようだが、念の為にツルハシを持って行く。

 大量の鉱石を持ち帰る為には、チームを組んで鉱脈がある場所まで行くしかない。依頼に書かれている俺の役割はサイクロプスの討伐である。


 ウェルデア市までは、アカネに改造型飛行バギーで送って貰った。

 久しぶりにウェルデア市に入り、ハンターギルドまで行く。懐かしいと感じながら中に入った。ギルドの建物は変わっていなかったが、中でたむろしているハンターの様子が変わっていた。


 何というか、ガラが悪くなっているのだ。以前もランクが低いハンターばかりだったが、若く未熟な者たちが中心でギルド自体には活気があった。


 現在は何処かの組のチンピラみたいな連中が多くなっていた。ギルドに足を踏み入れた瞬間、棘のある視線が突き刺さった。こんなもので怯むほどヤワではないが、イラッとさせる。


 俺はカウンターに近付く。カウンターの内側に居るギルド職員は全員が男性に変わっていた。

「悪夢だ……綺麗なお姉さんたちがウェルデア支部の売りだったのに」


 後で聞いたが、世話になった受付嬢のセリアさんは、港湾都市モントハルへ引っ越したそうだ。

 若いハンターたちも迷宮都市や港湾都市へ活動拠点を移したので、俺が知っているウェルデア支部とは別物になっていた。


 ただ変わっていないのが一点だけある。オペロス支部長、彼だけはウェルデア市に留まり続けていた。


「迷宮都市から来たミコトだ。支部長に会いたいんだが」

「支部長は昼飯を食いに出掛けている。もう少しすれば帰ると思うがどうする?」

「待たせて貰う」


 俺はカウンターから離れ、長椅子が並んでいる場所に来ると誰も座っていない長椅子に腰を下ろした。


 周りはガラの悪い連中だらけである。その中の一人、山賊の親分のような顔の男が近付いて来た。

「おい、お前。見掛けない顔だな」


 久しぶりに絡まれた。何だか新鮮な感じがする。

「迷宮都市から来た」

「偉そうに……ハンターの価値は何処に住んでいるかじゃねえ、実力だ」


 迷宮都市から来たと言っただけなのに……こういう反応が返って来るのは、迷宮都市のハンターの方が優秀だと心の底では考えているからなのか。


 山賊親分顔の周りの連中が、『そうだ、そうだ』と騒ぎ出した。

 ここで反論すると騒ぎになりそうだったので、適当に相槌を打ち支部長が帰るのを待った。だが、それも気に入らなかったようで、山賊親分顔と仲間の四人に取り囲まれた。


「礼儀知らずの奴だ。お前の所為で気分が悪くなった。慰謝料を払え」

 段々相手しているのがバカバカしく思えて来る。

「五月蝿いな。静かにしてくれ」

「何だと……」


 俺は立ち上がり、取り囲んでいる連中に抑えていた覇気をぶつけた。弱い魔物なら近付いて来なくなるほどの覇気である。その覇気に当てられた山賊親分顔たちは怯えた顔になり後退る。


「消えろ」

 山賊親分顔たちはあっという間に居なくなった。ギルドの内部がシーンと静まり、職員や他のハンターたちが顔色を変え、俺の方を見ていた。


「竜殺しの実力はさすがだ」

 いつの間にか戻って来たオペロス支部長がニヤッと笑っていた。

「帰って来ていたのなら、奴らを止めてくれればいいだろう」


「そんな必要が有るとは思わなかった。実際、そうだっただろ」

 オペロス支部長は自分の部屋に俺を案内した。そこの椅子に座ると依頼について話し始めた。


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