第292話 試作幽霊殺し一号

 勇者の迷宮に潜り始めて三日目、仙崎は何度か『死んだ』と思う瞬間を経験した。そして、第七階層の岩山と谷間が造り出した巨大な迷路で金縛りにあった仙崎はまたも死を覚悟する。


 この階層にはアンデッドの魔物しか存在しなかった。『光明術の神紋』や『聖光滅邪の神紋』を持たない仙崎にとって厳しい試練になると感じていたが、レイスと遭遇すると心配していた事が的中する。


 仙崎が持つ魔法の中で、発動速度が最も速い攻撃魔法は<炎弾>である。素早いレイスを追い払うには<炎弾>をぶつけ追い払うしかないのだが、一匹ならともかく複数のレイスに襲われると対応が間に合わず、身体に憑依され金縛り状態になってしまった。


 動けなくなった仙崎に剣を持つスケルトンが一歩ずつ近付いて来る。仙崎はジタバタ藻掻こうとするが、顔の表情筋だけしか動かなかった。その瞳には恐怖が浮かび、コメカミを大粒の汗が流れ落ちる。


 スケルトンが剣を振り上げた時、その不気味な頭蓋骨が縦に割れ地面に落ちた。それを追い掛けるように首から下の骨が崩れ落ちる。


 仙崎の顔に安堵の表情が浮かび、次の瞬間、背中に強い衝撃を受けた。その衝撃で取り憑いていたレイスが飛び出し、仙崎の身体が自由になる。


 仙崎は慌てて後ろに飛び下がった。代わりに豪竜刀を持つ伊丹が前に出てレイスをたたっ斬る。剣では切れないはずのレイスが断末魔の叫びを上げ消えた。


「何でレイスが切れるんだよ?」

 先程まで金縛り状態だった仙崎が納得出来ないと声を上げた。

「拙者が<聖光付与>の魔法を刀に掛けたからでござる」


「そ、そんな便利な魔法が有るなら、教えてくれよ。もう少しで死ぬ処だったぞ」

「助太刀いたそうかと尋ねた時、要らんと言ったのは仙崎殿でござるぞ」


 伊丹は仙崎と会話しながら、次々と襲って来るスケルトンを屠った。その動きには少しの隙もなく、スケルトンの方から豪竜刀に吸い込まれているようにも見えた。一切の無駄を省いた舞うような動きであり、理解出来る者が見れば恐怖を感じる動きだった。


 仙崎は伊丹の戦い方に惹き付けられ目が離せなくなった。日本一の剣豪は豪剣士と呼ばれる伊達徹だと思っていたが、この侍なら豪剣士に勝てるのでは……そういう考えが頭に浮かんだ。


 近くに居たスケルトンを全て倒した伊丹は豪竜刀を鞘に戻し、遠くから近付いて来る食屍鬼グールの群れを睨むように見ると疾翔剣を抜き魔力を込めながら飛翔刃を飛ばした。飛翔刃は食屍鬼たちを真っ二つにする。


「魔導剣なのか。何故、食屍鬼だけ魔導剣を?」

「あいつらは臭い。なるべく遠くで倒さないと嫌な臭いが服に染み込むのでござる。……そんな事より、このまま進んで良うござるか?」


 レイスに対して有効な攻撃手段を持たない仙崎は正直迷った。このまま進むという事は伊丹の助けを当てにして進むという事になる。


「レイスを倒す方法は『光明術の神紋』と『聖光滅邪の神紋』しかないのか?」

「強力な攻撃魔法ならレイスを消滅させられるそうでござる」


 『天雷嵐渦の神紋』の<雷槍>や『水神武帝の神紋』の<水散弾>ほどの威力を持つ攻撃魔法が命中すれば、レイスも消滅する。だが、その手段を選択するという事は魔力のほとんどを使い切る覚悟が必要だ。


「第三階梯の神紋か。他には?」

「防御魔法でレイスを近寄らさないようにして下の階層まで行けばいいのでござる」

「チッ、防御魔法なんて……」


 仙崎の様子から推測すると、防御魔法が使える神紋は持っていないようだ。

「時間は有るのでござるから、一旦第六階層の階段から地上に戻り、魔法について詳しいミコト殿に相談するのが良いのではござらんか?」


「あの若い案内人にか」

「ミコト殿はああ見えて勉強家。魔法や魔道具については拙者より詳しいのでござる」


 仙崎が迷宮に潜っている理由は修行の為である。攻略する事が目標なら伊丹の手を借りればいいのだが、安易に他人を頼って攻略しては修行の意味がない。

「判った。一旦戻ってどうするか考える」


 勇者の迷宮から伊丹たちが帰って来る頃、俺は工場で予備部品の製作を手伝っていた。

 『魔力変現の神紋』を改造した『錬法変現の神紋』の<精密形成>を使って、アルミの塊から予備の魔力供給筒を製作する。


 魔力供給筒の他にも精密加工が必要な部品をいくつも作らされ、三日間を工場で寝泊まりして過ごす羽目になった。


 その日は、二号艇の飛行試験が無事終わり親方たちがご機嫌で戻り、酒盛りが始まる。

「ドルジ親方、予備の部品は作ったから趙悠館に戻るぞ」


「ちょっと待て、ミコトも飲んでいけよ」

「酒はいいよ。それよりゆっくりと眠りたいんだ」

 俺は親方たちから逃げるようにして趙悠館に戻った。趙悠館では伊丹と仙崎が待っており、魔法について相談される。


「レイス対策か。迷宮に潜るハンターたちはパーティの一人に『光明術の神紋』を持たせるか、『流体統御の神紋』の防御魔法でレイスを近付けないようにしていると聞いているけど」


「それは拙者も承知しているのでござるが、他に何かないのでござるか?」

「前に冗談……いや、研究の為に作った魔道武器がある」


 数ヶ月前、樹海で珍しい魔物と遭遇した。麒麟バッタと呼ばれる昆虫系魔物だ。猫くらいに大きなバッタの体に龍のような顔が付いている。


 小さいが二本の角も有り、遠目から見ると伝説の麒麟のようにも見える。その時は、小さな麒麟が群れで襲って来たので、思わず反撃し十数匹を切り倒した。


 倒した麒麟バッタを調べると面白い事が判明する。麒麟バッタの角に面白い源紋が秘められていたのだ。マッチ棒サイズの角に秘められていたのは『破邪』であった。その一本一本の力は弱いが数本纏めればレイスくらいなら倒せそうだ。


 試しに十数本の角を生け花で使う剣山のように纏め、簡易魔導核を仕込んだ短めの棒に取り付けた武器を製作した。


 この魔導武器『試作幽霊殺し一号』は一度だけ試した後、趙悠館の倉庫で眠る事になった。レイス程度を倒すだけなら、邪爪鉈に魔力を込め斬撃を加えれば十分だったからだ。


 倉庫から『試作幽霊殺し一号』を取って来て、仙崎に渡した。

「何だ……この凶悪なハエ叩きは」


 確かに外見はハエ叩きに似ていた。デザインもお蔵入りした原因の一つである。

「こいつで本当にレイスを倒せるのか?」


「ええ、レイス程度なら確実に」

 次の日、仙崎は『試作幽霊殺し一号』を持って迷宮に潜り、レイスをしばき倒して第七階層を突破した。彼は『試作幽霊殺し一号』が気に入ったようで買い取ると言い出した。

 もちろん、俺は承知した。


 仙崎の修行は続き、第一〇階層を攻略した所で疲労がピークに達し休憩を入れると言い出した。

「まだ半分でござるぞ」


 伊丹は不満そうだったが、依頼人の要望では仕方ない。伊丹が暇になり、俺も予備部品作りが一段落したので、ミズール大真国のキャステルハウスで発見した魔力を変質させる力について研究しようと考えた。

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