第290話 仙崎の修行
ルキの騒ぎが収まった後、仙崎の部屋に行き昼食をどうするか聞いた。
「もちろん食うに決っているだろ」
仙崎は腹が空いていたようだ。食堂に案内しアカネに昼食を頼んだ。
「案内人が料理をしているのか」
「アカネさんは料理が得意なんです。美味しいですよ」
「料理もサービスの一つか。案内人もご苦労な事だ」
一緒に昼食を食べながら、迷宮都市について説明した。近くに三つの迷宮が存在し、一番難易度の低い勇者の迷宮でさえ完全攻略するのは難しいと伝える。
「潜っている奴のレベルが低いからじゃないのか」
「いや、そんな事はない。実際に潜ってみると分かると思うけど、勇者の迷宮を攻略するには幅広い能力が必要になるんだ。仙崎さんも苦戦すると思うよ」
仙崎はまさかという顔をする。自分なら簡単に攻略出来ると思っているのだろう。
翌日、ハンターギルドで引き受けた依頼を達成する為に、南の耕作地に向かった。耕作地と呼ばれている一帯は雑木林の東にあり、正確には南東の耕作地と呼ぶべきなのだが、迷宮都市の住民は南の耕作地と呼んでいる。
そこは少し高台となっている場所だった。海と雑木林に挟まれた耕作地は広大な土地を柵で囲っており、非力な魔物では侵入出来ないようになっている。
耕作地では小麦とイモ類が栽培されており、迷宮都市の大事な穀倉地帯となっている。その耕作地の南は一段低い地形で森が広がっていた。その森を住処としているのが赤目熊である。
森で養える赤目熊の個体数には限りが有り、熊の数が増え過ぎると耕作地に来て作物を荒らすようになる。今回の依頼は増え過ぎた熊の個体数を減らすのが目的だった。
依頼票には三匹ほど狩るように書かれていた。
南門を出てから三〇分ほど歩くと耕作地へと続く上り坂が見えて来る。今回の狩りに同行しているのは、依頼の引受人である仙崎と俺、それに荷物運びとして連れて来たマポスである。
ミリアたちがルキを連れて買い物に出掛けたので、一人寂しげに居残っていたマポスに荷車を引いて付いて来るよう頼んだのだ。
「ミコト様、オイラも赤目熊を倒してもいい?」
マポスが狩りに参加したいと言い出した。
「駄目だ。今回は仙崎さんが赤目熊を倒す」
「ええっ、一匹じゃにゃいんだよね」
「仙崎さんは修行に来ているのだ。マポスが修行相手を減らしてどうするんだよ」
「修行か……それにゃら仕方にゃいか」
仙崎は赤目熊を倒すと言ったマポスを観察した。まだ少年期に違いない猫人族のハンターはあまり強そうには見えない。
「魔物を甘く見ない方がいいぞ。お前には赤目熊は無理だ」
仙崎は忠告のつもりで言ったのだが、マポスという猫人族は不満そうな顔をした。
耕作地に到着し、中で農作業をしている農夫に声を掛けた。
「済みません。ハンターギルドで依頼を受けた者ですが、赤目熊は何処から侵入して来るんですか」
農夫の一人が近付いて来た。
「ハンターの人たちか。熊に荒らされているのはもっと南の方だ」
農夫が南の方を指差しながら答えた。
三人は南へと移動し、柵が壊されている場所まで来た。応急修理がされているが、熊がもう一度来れば簡単に壊れてしまいそうな状態だ。
「マポス、足跡から熊がどっちに行ったか分かるか?」
マポスたち猫人族の追跡能力は人間より上だった。マポスは地面を観察し南西の方角を指差した。
「向こうに行ったみたい」
「荷車はここに置いて追跡しよう」
俺が先頭に立って森へと下りて行った。<魔力感知>を使いながら森に入ると赤目熊の位置を把握する。その情報は仙崎には知らせなかった。
赤目熊を探す事も修行の一つだと考えたからだ。
「仙崎さん、どっちに行きますか?」
「足跡は東に向かっている。東だ」
本当は真っ直ぐ南へ行くと最短で赤目熊と遭遇したのだが、黙って従った。足跡を追って森の中を彷徨い、一時間後に一匹目の赤目熊に遭遇した。
赤目熊はポーン級上位の魔物である。体長二メートル半ほどで、体重が三〇〇キロほどになる。特徴は瞳が赤い以外、ヒグマなどとほとんど変わらない。
ただ酷く凶暴で人を見たら必ず襲って来る。
この時も、俺たちを視認すると襲って来た。その熊に向かって仙崎が進み出る。彼の手には剛雷槌槍が握られていた。
赤目熊が仙崎目掛け右手で薙ぎ払った。仙崎は飛び下がり、チャンスを窺う。続け様に凶悪な爪を持つ熊の手が、仙崎を引き裂こうと襲う。
仙崎は冷静に熊の攻撃を躱し、右へ右へと回り込む。業を煮やした赤目熊が体当りするように突っ込んで来た。仙崎は剛雷槌槍の魔導核に触って魔力を充填すると雷発の槌を赤目熊の頭に振り下ろす。
バチッと火花が散り熊の頭に雷撃が流れ込んだ。巨体の熊が焦点の定まらない目でふらふらと歩み始めた。そこに赤く輝く槍の穂先が突き入れられる。
槍は熊の首に深く突き刺さり、真っ赤な血を流させた。赤目熊が地面を転げ回って苦しみ始める。その所為で、仙崎が止めを刺せない状況となった。
「こんな時くらい魔法で止めを刺したらどうです」
俺が声を掛けると、仙崎は首を横に振った。最後まで武器の攻撃で終わらせるつもりらしい。結局、出血多量で弱るまで待ち槍の穂先を心臓に突き刺し息の根を止めた。
俺とマポスが剥ぎ取りをしている間、仙崎には休憩して貰う。かなり体力を消耗したように見える。後二匹を倒さなければならないのだが、大丈夫だろうか?
仙崎の呼吸が整うまで待ち、今度は西に向かった。方向を決めたのは、仙崎の山勘である。この勘は大当たりだった。西で二匹の赤目熊が発する魔力を感知していたからだ。
俺はどうしようかと迷った。仙崎の武器を使った戦闘技術からすれば、二匹を相手するのは無謀だ。攻撃魔法を使うように勧めるべきだろう。
「仙崎さん、この先に赤目熊が二匹居るようなんだけど」
「<魔力感知>で分かったのか?」
「そうです。攻撃魔法を使って一匹は仕留めた方が」
「いや、ポーン級相手に攻撃魔法は使いたくない」
「でも、二匹同時に戦うのは無茶でしょ」
「いや、無茶ではない」
「先程の戦いを見て思ったんですけど、まだ剛雷槌槍を使った戦いに慣れていないようじゃないですか。攻撃魔法が嫌だったら、一匹はマポスに相手させましょう」
「冗談じゃない」
仙崎をなんとか説得し、攻撃魔法を使わせる事を承知させた。案内人の中でも攻撃魔法の遣い手として名高い山崎の弟子である。どんな魔法を見せてくれるか楽しみに待った。
間もなく、赤目熊二匹と遭遇した俺たちは戦闘状態に入った。とは言え、戦うのは仙崎一人である。俺とマポスは後ろで見物する。
仙崎が攻撃魔法として選んだのは、<爆炎弾>だった。空中に炎の塊が生まれ、右側の赤目熊目掛けて飛んだ。爆炎弾は熊の足元に着弾し爆発する。吹き出した真っ赤な炎が赤目熊の体を焦がしダメージを与えた。
赤目熊の一匹が重度の火傷で苦しみ始めた。その隙にダメージをほとんど受けなかったもう一匹を仙崎が攻撃する。戦いは仙崎が主導権を握って終始し、二匹の赤目熊は倒れた。
仙崎が<爆炎弾>を使ったのを見て『紅炎爆火の神紋』を持っているのが判った。威力の高い応用魔法が揃っている神紋なので、これを選ぶハンターは多い。
ただ火事になりそうな場所では使って欲しくなかった。<爆炎弾>が爆発した時、近くの草叢に火が着き燃え広がろうとしていた。
「うわっ、火事だ。消せ、消せ!」
俺とマポスは慌てて火を消した。こういう時に便利なのが『流体統御の神紋』の応用魔法<水盾>である。魔系元素の水で形成された直径五〇センチの盾を炎に押し付けると空気を遮断された火は鎮火した。
仙崎はギリギリまで体力を使い切ったようで、俺たちが消火しているのをぼんやりと見ていた。彼の顔には熊の爪が掠った跡が残り、少し血が滲んでいる。
苦労したが、依頼は達成出来たようだ。剥ぎ取りを手早く終わらせ、耕作地に戻った。荷車に剥ぎ取った毛皮や爪、内臓の一部と肉を乗せ迷宮都市に引き返す。
「今夜は熊肉のワイン煮にするか」
「ヤッター、久しぶりの熊肉だ」
マポスは喜んだ。猫人族は何故か熊肉が好きなようで、特にワイン煮にすると大喜びする。
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