第289話 猫は挟まる
俺たちは海岸沿いに南へ進み始めた。仙崎は<魔力感知>を使っていないようだ。『魔導眼の神紋』は授かっていないのだろう。
俺たちは岩山を削って作った狭い道を通って魔導迷宮と迷宮都市を繋ぐ道に出た。俺が先頭を歩き、伊丹と仙崎が後に続いて進む。後ろで伊丹と仙崎が話している声が聞こえて来た。
「この道はどこに続いているんだ?」
「東に行けば魔導迷宮、西に行けば迷宮都市でござる」
「魔導迷宮か……勇者の迷宮とは別の迷宮なのか」
「勇者の迷宮はもっと西でござる」
「ふーん、まあいい。この辺に出る魔物はどんな奴なんだ?」
「そうでござるな……
「ポーン級ばかりじゃないか。もっと手強いのは居ないのか」
俺は仙崎の反応を見ようと口を挟む。
「北に在る常世の森や巨木の森へ行けばナイト級の魔物と戦えるかもしれませんよ」
ナイト級と聞いて仙崎は顔の表情を硬くした。仙崎にとってナイト級の魔物は強敵らしい。
そんな話をしている時、<魔力感知>に長爪狼の群れらしい反応が引っ掛かった。
「魔物が右前方から来ます。数は五匹」
仙崎は剛雷槌槍を構え、伊丹は豪竜刀を抜く。
「相手は長爪狼らしいですが、どうします?」
「この槍に慣れる為に、俺が倒す」
仙崎が槍をしごきながら前に出ると、俺と伊丹は後ろに下がって待機する。
数秒後に狼の群れが現れた。仙崎は気合を放つと群れを目掛けて突撃する。
「大丈夫かな?」
「長爪狼ならば大丈夫でござろう」
一匹目の胸に槍の穂先を突き入れ、二匹目の頭を蹴り上げた。一匹目から槍を引き抜くと剛雷槌槍の魔導核に触れ魔力を充填する。
「魔導武器としての性能も試す気でござるな」
伊丹が声を上げた瞬間、仙崎は雷発の槌を三匹目の頭に叩き込んだ。バチッと音がして雷撃が長爪狼の脳に流れ込み息の根を止めた。
次に赤く輝き始めた剛雷槌槍の穂先を四匹目の頭に突き入れた。槍の穂先が狼の頭を貫通した。だが、あまりにも手応えがなく、仙崎は少しバランスを崩す。
そこに五匹目の長爪狼が襲い掛かった。狼の長い爪が仙崎の脇腹辺りを掠める。ワイバーンの飛竜革鎧は狼の爪を弾き返した。
「チッ、狼ごときが」
仙崎が剛雷槌槍を振り回しミスリル合金製の刀身を狼の首に叩き付けた。首の骨がゴキッと折れる音がして長爪狼がクタッと倒れた。
その頃になって蹴り上げた狼が起き上がり逃げ出した。
一瞬だけ危ない場面もあったが、問題なく長爪狼の群れを撃退した仙崎は息を荒げながら剛雷槌槍が傷んでいないか確かめている。どうやら剛雷槌槍を気に入ってくれたようだ。
「お見事でござる」
「さすが、山崎さんの所で修行した方です」
これがキャッツハンドのミリアたちなら気になった所を指摘し指導するが、依頼人なので褒める。
「剥ぎ取りをしますか?」
俺が確かめると仙崎が必要ないと告げる。
仙崎の呼吸が平常に戻った所で再び歩き出した。
迷宮都市の北門から街に入り、ハンターギルドへ向かった。ハンターギルドでは仙崎を新規で登録させる。但し序二段からである。
登録が終わり登録証を貰うと依頼票をチェックする。この時間だと残っている依頼は少ない。序二段で引き受けられる討伐の依頼は南の耕作地に出没する赤目熊を退治する依頼だった。
依頼料が安く残っていたようだ。仙崎はミトア語の読み書きも大丈夫なようで、赤目熊の依頼票を剥がすとカウンターに持って行き手続きを行った。
依頼を引き受けた仙崎は南の耕作地に行きたがった。
「はやる気持ちは分かるけど、今日は俺たちの活動拠点に案内します。狩りは明日からにしましょう。狩りに必要な背負い袋や薬なんかも揃えなきゃならない」
「そうだな」
仙崎は意外と素直に従った。昨晩は碌に寝ていないので少し疲れているのかもしれない。三人は趙悠館に向かい昼を少し過ぎた頃に到着した。
「あっ、ミコト様。大変でしゅ、ルキが居にゃくにゃっちゃったんでしゅ」
ミリアが泣きそうな顔をして駆け寄って来た。
話を聞いてみるとルキは趙悠館の中で遊んでいたらしい。それが昼の少し前から姿が見えなくなり、昼食の頃になっても現れないので騒ぎになったようだ。
ミリアは心配になりネリやリカヤにも手伝って貰い探したが見付からない。普段ルキは昼食の時間になると必ず食堂に戻って来ていたのだ。それが今日だけ戻って来ない。
ミリアたちの様子がおかしいのに気付いた趙悠館の皆もルキが居なくなったと聞き、探すのを手伝い始めたが見付からなかった。
「よし、俺もルキを探そう。伊丹さんもお願いします」
「承知した」
仙崎を部屋に案内した後、ルキを探し始めた。趙悠館の使っていない部屋を一つずつ探したが見付からない。隣の道場や道場の持ち主である家族の母屋も探したが居なかった。
一旦趙悠館に戻ると伊丹とアカネが話をしていた。
「道場にも居ません」
「趙悠館の周りを伊丹さんと探しましたけど、ルキちゃんは見付かりませんでした」
「何処に行ったのでござろうか」
その時、アカネが俺に視線を向けた。
「<魔力感知>を使ってみた?」
「あっ!」
「時差ボケしてるの。一番にしなきゃ駄目でしょ」
リアルワールドと異世界の一日の時間は異なるらしく、時差が大きくなる時もある。
俺は慌てて<魔力感知>を使う。感知の風が俺を中心に四方へ広がり始めた。趙悠館で働く人々や依頼人の反応が次々に脳裏に浮かぶ。
「おっ、これか」
ルキらしい反応が魔導飛行バギーの格納庫の方に有った。
「こっちだ」
俺はミリアたちも呼び、一緒に格納庫の方へ向かった。
「この格納庫の近くからルキの魔力を感じたんだ」
俺の言葉でミリアが何かに気付いたのか、慌てて裏の方へ走る。格納庫の裏には塀が有り、格納庫の壁と塀の間にはほんの僅かな隙間しかなかった。
その隙間には雑草が生い茂っており、人の視界を妨げていた。ミリアは格納庫の屋根によじ登り、屋根の上から隙間を覗き込んだ。
「あっ……ルキが居ました。隙間に挟まってましゅ」
俺も屋根に登り隙間を確かめる。大人なら絶対に入れないような狭い隙間にルキが挟まっていた。胸が圧迫され大声も出せない状態らしい。
「お姉ちゃん、たちけちぇ」
疲れた様子のルキが目に涙を貯めて小さな声を出した。
可哀想な姿なのだが、何だか抱き締めてあげたくなるような可愛いさが有る。アカネが厨房から油を持って来た。油をルキの身体にかけた後、ロープを使って何とか隙間から引っ張り出した。
助け出されたルキは姉のミリアに抱き付いて盛大に泣き出す。ミリアは泣き出した妹に問い質す。
「何であんな隙間に入ったの?」
ルキは泣きながら答える。
「あちょこに隙間が有ったかりゃ」
リアルワールドでも、時々変な所に猫が挟まっているのが発見されるが、ルキも同じで好奇心で入ったらしい。
ルキの答えを聞いた趙悠館の人々は呆気に取られてから一拍置いて笑い出した。
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