第288話 仙崎と白血病患者
ここ数日、JTGは大変な騒ぎとなっていた。各支部で盗聴器が発見されたからだ。
その御蔭で東條管理官は何度も本部に呼び出され対策を話し合う羽目になった。東條管理官は元警察官僚だったので、当然の人選である。
とは言え、定期的な盗聴器の調査や出入りする清掃員などの身元調査を念入りにするくらいしか打つ手はなかった。それに元々普通のオフィスビルを賃貸して使っているので、防諜上の弱点が幾つかあるのは仕方のない事だった。
本部から戻って来た東條管理官が俺と伊丹を呼んだ。二人で東條管理官の部屋を訪ねると疲れた顔で部屋の主が出迎えた。
「どうかしたんですか?」
俺が尋ねると東條管理官が、
「本部の理事たちに防諜対策を纏めろと言われ、ずっと会議をしていたんだ。疲れたよ」
弱音を吐く東條管理官というのも珍しい。この姿を写真にとって保存しておきたいが、そんな事をすれば叱られる上に映像を削除されるだろう。
「ところで、俺たちを呼んだのは?」
「第三会議室に行って話す」
第三会議室というのは、防諜対策が施された部屋で清掃員も入れないようになっていた。
椅子に座った東條管理官が話し始めた。
「高速空巡艇の件だ。本部にアメリカのグレイム中佐が『高速空巡艇の話は聞かせて貰ったよ』と言いながら現れた」
「アメリカが盗聴器を仕込んだのでござるか?」
「いや、違うだろう。イギリスと同じで盗聴器の電波を受信していただけだ」
俺は何だかやる気が失せた。
「管理官殿は警察の人間だったのでござろう。盗聴器に気付けなかったのでござるか」
「無理を言うな。その道のプロが仕掛けたものなんだぞ。お前らだって全然気付かなかったではないか」
そう言われると返す言葉もない。盗聴器の中には電波を出さないタイプのものまで有ったそうだ。メモリーに音声を溜め込み後で回収するタイプである。
「清掃員として雇った男が行方不明だそうですね」
「身元調査はちゃんとしたのでござるか?」
「エージェントが本気で入り込んで来たのだ。一通りの調査では見破れなかった」
JTG側にも隙が有ったのは確かだが、今回はエージェントの方が一枚上手だったのだろう。
「それで、グレイム中佐は何と言って来たのです?」
「人選も有るので、すぐにではないが、アメリカも高速空巡艇の開発に参加したいそうだ」
「やっぱり」
もしかするとアメリカも高速空巡艇の件に気付き、参加を要請するのではないかと予感はしていた。
次回、リアルワールドに戻った時に話し合う場を設けて欲しいと言われたそうだ。唯でさえ忙しいのに仕事が増えてしまった。
「仕事がどんどん増えているような気がするんだけど、何故だろう」
「要領が悪いからじゃないのか」
東條管理官に言われた。そうなのかもしれないが、納得出来ない。
翌日、依頼人と一緒に異世界に旅立つ準備を始めた。
今回のミッシングタイムでは、白血病の治療を行う二十一歳の女性と仙崎を迷宮都市に案内する予定になっていた。仙崎はリラックスした様子だが、もう一人の依頼人はストレッチャーの上で不安そうにしている。
「あのぉ、大丈夫なんでしょうか?」
こういう時は、俺が相手をするようにしている。伊丹が『大丈夫でござるよ』と応えると余計に心配そうな顔をする依頼人がいるからだ。
「心配ないですよ。俺たちは何度も経験していますから」
俺は異世界側にも医師が待機していると教え安心させた。
夕方六時頃、ミッシングタイムが訪れた。ストレッチャーの高さを一番低くし、俺と伊丹が患者を支えるような態勢を取る。
いつも通りの転移だった。一瞬意識が途切れた以外は万全な態勢で異世界に到着した。
俺と伊丹で女性を転移門の外に運び出す。転移門の近くに居た医師のマッチョ宮田が出す指示に従い、患者を簡易寝台に横たえる。すぐにマッチョ宮田が診察を始めた。
「呼吸と脈は正常なようです。心配ないでしょう」
アカネが近付いて、女性の体に毛布を掛ける。
伊丹が服と装備が入っている袋を仙崎に手渡している。俺も服を着て装備を着ける。
仙崎は本物かどうか確かめるように調べてから鎧を着け、用意した剛雷槌槍の重さとバランスを確かめるように動かす。
「バランスはいいな。初めての魔導武器が廉価版なのは引っ掛かるが、まあいい」
しばらく仙崎の様子を窺い、その性格が判って来た。どうやら我が強くマイペースな性格らしい。
「夜明けまで三時間ほどあります。少し休んだ方がいいですよ」
助言すると仙崎が近寄って来て、俺の装備を観察する。
「その鎧は何の革なんだ?」
灼炎竜の革だと正直に応えると仙崎も欲しいと言い出しかねないので、
「大トカゲの革ですよ」
デカ過ぎたけど、大きなトカゲだった。角からビームみたいなのを発射していたけど、トカゲだ。
灼炎竜革鎧は鎧自体に存在感があり、ただの鎧ではない風格が有った。仙崎は疑わしそうな目で見て再び質問した。
「武器は何を使っている?」
嘘を続けるのは信用を失いかねないと判断し正直に応える。
「バジリスクの爪で作った鉈です」
背中に括り付けている鞘には邪爪鉈が入っていた。腰に提げている魔導ポーチには絶烈鉈も入っているが、教える気はなかった。
「バジリスクの素材を使っているのは凄いが、鉈なのか……マイナーな武器を」
相変わらず鉈は人気がないようだ。仙崎の興味は伊丹の豪竜刀に移り、伊丹に使い心地を尋ね始めた。
「ちょっと寒くない。ストーブを使いましょうよ」
アカネが白血病である女性を気遣って提案した。先月、この部屋に設置したばかりのストーブに火を点けた。燃料は炭である。薪を使わないのは煙を出さない為である。
ゆっくりとだが部屋の空気が温まり始める。俺たちはストーブの傍に座り夜明けを待った。日が昇るとアカネが外に出て改造型飛行バギーに乗って戻って来た。
「エリカさんと宮田さんはこれで迷宮都市に戻って下さい」
白血病の女性は宮坂エリカ。具合が良くないようで心配だ。アカネが肩を貸してエリカさんを改造型飛行バギーに乗せる。操縦席にはアカネが座り、医師の宮田は最後部の席に座る。
「それじゃあ、先に帰ってますね」
アカネはそう言うと改造型飛行バギーを浮上させゆっくりと迷宮都市に向け飛んで行った。
俺たちは改造型飛行バギーが見えなくなるまで見送った。
「へえ、あれは魔導飛行船の一種だよな。噂で魔導飛行船を作っている案内人がいると聞いていたけど、あんたたちだったのか」
「どんな噂かは知らぬが、魔導飛行船を作っている案内人というのはミコト殿でござろう」
「あの魔導飛行船はどれくらいで戻って来るんだ?」
仙崎の質問に、俺は首を傾げた。
「戻って来ませんよ。俺たちは歩いて迷宮都市に行きます」
「チッ……あれは病人用かよ」
どうやら乗りたかったようだ。
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