第287話 イギリスのマルヴィン大佐

 最後になって仙崎が変な事を聞いた。

「迷宮都市の周辺に竜は居るか?」

「どんな竜でござるか?」

「三つ首竜クラスの竜だ」


 師匠の山崎から伊達が三つ首竜を倒したと聞いたのかもしれない。

「樹海の奥に行けば居るでしょうけど、案内は出来ませんよ」

「何故だ?」


「危険だからに決まっています。もしかして竜を倒すつもりなんですか?」

 仙崎が頷く。


「目標としてはそうだ。いつかは竜を倒し日本一の荒武者となってみせる」

 その意気込みはいいのだが、武器や防具に拘る処を見ると武器を使った戦いを苦手にしているのだろうか。それとも大物を狙っているのか。


「今回の依頼で狙っている魔物は居ますか」

「山崎師匠からはナイト級下位の魔物を狩れるくらい強くなって来いと言われている」

 ナイト級下位と言えば、帝王猿や大鬼蜘蛛、雷黒猿などになる。俺と伊丹はなるほどと納得した。


 仙崎のハンターランクは幕下7級、ソロで討伐可能だと言われているのはルーク級中位までの魔物である。二つ上のナイト級下位の魔物を実力で倒すのは難しい。


「言っておくが、装備を指定したのは合理的な判断からだ。修行で死んだら元も子もないからな」


 いい装備を揃えるという事自体は、堅実で賢い方法である。俺も最初から竜爪鉈を使っていたのだから文句言える立場にないが、装備だけに頼るのではなく色々戦い方を工夫しギリギリで頑張って来たつもりだ。


 仙崎が依頼期間が終わった後、装備をクノーバル王国へ届けられるかと聞いてきた。

「装備はレンタルでなく買い取るという事ですか?」

「そうだ」


 改造型飛行バギーが有るので、クノーバル王国までなら四、五日で行ける。

「可能ですが、その分の費用も掛かりますよ」

「費用なら問題ない」


 仙崎は資産五百億円と言われたIT企業創業者の子供で、父親が死亡し莫大な遺産を受け継いだらしい。


 父親の事業を継承する才能はなかったらしく会社を売り、自分らしい生き方を求め今は日本一の荒武者を目指しているそうだ。

 その後、打合せを続け依頼人が納得した所で解散した。


 仙崎と別れた後、俺と伊丹で雑談を交わす。

「何だか酒が飲みたい気分でござる」

 打合せの後半、仙崎が遺産を受け取ってから、どんな贅沢をしたかの自慢話になり俺たちを苛つかせた。


「伊丹さんはお座敷遊びとかしないんですか?」

「……料亭で芸者を呼んで遊んだ事はござらん。そんな金が有るなら良い日本刀を買うでござる」

 伊丹らしい答えだった。


 因みに俺も伊丹も金持ちになっていた。案内人としての収入も多くなっているのだが、その他の収入源も増えた。他の収入源と言うのは魔導飛行バギーの販売と抓裂竜狩りの報酬、それにマナ研開発の株券である。


 魔導飛行バギーの販売代金は、マナ研開発に投資したので残っていないが、抓裂竜狩りの報酬はまるまる残っていた。


 最後の株券であるが、マナ研開発は活性化魔粒子の販売で物凄い黒字になるらしく、高額の配当金が支払われるそうだ。


 俺が金銭的に豊かになったと知っている東條管理官からはセキュリティのしっかりした高級マンションに引っ越せと言われている。だが、日本で生活する時間が少なく、一人暮らしの俺は躊躇っていた。


 それは伊丹も同様らしく、相変わらず安アパートに住んでいる。俺たちは引っ越すなら、どんな部屋がいいかで話が盛り上がり時間が過ぎた。


 伊丹が行き付けの飲み屋に行ったので、俺は久しぶりにゲームセンターへでも行こうかとJTG支部を出ようとした時、スマホが鳴った。見ると東條管理官からである。


 来てくれと言われたので、東條管理官の部屋に行くと初対面の軍人らしい人物が来ていた。軍人だと思ったのは姿勢や雰囲気がアメリカ軍や自衛隊の知り合いと似ていたからだ。


 頭を下げて挨拶し、何の用か東條管理官に尋ねる。

「まず、こちらを紹介しよう。イギリスのマルヴィン大佐だ」

 自己紹介するとマルヴィン大佐が流暢な日本語で話し始めた。


「イギリスは異世界での移動手段を研究していたのだが、あまり成果は出ていなかった。そこにアメリカ軍が魔導飛行バギーの活用を始めたと情報が入ってね」


 イギリスも魔導飛行バギーを購入したいという話なのだろうが、イギリスの案内人たちが活動する異世界の地域は遠過ぎる。


「もちろん、輸送の問題は承知していたので、半端諦めていたのだが……開発者である君に何か方法がないか確かめようと訪問しました」


 魔導飛行バギーの事は公開していないはずなのだが、公然の事実として普通に話していた。

「魔導飛行バギーの件はアメリカ軍の駐屯地で知ったのですか?」

 俺が質問するとマルヴィン大佐が曖昧に誤魔化す。


「我々にはいくつかの情報網がありますから」

 俺は東條管理官にチラッと視線を向けた。タイミングが良すぎる。昨日、高速空巡艇の話を東條管理官としたばかりなのに……JTG支部に盗聴器でも仕掛けられているのだろうか。


 東條管理官が開き直って話を始めた。

「まさか、この支部に盗聴器を仕掛けたのですか?」

 マルヴィン大佐が苦笑して否定した。


「我々はそんな下品な真似はしません。ただここには多くの盗聴器が仕掛けられているようです。気を付けられた方がよろしい」


 東條管理官が憮然とした表情になった。

「冷たい空気が吸いたくなりました。屋上へ行きませんか」

 大佐に言われて三人で屋上に行った。屋上には盗聴器が仕掛けられていないからだろう。


「さて、後で調べられると判ると思いますが、最近この支部は注目され始めました。原因はミコト君の魔導飛行バギーにあります」


 俺はちょっと納得出来なかった。魔導飛行船の技術は元々異世界に存在したからだ。その事を指摘する。

「しかし、その技術は国家機密として秘密にされています。特に魔導先進国が集まるデヨン同盟諸国はそうです。日本もそうですが、韓国や北朝鮮、ロシアもデヨン同盟諸国が持つ魔導飛行船の技術を手に入れようと活動していましたが駄目でした」


 そこに魔導飛行バギーを俺たちが開発したので注目が集まったのか。

「あなた方は高速空巡艇を開発されるそうですね」

 盗聴器は仕掛けていないと言っていたが、盗聴器から発せられた電波はしっかりと聞いていたようだ。


「まだ、具体的な計画ではないんだけど」

 俺が反論するように言う。

「我々も全面協力するので、是非開発して欲しい」


 俺の脳裏に怒った顔をするカリス親方とドルジ親方が浮かんだ。

「我々だけでは決めかねるので、時間を下さい」

「もちろん、構いません。ですが、日本政府は必ず開発に前向きになると確信しています」


 きっと根回しするんだろうなと思いながらマルヴィン大佐の顔を見た。高速空巡艇の開発が決まったかのような自信たっぷりの顔をしている。


 大佐が去った後、東條管理官は急いでJTG本部へ連絡した。盗聴器の件を知らせたのだ。翌日、大々的に盗聴器の調査が行われ、数多くの盗聴器が見付かった。


 俺たちの支部に仕掛けられた盗聴器は最近仕掛けられたもののようだった。アメリカの駐屯地で魔導飛行バギーが活躍し始めたのを知った諸外国が、魔導飛行バギーの出処を調べ始めたのがきっかけだろう。


 しかも、俺が所属する支部だけではなく全部の支部で見付かった。JTGの理事たちは衝撃を受け、JTG全体のセキュリティが見直され定期的に盗聴器のチェックが行われるようになった。


 一方、高速空巡艇の開発計画はイギリスも加わり大事になっていた。協議の結果、御手洗教授が設計した空巡艇を元に開発される事になる。


 日本とイギリスの研究者や技術者が大勢参加し異世界の技術でも製作可能な安全で快適な飛行船を目指し開発が進み始めた。


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