第286話 マナ研開発の事業拡大

 伊丹がクロエのコンサートへ行った日、俺はマナ研開発の研究所に来ていた。最初の頃よりセキュリティが厳しくなり、入口には二人の警備員が常駐している。


 薫から渡されたカードキーを使って中に入り、神紋術式解析室へ向った。

 そこには薫自身が設計開発した解析マシンが設置されていた。元々研究所には薫の自宅にある神紋術式解析システムの簡易版が置いてあったのだが、その簡易版のシミュレート機能を強化したものが解析マシンである。


 現在、その解析マシンは『神威光翼の神紋』の<光翼衛星>を元に作り出した<黒翼衛星>の機能をシミュレートしていた。


 解析室に入った俺は、端末の前に座る薫が忙しそうにキーボードを叩いている様子を目にして少し待つ事にした。しばらくして準備を終えた薫が、背後を見て俺を確認しニコッと笑う。


「来ていたの……声を掛けてくれたら良かったのに」

「邪魔しちゃ悪いような気がしたんだ。準備は終わったのかい」

「ええ、最終チェックも済んだからシミュレートを始めるよ」

 薫は他の研究員に合図するとエンターキーを叩いた。


 大型ディスプレイの中にシミュレートの結果が表示され始める。

 画面上の地上で魔粒子の塊が生まれ、それが魔力により押し出されるように宇宙に向けて昇って行く。成層圏を抜け宇宙空間へ出た魔粒子の塊は翼を広げるように魔粒子を捕獲する魔粒子収集スクリーンを広げ、宇宙の彼方から飛翔して来る魔粒子を捕獲する。


 魔粒子は地球の電離層やオゾン層により弾かれ、全体の数パーセントしか地球に到達しないと分かり、それなら宇宙空間で集めようと開発されたのが、この<黒翼衛星>である。


 <黒翼衛星>にはクラダダ要塞遺跡で見付けた魔導工学関係の書籍から解析出来た知識が使われていた。魔粒子を捕獲する魔粒子収集スクリーンは、その知識なしでは開発不可能だっただろう。


「黒翼の展開速度が設計値より遅いですね。魔力の伝達経路に問題が有るのかもしれません」

 研究員の一人が声を上げて報告する。


「魔粒子捕獲率はどう?」

 薫の質問に別の研究員が、

「予想通りですが、捕獲した魔粒子の輸送に問題が生じているようです」


 薫は全体の数値を見て、電離層付近で魔粒子が停滞しているのに気付いた。

「神紋術式に変更が必要なようね。後日、検討しましょう。続けて」

 発生した問題をチェックしながら最後までシミュレートを終わらせた。


「ご苦労様、今日は終わりにしましょう」

 シミュレートの様子を見ていた俺は、薫に声を掛ける。

「お疲れさん。問題はいくつか有ったけど成功しそうじゃないか」

「まあね。苦労したんだから」


 結果がまあまあだったので、薫の機嫌も良さそうだ。

 俺たちが宇宙で魔粒子を集めようとしているのには訳がある。マナ研開発は日本の魔粒子が噴出している地点『魔粒子源泉』を確保したのだが、そこで採取出来る魔粒子量が少なかったのだ。


 日本国内の医療関係だけで使うというのなら十分かもしれないが、世界を相手に商売をしようと思うと足りなかった。世界各地の『魔粒子源泉』を確保するというのも考えたが、石油と同じように資源ナショナリズムが盛り上がり国有化されるような事態になれば、マナ研開発は大きなダメージを受ける。


 それらを考慮した結果、<黒翼衛星>の開発に乗り出したのだ。

 <黒翼衛星>は魔法であると同時に巨大な魔粒子収集管理施設となる。非常に魅力的な施設なのだが、建設費が巨額となるので、すぐに建設という訳にはいかない。


 俺と薫は応接室に移動して、今後の予定について話し合った。

「メディカル・マナパッドは今年の冬から販売が出来そうよ」

「やっとか」

 俺が言うと薫が、

「色々有ったから、やっとかと思うけど、医療器具としては異例の早さだそうよ」


「そうなんだ……ところで、メディカル・マナパッドの次は何を考えてるんだ?」

「考えてはいるんだけど、まだ決めていないの。今は活性化魔粒子の注文が多くて、それに応えるのが精一杯なのよ」


 日本が活性化魔粒子を開発したと知った世界各国は、活性化魔粒子を売ってくれと日本政府に迫った。


 最初、日本政府は開発中のものだからと販売を渋った。日本国内で研究を進めてから世界に販売したいと政府は考えたようだ。だが、アメリカや欧州各国から強い外圧が掛かり魔粒子の販売を承知した。


 日本政府は販売を決める前に、マナ研開発へ相談に来たらしい。どれくらいの量を販売可能か確かめる為である。そこで、どういう経緯で魔粒子販売が決まったのか役人から聞いた薫は、そんな弱腰で大丈夫なのか尋ねたそうだ。


「これまでずっとこんな感じでしたから大丈夫じゃないですか」

 と全然大丈夫じゃない答えが返って来たと薫は嘆いた。


 取り敢えず、マナ研開発は採取量の半分を自社内で使うので残り半分を販売可能だと返答した。

 マナ研開発が魔粒子の販売を開始すると大量の注文が舞い込んだ。世界各国の研究所からの注文である。何に使うのかは分からないが、半端でない量の注文にマナ研開発は大忙しとなった。


 マナ研開発が販売した魔粒子のほとんどは魔法や魔粒子自体の基礎的研究に使われたが、一部の国の研究者はマッドな実験に使った。


 その所為で大騒ぎとなるのだが、今の時点では表面化していない。

 そんな騒ぎが起こると予想していない俺たちは<黒翼衛星>の開発計画を練り、魔粒子販売の御蔭で豊富になった資金を何に投資するか、夜まで話し合った。


 翌日、伊丹と一緒に今回の依頼者と打合せを行った。

 相手は荒武者になりたい仙崎である。身長は高くないが厚みのあるガッシリした体格である。浅黒い顔は自信に溢れており、挫折を知らないように見える。


 JTG支部の応接室で会った仙崎は三〇歳ほどで、ソファーに座るなり装備について確認を始めた。

「指定した装備は用意出来るんだろうな」


「鎧はワイバーンの飛竜革鎧、武器は剛雷槌槍と呼ばれる魔導武器を用意してござる」

 伊丹の言葉を聞いて一瞬不審げな顔をした仙崎を適当に誤魔化し、装備はそれでいいか確認する。


「鎧はワイバーンか、いいだろう。だが、剛雷槌槍という魔導武器は初めて聞く武器だ。どんな奴なんだ」

 俺が剛雷槌槍の説明をすると仙崎は顔を顰める。


「源紋とかの説明はいい。知りたいのは武器の威力だ。その槍はオーガを倒せるのか?」

「使い方次第ですが、倒す威力はありますよ」

「そうか。いいだろう」


 俺は魔法を得意とする案内人山崎の所で修行したと聞いているので、神紋杖が必要か尋ねた。

「要らん。今回は武器による戦い方を鍛える予定だ」

「ああ、それで迷宮なのでござるな」


 迷宮には多種多様な魔物が居るので、それらと武器を使って戦えばいい修行になるだろう。

 ただ問題が一つ有る。迷宮に入るにはハンターランクが三段目以上だと証明しなければならない。


 今回は転移門を使って移動するので登録証が持ち込めず、再発行するには仙崎が修行していた国のハンターギルドから仙崎の情報を取り寄せなければならない。


「ギルド支部長に再発行について聞いたのですが、情報が届くまでに時間が掛かると言われました」

 仙崎が修行していた国は魔導先進国の一つであるクノーバル王国である。馬車の旅なら一ヶ月以上掛かるらしい。


「それで、どうしたらいい?」

 仙崎は不満そうな表情を浮かべて尋ねる。

「一番簡単なのは序二段ランクからやり直す事です。通常依頼を一〇件熟せば三段目ランクにはなれますので、迷宮に入れます」


 仙崎は『魔力袋の神紋』を授かっているので、序二段ランクから始められる。ただ通常依頼一〇件と聞いて不満そうな表情を強めた。


「仕方ない。だが、依頼は討伐依頼だけにする」

 討伐依頼と採取依頼を組み合わせた方が効率的なのだが、依頼人の希望ならしょうがない。


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