第284話 クロエの魔法使い(コンサート)
日本に戻った俺は報告書を手早く作成し東條管理官に提出した。東條管理官は報告書を読み、空巡艇の稼働テストが成功した件を知ると鋭い視線を俺に向ける。
「この空巡艇だが、軍人が興味を持ちそうな乗り物じゃないか」
形が垂直離着陸機オスプレイに似ていると報告したからだろうか?
「機体のデザインはオスプレイに似てますが、中身の性能は全然違います。速度も遅いし乗員数も少ないですよ」
「それはレース用だからじゃないのか。推進装置をもっと大型化するか、複数取り付ければどうだ?」
「まあ、速度は何とかなりますけど」
「そうだろ。巡航速度を時速三〇〇キロにまで改造出来れば、ヨーロッパの転移門から行ける地域まで往復可能だ」
「あっちには空を飛ぶ魔物が居るんですよ。長距離飛行となれば遭遇する可能性が高くなります。その対策はどうするんです?」
「取り敢えずは、そんな魔物を撃退出来る人材を乗り込ませればいい」
何故かアメリカ軍の駐屯地で戦ったマイルズの顔が脳裏に浮かんだ。あんな奴が一人乗り込むだけで空巡艇の旅は安全なものになるだろう。
ちょっと待ってくれ。リアルワールドの軍事組織から断れない注文が来れば、また工場で働かされる事になる。
「東條管理官、空巡艇の情報は外に漏らさないで下さい。お願いします」
東條管理官がちょっと困ったような顔をする。
「まさか、もう漏らしちゃったんですか?」
「JTGと自衛隊、それに在日米軍は定時連絡会というのを行っている。連絡会と呼ばれているが転移門から魔物が現れた場合、どう対応するかを話し合う会だ。その連絡会で、JTG側は指定された案内人の活動内容を報告している」
「魔物の対応と案内人の活動は関係ないじゃないですか」
俺が指摘する。
「処が、オークの目撃情報や案内人が戦った魔物の情報は有益な情報として欲しいのだそうだ。特にオークに占拠された転移門が有る地域の近くで活動する案内人のものはな」
俺はオークが住む瘴霧の森近くに在る転移門の存在を思い出した。薫たちがオークと交換する形で転移した場所である。あそこは東條管理官から近付くなと言われているので放置しているが、日本政府はどうするつもりなのか。
「もしかして、空巡艇の件も報告したんですか?」
「レース用の飛行船を開発中だとは報告している」
「俺たちが灼炎竜を倒した件は?」
「あれはJTG内だけの機密にしている。竜を倒すとリアルワールドでも魔法が使えるようになると噂が広まったからな。どうやら噂は本当だったらしいが」
東條管理官は、俺がリアルワールドでも魔法が使えるのは知っている。だが、それは竜を倒す前からだとも知っているので、竜殺しと魔法の関係を疑問に思っているはずだ。
しかし、在日米軍の将校から『竜の洗礼』を受けた者は、リアルワールドでも魔法が使えるようになると知らされたらしい。以前は竜を倒せばと言われていたが、今回は『竜の洗礼』という条件が付いた。
『竜の洗礼』はビショップ級中位以上の竜を倒した時に起こる現象である。それほど強い竜を倒せる者は異世界でも数えるほどしか居ない。
東條管理官は自分の部下である俺を値踏みするかのような眼で見詰めた。
「どうかしたんですか?」
「いや、日本には大勢案内人が居るというのに、お前が日本最強の案内人かもしれないと考えると複雑な気分になる」
日本最強と言われ、『おおっ』と心の中で叫ぶ。考えもしなかったが、俺は日本最強らしい。
俺がニヤニヤしていると、東條管理官が、
「何を喜んでいる。お前が日本最強だったのも先日までかもしれんぞ」
「えっ、どういう事です?」
「豪剣士と呼ばれる伊達君が、三つ首竜を倒したそうだ」
三つ首竜……聞いた覚えのない竜だった。名前からするとヒュドラと同じ多頭竜種らしい。多頭竜種だとすれば確実にビショップ級以上だろう。
「それで伊達さんは『竜の洗礼』を受けたんですか?」
「分からん。お前の灼炎竜と同じで機密事項になっている。お前だから教えたんだ。漏らすなよ」
俺は頷き、考えを巡らす。
伊達は確実に『竜の洗礼』を受けたな。リアルワールドで魔法が使えるようになったから機密事項としたのだろう。
「脱線したが、レース用の船を開発中だと報告済みだ。今更、秘密には出来んぞ」
東條管理官が告げた。俺の頭の中に、日本政府経由で空巡艇の注文が殺到する光景が浮かんだ。冗談じゃない。あんな忙しい思いをするのは御免だ。
だが、日本政府はなんのかんのと理由を付け、注文を受けさせるかもしれない。何だか憂鬱な気分になる。
だからと言って、日本を脱出し他国に移住しようとは思わない。どの国に行っても同じだと思えるからだ。それに大学病院と組んで難病や重傷に苦しむ患者を治療するプロジェクトも始まっている。このプロジェクトだけは続けたかった。
浮力発生装置と推進装置の製造だけ引き受け、機体の製造は顧客に任せた方がいいか。マウセリア王国内だけの注文でも人手不足になっている現状では仕方ないだろう。
東條管理官に相談する。
「そうだな。その方がいいかもしれん。キーパーツである浮力発生装置と推進装置の製造技術さえ抑えておけば、異世界での魔導飛行船開発をリード出来るんじゃないのか」
魔導飛行船開発をリードするなどとは考えてないが、俺たちが苦労して発見した知識を手放すつもりはなかった。
「問題は、そのキーパーツを届ける方法だな。高速空巡艇を開発するか」
俺がフッと頭に浮かんだ考えを口にすると、東條管理官が賛成する。
「高速空巡艇か、いいじゃないか。私も協力するから開発しろ。どうせ新しい船を開発するつもりだったのだろ」
乗客二〇名と五トンの貨物を乗せ時速二〇〇キロで飛ぶ飛行船を開発するつもりだった。観光と案内人の仕事に使おうと考えていただけなので、時速二〇〇キロも出ればいいと考えていた。
「簡単に言うけど、開発は大変なんですよ。こっちの大学教授や技術者に設計や研究を依頼し、異世界の職人には試作や実験器具の作製なんかを手配しなきゃならないんです。費用も半端じゃないんだから」
空巡艇の開発に費やした費用と労力を思い出しうんざりした。そこで一番苦労を掛けた人物を思い出した。新しい推進装置の開発で装置に組み込む補助神紋図を研究してくれた薫である。
「あっ、そうだ。カオルに夕食を奢る約束をしていたんだった」
俺は東條管理官との話を打ち切り、JTG支部の外へ出た。むさ苦しいオッさんより可愛い少女との食事を優先するのは当たり前の事だ。
一方、伊丹は報告書を提出すると一足先にJTG支部を出て近くに借りているアパートの部屋に帰った。
郵便受けに溜まっている手紙やチラシを取って役所とJTGからの手紙以外はゴミ箱に放り込んだ。
「少し腹が空いたでごさるな」
部屋には珍しい形の黒電話があり、それを使って寿司屋に出前を頼む。寿司を待つ間に、台所から持って来た日本酒を徳利に注ぎ入れ、ぐい呑みも用意する。
テレビを見ながら酒を飲み時間を潰す。ニュースでは郵便局を襲った強盗が、警察に追われ近くの民家に籠城している事件を報道していた。
出前が来たので金を払い受け取り、寿司を摘みながらテレビを見る。チャンネルを変えると病院で出会ったクロエがクイズ番組に出ていた。
クロエは帰国子女である。彼女が十五歳の時、在英国日本国大使館に赴任した外交官の父親と一緒にロンドンへ行き、ロンドンの学校で学んでいた。
その所為なのか彼女の知識は日本人としては偏りがあり、日本の地理や歴史に関するクイズは苦手らしい。
クイズ番組の中で、クロエのコンサートが明日行われると宣伝していた。今月は全国を回るツアーを実施しているようだ。
その番組の中で面白い事を言っていた。クロエはコンサートの一番いい席を彼女の魔法使いの為にいつもキープしているらしい。
マネージャーの質問に正しく答えられれば、魔法使いと認められ席に案内されると言う。今まで何人もが彼女の魔法使いだと偽り質問に答えられずに追い返されたようだ。
「暇でござる故、行ってみようか」
翌日の午後四時頃、東京のコンサートホールに行くと大勢のファンが会場に入ろうと並んでいた。最後尾に並び、少し待って入口付近まで来た。
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