第283話 モルガート王子の要望

 推進装置の改造が終わり、一通りの稼働テストが終わった頃、魔導飛行バギーに乗ってモルガート王子が迷宮都市を訪れた。


 目当ては魔導飛行バギー工場のカリス親方だったようで、太守館にも寄らずに工場へ来た。出迎えたカリス親方は、何の用件だろうと少しビク付きながら歓迎する。


 相変わらず、モルガート王子の傍には護衛のヤロシュとニムリスが居て警戒している。

「カリス親方、久しぶりだな」

「はい。再び御目に掛かれるとは光栄でございます」


 モルガート王子が工場内を見学したいと言うので、親方が案内した。

「なるほど、素晴らしい。私も魔導飛行バギーを使っているが、中々いいぞ」

「ありがとうございます」


「さて、ちょっと耳にしたのだが、魔導飛行船レース用の船が完成したそうだな」

 カリス親方は少しびっくりした。稼働テストが終わったばかりで内装も済んでいなかったからだ。こんなに早くモルガート王子の耳に入るとは……職人の中に知らせた者が居るに違いない。


「完成したとは申せません。漸く稼働テストが終わり、内装を手掛けている段階でございます」

「見せて貰えるかな」

「もちろんでございます」


 カリス親方は王子たちを空巡艇を製造している区画へ案内した。王子は空巡艇を見ると目を見張った。予想外の姿だったからだ。


「これまでの魔導飛行船とは違うようだが?」

「はい、ミコトの発案でこのような形に決まりました」

 カリス親方は空巡艇の翼や大型浮力発生装置、推進装置について説明した。


「すると、この鳥のような翼が重要なのだな」

「そうでございます。この翼は昔作られたグライダーと同じように船体を持ち上げる力が発生します。その為、浮力発生装置に回す魔力を節減し推進装置だけでレースを完走させる事が可能だと考えています」


「速度はどうなのだ?」

「魔導飛行バギーより、少し遅い程度でございます。速度より航続距離を優先させた結果、そうなりました」


 モルガート王子が顔を顰めた。予想よりも速度が出ないと判ったからだろう。

「その速度でレースに勝てるのか?」

「それは……レース当日の風の向きや風の強さ次第としかお答え出来ません」


 王子は腕を組んで考え始めた。

「……風の向きと強さか……カリス親方、この空巡艇はオラツェルの奴が乗る事になっているのは知っているな」

「はあ、どなたがお乗りになるのかは正式には伺っておりません」


 カリス親方は明確に返事をせず、言葉を濁す。嫌な予感がしていた。

「ふん、まあいい……私もレースに出たくなった。同じ船でいいからもう一隻作ってくれ」

「ふへっ」

 カリス親方は、一瞬意味が分からず変な声を出してしまった。


「いや、しかし……」

「レースまで三ヶ月ある。十分間に合うだろう」

 モルガート王子はそう言うと去って行った。残されたカリス親方は慌てて立ち上がると弟子の一人にミコトを呼びに行かせた。


 呼び出された俺は事情を聞いて溜息を漏らす。

「何故、急にレースに出たいとか言い出したんだ?」

 俺が疑問を口にするとカリス親方が応える。


「オラツェル王子が優勝する可能性も有ると言ったのが、拙かったかもしれん」

 仮にオラツェル王子がレースで優勝すると国民の間で評判になるだろう。そうなると次期国王の座を競っている自分が不利になるとモルガート王子は考えたのかもしれない。


「二人仲良く、一隻の空巡艇でレースに参加して下さいと頼めないだろうし、もう一隻造るしないのか」

 王子二人が一隻の空巡艇でレースに参加する光景を想像してみた。ホラー映画並みの惨劇が起こりそうな気がして身震いする。


「稼働テストが終われば、一休み出来ると思っていたのにな」

 カリス親方は暗い顔で呟いた。


 翌日からもう一隻の製造が開始された。

 俺は毎日のように手伝わされた。精密な部品や浮力発生装置、推進装置を作る時には俺の手伝いが必要だから仕方ないのだが、案内人としての仕事もあるので睡眠時間を削って手伝う事になる。


 それから一ヶ月は眼が回るほど忙しい日々を送り、二隻目の浮力発生装置と推進装置が完成すると、やっと工場から解放された。


「後はお任せします」

 工場から帰る時に、カリス親方とドルジ親方に言うと二人が殺気立った目で睨む。

「まだ完成しちゃいねえんだぞ。もう少し手伝えよ」


 ドワーフのようなドルジ親方が文句を言った。そう言いたくなる気持ちも分かるが、俺には案内人としての仕事も有るのだ。


「いや、後は専門家の二人にお任せします」

「何が専門家だ。俺たちは船大工じゃねえ」

 そう言いながらも二人の親方は魔導飛行船に関しては国一番の専門家になっていた。特にドルジ親方は短期間に魔導飛行船に関する知識を吸収し、カリス親方や俺とも意見を交換するようになっている。


 逃げるように工場を離れた俺は、趙悠館に戻り伊丹とアカネに新しい依頼人の受け入れ体制が整っているか確認した。


 依頼人は三人で、二人は年間契約を結んだ大学病院からの依頼で、自動車事故による脊髄損傷の治療と白血病の治療を行う為に転移して来るようだ。


 病人二人は医師の鼻デカ神田とマッチョ宮田に任せればいいとして問題は、残りの一人である。

「依頼人の仙崎殿は荒武者に成りたいそうでござる」


 伊丹が言った通り、仙崎は強さを求めて異世界に訪れているようである。今回の目的は迷宮に有り、勇者の迷宮に挑戦したいと希望していた。


 依頼人が迷宮に潜るとなると万全な準備が必要となる。

「その依頼人だけど、実力はどうなの?」

 アカネが尋ねた。


「案内人の山崎さんの所で修行したようだ。ハンターランクも下から四番目の幕下7級になっている」

「私と同じじゃない」


 アカネも幕下7級である。但し実力的には二つほど上のランクと同等以上だと推測している。ギルドの依頼をあまり受けていないのでランクが上がらないのだ。


「山崎殿と申せば、攻撃魔法の第一人者ではござらんか」

 俺が案内人になった頃は魔導マスターとか呼ばれて人気のある案内人だったが、最近は強力な攻撃魔法を駆使する案内人や荒武者が増え、以前ほどの人気はなくなっていた。


 それでも攻撃魔法の研究家兼使い手として有名なので、師事する者も多いようだ。

「仙崎さんは装備に関して要望が有るのですか?」

 アカネが確認する。俺は頷いた。


「竜革の装備が欲しいと要望が有った。武器は魔導武器が欲しいそうだ」

 伊丹が渋い顔をする。普通の案内人なら依頼を断っているケースである。竜革の鎧や魔導武器は簡単に揃えられるものではないからだ。


 但し、趙悠館では事情が違う。そういう装備が売るほど有るからだ。

「竜革の鎧はワイバーンの飛竜革鎧でいいとして、武器は何がいいだろう」


「太守館の衛兵が使っている剛雷槌槍が良いのではござらぬか」

「そうですね」

 依頼人の受け入れ準備を進め、次のミッシングタイムで俺と伊丹が日本に戻った。


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