第282話 空巡艇製造

 迷宮都市でドルジ親方とカルバートたちを歓迎した半月後、俺は日本の某地方大学に来ていた。


 この大学には御手洗みたらい教授という航空工学の研究者がおり、マウセリア国王に頼まれた魔導飛行船レース用の船の設計を依頼していた。因みに御手洗教授を選んだのは造船学に対しても深い知識が有ると聞いたからだ。


 レース用に造られる船の乗員は五名、レースは数日に渡って行われる。よって、魔導飛行船には数日分の食料や水を積み込む収納スペースや寝る場所、調理設備、トイレなどが必要になる。


 これらの設備をなるべくコンパクトに組み込んだ小さな魔導飛行船にしようと、当初は考えていたのだが、オラツェル王子から待ったが掛かった。


 どうやらレースに参加しようと考えているらしい。王子は専用の個室を付けろとか、シャワーを付けろとか言ってきた。レジャー用じゃないんだぞと思ったが、王族の注文に逆らえないカリス親方は承諾した。


 今回は出場するだけで優勝は狙わなくとも良いと国王が言っていたので、オラツェル王子の注文通りに造ろうと思ったようだ。


 御手洗教授が研究室のテーブルにデザイン画を広げた。そこには三胴船と水上飛行機を混ぜ合わせたような船が描かれていた。一見するとアメリカが開発した垂直離着陸機オスプレイに似ている。


 ただオスプレイに付いている巨大なプロペラは存在しなかった。

「あれっ……帆船じゃないんですか?」

 魔導先進国のレース用飛行船は推進力を補う為に帆船型の場合が多かった。


 魔導飛行船には船を空中に浮かせる為の動力と推進させる為の動力が必用になる。その動力源である魔光石が制限されているレースにおいては、推進力用の動力を節減しようと風力を利用する船が多いのだ。


「こいつで魔光石は大丈夫なんですか?」

 魔光石の消費量を心配し尋ねる。御手洗教授は笑顔を浮かべ。

「計算してみたが問題なかった。帆船型より推進用動力は必要だが、翼の揚力で浮力発生装置に必要な動力を節約可能だ。その分を推進力に回せばいい」


 本当に可能だろうか。教授が計算した結果を見れば大丈夫らしい。しかし、オラツェル王子が後で注文を付ける可能性が大いに有る。余裕が欲しかった。


 そこで推進装置の改良を考えた。魔導飛行バギーの推進装置は攻撃魔法である<気槌撃エアハンマー>の原理を利用した魔導推進器である。推進装置に入り込む空気の流入量を調整する事で速力を調整している。


 今回のレース用魔導飛行船の推進装置は、空気の流入量だけでなく圧縮率も変える事で効率よく魔力を推進力に変える工夫を加えた。


 但し、レース用魔導飛行船は魔導飛行バギーより大型であるので速度は従来の魔導飛行バギーより遅い時速七〇キロが限界だった。

 もちろん推進装置を大型化する事も考えたが、それを行うと魔光石の消費量も大きくなる。


 また航空機の構造も取り入れ、補助翼、昇降舵、方向舵を取り付け全体的な運動性も向上させた。設計段階が終わり、設計図を<記憶眼メモリーアイ>で記憶した俺は迷宮都市に転移した。


 早速、趙悠館で設計図を書き写し、カリス親方とドルジ親方に見せる。カリス親方が唸りながら設計図を見詰める。


「……こいつがレース用の魔導飛行船か。この鳥の翼のような奴が独特だな」

 レース用魔導飛行船は『空巡艇』と名付けた。


 この世界でも飛行機のような乗り物は発明されていた。正確にはグライダーのような乗り物で二〇〇年前に発明され、魔導飛行船が発明されると忘れられた。

 グライダーは安全性に問題が有ると決めつけられたのだ。


 ドルジ親方は船体の左右に付けられているフロートが気になったようで。

「この小さな船のようなものは何だ?」

「海上に着水している時の安定性が増すんだ。揺れも少なくなる」


 俺は二人の親方に色々質問され頭から湯気が立ち昇りそうになった。

 漸く質問が一段落し、最後にカリス親方が確認する。

「なあ、ミコト。レースが行われる海に危険な魔物は居ないのか?」


「ええ、魔導先進国の沖は魔物が少ないそうです」

 レースが行われる海域は海底深くを流れる深層海流が湧き上がっているポイントで、普通の魚は豊富であるが、魔物は少ない海なのだそうだ。


 魔物だらけの三本足湾と比べると素晴らしいとしか言いようのない海域だった。この海が有ったからこそ魔導飛行船が発達したのだろう。


 船体はアルミニウム合金で製造する。アルミにマグネシウムを加えた合金で強度や耐食性、加工性に優れている。ジュラルミン系の合金を使うのも考えたが、耐食性が悪いと聞いたので海の上で使用する空巡艇には向いていないと止めた。


 後で調べてみるとジュラルミンにアルミの板を貼り合わせるなどすれば大丈夫だそうだ。構造は飛行機と同じセミモノコック構造である。


 セミモノコック構造がどういうものかはよく分からない。応力外皮構造とも呼ばれるモノコック構造に縦通材を併用してなんとかかんとかと御手洗教授が説明してくれたが、あまり理解出来なかった。

 飛行機と同じだと聞いて、それでいこうと決断したのだ。


 俺も手伝い二ヶ月ほどで空巡艇の試運転が出来る状態にまで完成した。完成と言っても内装などはまだで、やっと人が乗って飛べるようになっただけの状態である。


 こんな短期間で完成させられたのには訳がある。王都からたくさんの職人を王家が送り込んで来たのだ。


 但し、職人が増えても最初は混乱するばかりで半月くらいは使い物にならなかった。半月後ぐらいから仕事を覚えた職人たちが力を発揮し始め製造が進んだ。


 空巡艇に組み込まれている浮力発生装置は、魔導飛行バギーのものを改良大型化したものである。


 大型化は以前から試していたのだが、今回初めて成功した。浮力発生装置を単純に大型化すると変な揺れが発生し上手くいかなかった。


 俺はクラダダ要塞遺跡で発見した魔導工学の本に何かヒントが書かれていないか調べ見付けた。魔力の伝導経路に問題が有ったようだ。


 大型化すると浮力発生装置内部の逃翔水に流れる魔力量にばらつきが出て挙動が不安定になっていたようだ。俺とカリス親方は大型浮力発生装置の魔力の流れにばらつきが出ないよう改良し完成させた。


 迷宮都市の夏が終わる頃、工場から引き出した空巡艇の試運転を行う。

 操縦席に座るのは若手の職人である。俺が試運転すると言ったのだが、親方二人に止められた。何か有ったら困ると言うのだ。


 魔導飛行バギーの試験場に、台車に載せられた空巡艇が運ばれ、若い職人が乗り込んだ。

 暫らくしてカリス親方が合図すると空巡艇がゆっくりと浮き上がった。推進装置が稼働する音がして、本当にゆっくりと空巡艇が動き出す。


 見守っていた職人たちの間から歓声が上がった。無事に空巡艇の試運転は成功した。だが、問題点も見付かった。


 推進力が不足しているのだ。予想したスピードは得られず、このままではレースを完走する事が出来ない。


 検討した結果、推進装置を大型化する事になった。推進装置に流入する空気量を増やす為である。だが、大型化すれば魔力の消費量が増える。


 俺は空気の圧縮率を下げるよう指示した。

「大丈夫なのか?」

 カリス親方が不安そうな顔をする。


 御手洗教授に計算して貰った処、大型化し流入する空気量を増やせば、少し圧縮率を下げても出力は増加するらしい。最適な空気量と圧縮率に近付くようなのだ。


 圧縮率を下げる事により魔力の消費量を抑えようとしているのだが、僅かに消費量は増える。これは仕方がないと諦めるしかない。


「レース用だから無事に完走すれば問題なし。計算では魔力の消費量も許容範囲です」

「だが、これに乗ってレースに出るのは、オラツェル王子なんだろ。余計な道草を食って魔力切れとかならないだろうな」


 うっ、そこを指摘されると不安になる。カリス親方と相談し、推進装置を少し改造した。人間の魔力を流し込めるようにしたのだ。魔光石の残量が少なくなったら、乗員の魔力で推進可能なようにした。


 これはレースのルール違反にはならない。ルール上魔光石の消費量は決っているが、人間の魔力を使ってはならないと言う決まりはない。


 ただ、そうなった時の乗員が少し可哀想になった。魔力を消耗すると気力が失せ、気分が悪くなるからだ。そして、それだけ頑張っても人間の魔力は長続きしない。魔導師クラスでも二〇分ほど空巡艇を飛ばすのが限度だろう。


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