第281話 迷宮都市のカルバートとキセラ


 風の冷たい日、俺は迷宮都市の西門でそろそろ到着するはずの二人の友人を待っていた。荷馬車に家財道具を積み込んだ二つの家族が迷宮都市に到着する。


 その馬車の御者台に懐かしい顔を発見する。キセラだった。よく見ると荷馬車の後ろにカルバートが居る。

「おう、元気だったか?」

「ミコト!」


 カルバートが走り寄って来て、俺に抱き付いた。有名なハンターになった昔の友人が変わらない笑顔で迎えてくれたので、カルバートは嬉しくなったらしい。


 そこにキセラが歩み寄る。

「私たち心配してたのよ」

「そうだぞ。手紙くらい寄越せよ」

 俺は頭を下げ謝った。


「ごめん、ウェルデア市はなるべく避けるようにしていたんだ」

 カルバートたちはミコトを騙し返り討ちにあったブッガたちの件を思い出した。

「そうだったな。でも、あいつの一族も死んで大丈夫なんだろ」

「ああ、だけどウェルデア市では一度指名手配になっているからな。用心していたんだ」


 俺はカルバートたちを魔導飛行バギーを製造している工場の従業員居住区に案内した。

 ドルジ親方たちは数日前に引っ越し済みで、従業員居住区の従業員宿舎や社宅で生活を始めていた。従業員宿舎は集合住宅で独り者の従業員が住み、社宅は家族を持つ従業員が住んでいる。


 社宅と言っても日本の企業が用意するような立派なものではなく、単純な構造の小屋にトイレと炊事場を付けただけの建造物である。一言で言えば大きなワンルームなのだが、住人が壁で仕切って部屋を作るのは自由としている。


 住人の何人かは木材を調達し独自の間取りに改造していた。二人の父親は工場で働く事になっている。家族は社宅に住んで貰おうと決めていた。


 数日後、カルバートとキセラを趙悠館に招いた。立派な宿泊施設を目の前にして二人は驚いていた。

「こんな宿屋まで建てたんだ。ミコトは何を目指しているんだ?」


 カルバートにすれば、竜を倒すほどのハンターが趙悠館のような宿泊施設を経営しているのは理解に苦しむ事なのだろう。


「ここには美味しい料理を作る料理人も居れば、部屋を掃除してくれる従業員も居る。住み心地は最高だぞ」

「そうかもしれないけど、普通は大きな屋敷を建てて使用人を雇うんじゃないの?」

 キセラが首を傾げながら尋ねた。


「まあ、ハンターを辞めた後の生活も考えたんだ」

「そんな先まで考えているのか。相変わらずミコトは変わっているな」

 カルバートが呆れたように言う。だが、キセラは感心したようだ。


 俺は二人に戦争蟻の群れがウェルデア市を襲った時の事を訊いた。

「ああ、あの時か。俺たちは近くの村に依頼で行っていて居なかったんだ。急いで帰った時には全部終わっていた」


「そうか。俺はウェルデア市の救援に行って、二人を探したんだが、見付からなかったから心配していたんだ」


「ハンターギルドのオペロス支部長に尋ねれば良かったのに」

 キセラが言う。あの時の俺は傍迷惑な奴らに振り回されていて、オペロス支部長の事は忘れていた。


「オペロス支部長か……ウェルデア市で苦労しているんだろうな」

 俺がハゲゴリラを思い出しながら言うと二人が頷いた。


 二人にはアカネの料理を堪能して貰った後、自分の部屋に案内した。

「あの料理は美味かったな。ミコトが自慢するだけあるよ」

 カルバートはアカネの料理に魅了されたようだ。それはキセラも同じだったらしく、アカネから料理を習いたいと言い出した。


「ハンターになったばかりの俺に色々教えてくれた二人には感謝しているんだ。そこで二人に贈り物を用意したい」


 俺は武器と革鎧を二人に渡した。革鎧はワイバーンの皮を加工した飛竜革鎧。武器は同じワイバーンの爪から作った竜爪鉈である。


「えっ、これってミコトが使っていた竜爪鉈だろ。こんな高価な物を貰っていいのかよ」

 カルバートが高価な贈り物に驚いた。

「ワイバーンの素材はたくさん手に入れたから構わない。使ってくれ」

 俺がワイバーンを数多く仕留めたらしいと知って二人は驚いた。


 キセラは少し躊躇ってから俺に頼み事をする。

「ワイバーンは魔法で倒したのよね。神紋や魔法について詳しいのなら相談に乗って欲しいのだけど」

「新しい神紋を手に入れようと思っているんだ?」


「そうなの。私たち『魔力袋の神紋』を手に入れた後、他の神紋を授からなかったのよ」

 俺は珍しいなと思った。『魔力袋の神紋』を手に入れたハンターは金が貯まるとすぐに他の神紋を手に入れようとするからだ。


 手に入れなかった理由を聞いてみるとウェルデア市で別れた後、キセラの妹が病気になったり、カルバートの母親が怪我をしたりして出費がかさみ、他の神紋を手に入れるどころではなかったらしい。


 躯豪術が使える二人には『魔力変現の神紋』を勧めた。この神紋が一番多く応用魔法を開発していて、攻撃魔法や便利な魔法も揃っているからだ。


 因みに『魔力変現の神紋』を元にした魔法は<変現域><発火><湧水><明かり><拭き布><矢><炎杖><缶爆><閃光弾><冷光><洗浄><バスタオル><雷鞭><爪剣><魔粒子活性循環>である。


 <炎杖>以降は俺と薫で開発した応用魔法なので一般的には知られていない。特に<魔粒子活性循環>はリアルワールドにおいて体内部にある不活性魔粒子を活性化させる為の魔法なので仲間の数人しか知らなかった。


 俺が『魔力変現の神紋』について説明すると二人は興味を示した。

「そんなに使える神紋なら大勢が手に入れるはずだけど、あまり聞かないのは何故なの?」

 キセラの質問に、俺は苦笑する。


「使えると判断した応用魔法のほとんどは、俺と仲間のカオルで開発したものだからさ。特にカオルは魔法に関しては天才的な才能を持っているんだ」


「凄え、本職の魔導師にだって、そんな奴はいねえぞ」

「凄いわ。カオルさんというのは本当に天才なのね」

 二人は素直に凄いと感心してくれた。


 ついでに『魔力発移の神紋』『魔導眼の神紋』『治癒回復の神紋』『聖光滅邪の神紋』などや属性魔法に関連する神紋に関する説明もした。


「ミコト……再会した時は変わってないなと思ったけど。魔法の知識も魔導師顔負けだし、凄え努力して一流のハンターになったんだな」


 カルバートが複雑な表情を浮かべて言う。友人が一流のハンターになり、素直に凄いと感心すると同時に置いてきぼりにされたようで、そんな表情を浮かべたのだ。


「努力はしたけど、運も有るんだ。これからカルバートたちも頑張ればいい。それより神紋はどうするんだ?」


 俺がそう言うと悩み始めた。カルバートは属性魔法が使えるようになる『紅炎爆火の神紋』や『雷火槍刃の神紋』に興味を示したが、授かるには金貨八枚以上が必要だと聞くと躊躇した。


「やっぱり『魔力変現の神紋』にします」

 キセラが最初に決めた。カルバートは悩んでいたが、使える応用魔法の数と費用の安さから『魔力変現の神紋』にした。


 早速、二人は魔導寺院へ行き『魔力変現の神紋』を授かった。それから数日、二人には応用魔法の付加神紋術式とそれによって起こる魔法現象について詳しく教えた。


 応用魔法を習得した二人は、樹海で大剣甲虫やクレイジーボアなどを狩り、生活に困らなくなった。

 頻繁に趙悠館に訪れて、伊丹から武術、俺からは魔法を学んだカルバートとキセラは、少しずつ実力を付け始めた。

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