第8章 多忙を極める案内人編

第280話 カルバートとキセラ

 下から三番目のランクである三段目ハンターとなったカルバートは、樹海で仕留めた白狒々の毛皮を担いでウェルデア市に戻って来た。


 もちろん、幼馴染のキセラも一緒である。この二人はミコトが初めて異世界を訪れた時、一緒にパーティを組み狩りをした友人であり、初めて躯豪術を伝授した教え子でもあった。


「なあ、この毛皮をギルドで買い取って貰うといくらになると思う?」

「銀貨五枚じゃないかな。でも領主様が決めた復興税を徴収されるから手取りは銀貨四枚よ」


 それを聞いたカルバートは一年前からの出来事を思い出した。

 ウェルデア市の領主だったエンバタシュト子爵一族が死亡した後、ウェルデア市は荒れた。取り締まる者が居なくなったので無法者がのさばり、街から逃げ出す者が大勢出た。


 その情報が王都に伝わり、急遽領主が決まった。第二王子派のミリエス男爵である。この人選はクモリス財務卿が手を回して決めたもので、態と無能な者を選んだ。


 近くの街を支配する領主が無能ならば、港湾都市に選士府を設立し実効支配しているオラツェル王子の統治手腕が少しでも優れているように見えるだろうと考えたのだ。


 クモリス財務卿の予測通り、いや予測以上にミリエス男爵は無能で強欲だった。領主に就任したミリエス男爵が最初に実施したのは、警邏隊の復活とハンターや商人などに復興税を課す事だった。


 この税は戦争蟻の襲撃以降、荒れた街を復興する為の資金を調達する税だと男爵は言う。だが、一年が経過しようとしているのに男爵はほとんど何もしなかった。


 やったのは壊れた居城の修理だけ、他はエンバタシュト子爵が領主をしていた頃から役人をしていた者たちに任せてた。


 役人たちは街を運営するのに必要な最低限の仕事をするだけの権限しかなかったので、ウェルデア市に以前のような活気が戻る事はなく、次第に寂れていった。


 カルバートたちはハンターギルドへ行くと買取受付に白狒々の毛皮と魔晶管を出す。

「凄いな、カルバート。今日は白狒々か」


 頭頂が円形に禿げ上がりピカリと輝いているゴリラのように逞しい男がカルバートに声を掛けた。ここの支部長であるオペロスだ。


「そんなに感心されるような獲物じゃないよ」

 オペロスが溜息を吐いた。

「昔なら、そうだったが……今はな」


 この街に嫌気が差した優秀なハンターは迷宮都市や港湾都市に活動の拠点を移し、残ったのは見習いなどのランクの低いハンターだけになってしまった。


 更にはハンターギルドで人気だった受付嬢も街に荒くれ者が増えたのをきっかけに港湾都市へと去った。残ったのはハゲゴリラの支部長と男の職員だけ。

 ハンターギルドも活気を失っていた。


「お前らも迷宮都市に引っ越した方がいいんじゃないのか」

 支部長としては残って欲しい。だが、二人の将来を考えるとウェルデア市に残っていては駄目だと考えたオペロスが意見した。


 カルバートとキセラは渋い顔をする。二人だけなら、もっと早い時期に引っ越したのだが、家には大勢の家族が居るので躊躇っている間に月日だけが過ぎた。


 カルバートは六人兄弟の長男で、キセラは五人姉妹の長女だった。彼らの父親は小麦粉を作っている製粉所で働いている。大した収入にはならないので生活は苦しかった。


 だが、カルバートとキセラがハンターとなり、それなりに稼げるようになると生活は楽になる。とは言え、二つの家族は贅沢しようとは考えなかった。子育てには金が掛かるからだ。


「そうだけど、住む場所を探さなきゃならないし親父たちの仕事も見付けなきゃならないだろ。簡単じゃないんだ」


「お前らの実力なら、何とかなるさ」

「気軽に言ってくれるけど、この仕事はいつ死ぬか分からないんだぜ。支部長が一番良く知っているだろ」

 オペロスは苦笑いする。


「まあな。だが、この街に居ても将来がない。真剣に考えろよ」

 カルバートとキセラは頷き、毛皮と魔晶管の代金を受け取るとギルドを出た。

「ねえ、カル。迷宮都市に引っ越そうか?」


「だけど、住む場所はどうするんだよ」

「迷宮都市にはミコトが居るんでしょ。相談してみようよ」

「だけどな」


 灼炎竜を倒したミコトたちの噂はウェルデア市にも伝わり、カルバートたちも知っていた。カルバートが躊躇うのは、有名になった昔の友人と会うのに少し抵抗があったからだ。


 一年程前までは同じような見習いハンターだったのに、今では随分と差が付いてしまった。素直に凄いなと思う反面、それに比べて自分はと考えてしまう。


 二人はドルジ工房へ向っていた。キセラが使っているナイフが刃毀はこぼれし買い換えようと思ったのだ。途中、狭い路地を抜けようとした時、三人のガラの悪い男たちに囲まれる。


「金目の物を全部出せ」

 二人は溜息を吐いた。この街で追い剥ぎに遭遇するのも三度目だった。追い剥ぎたちは手に剣を持っている。一方カルバートたちは投げ槍猿のドリル刃で作ったドリルスピアを持っていた。


「俺たちを襲うほど元気が有るなら、自分たちで魔物を倒して金にすればいいだろ」

 カルバートの言葉に、追い剥ぎたちは怒ったようだ。

「偉そうに」「生意気な」「樹海は怖いだろ」


 若干一名は正直者らしい。だが、全員馬鹿だった。たぶん二人が魔物から剥ぎ取ったらしい素材を持ってギルドに入り、出て来たのを見て付けて来たのだろう。


 その魔物を倒すだけの実力が二人に有るのは判っているはずだ。きっと若い二人を見て運良く獲物を仕留められただけだとあなどっているのだ。


 面倒になったカルバートは躯豪術を使って腕の力を高めるとドリルスピアを剣に叩き付けた。簡単に剣が折れる。追い剥ぎが驚いたような顔を見せる。安物だがしっかりした作りの剣だったのだ。


 カルバートは踏み込んで驚いている追い剥ぎの腹を蹴り上げ倒した。

 キセラもドリルスピアを追い剥ぎの手に叩き付けた。ゴキッと音がして追い剥ぎが剣を手放す。手の骨が折れた手応えがあった。悲鳴を上げる追い剥ぎの金的を蹴り上げる。


「アギャッ」

 変な叫びを発し白目を剥いた追い剥ぎが倒れた。カルバートと最後に残った追い剥ぎが顔を顰め、なんとなく内股になった。


 最後の一人が顔からダラダラと汗を吹き出させながら交互に倒れている仲間を見る。

「うわーっ」

 叫んで内股のまま全速で逃げ出した。


「逃がすか」

 カルバートは腰に挿しているパチンコを取り出し鉛玉をセットすると追い剥ぎ目掛けて放った。鉛玉は追い剥ぎの尻に命中した。最後の一人は尻から血を吹き出しながら倒れる。


 騒ぎを聞き付けた警邏隊が来たので、追い剥ぎたちを引き渡した。ウェルデア市の警邏隊も人数が半分ほどに減っており、人手不足の状態だった。


 疲れた顔の警邏兵たちが追い剥ぎを連れ去ると再びドルジ工房へと向かう。

「やっぱり引っ越しを考えるべきよ」

 キセラの言葉にカルバートは頷いた。


 ドルジ工房に到着すると工房は閉まっていた。

「あれっ、どうしたのかしら」

「ドルジ親方が風邪でも引いたのかな」


「まさか、親方は鉄とミスリルで出来ているのよ。風邪なんか引くはずないわ」

「あっ、そうだった」

 何気に失礼な二人だった。


「バカモン、俺は人間だ」

 閉まった扉の内側から聞き慣れた怒鳴り声が聞こえた。二人は笑いながら扉を開け中に入る。


 中ではドルジ親方と弟子たちが作業台を囲んで話をしていた。

「親方、どうしたんです?」

 キセラが尋ねるとドルジ親方が真剣な顔で、

「迷宮都市に居る弟弟子から仕事を手伝ってくれと連絡が来たのだ」


「えっ、親方も迷宮都市に引っ越しちゃうんですか?」

「ああ、ウェルデア市ではもうやっていけんよ。客も減ったし復興税がきついからな」

「お弟子さんたちも行ってしまうの?」

 弟子たちも頷いた。


「弟弟子の仕事にはミコトが関連しとるらしいぞ」

 ドルジ親方の言葉にカルバートたちは驚いた。

「ミコトか……会いたいな」

「私も会いたい」


 それを聞きドルジ親方がニヤリと笑った。

「なんなら、お前たちも一緒に行くか?」

「えっ、私たちも」

「向こうでは人手不足らしい。お前たちの親父さんの仕事もミコトが世話してくれるんじゃないか」


 ドルジ親方は迷宮都市に引っ越すと決めると同時に、カルバートたちの事を迷宮都市のミコトに相談した。


 ミコトからカルバートたちの住居と親父たちの仕事を用意すると返事が来て、二人の家族は迷宮都市に引っ越す事になった。


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