第279話 竜殺しの序盤戦2
俺はそう叫んだ後、ある攻撃魔法を発動した。
魔法で作り上げた物をマイルズに向って投げると全速力で逃げ出した。背後で軽い爆発音が響き、マイルズの悲鳴が聞こえた。
そして、兵士たちや少将の悲鳴も……俺が発動したのは地獄トカゲを追い払った<臭気爆弾>だった。
逃げた俺も危険な気体に追い付かれ地面に倒れた。
「ク、クサーッ」
兵士の中には嘔吐している者もいた。ベニングス少将は涙目になって、こっちを睨んでいる。
そんな……少将が何とかしろというから仕方なく使ったのに。
皆の体調が元に戻ったのは一時間後だった。
「ミコト君、あれはないだろ」
城島からも非難されてしまった。
「しかし、ミスターマイルズを無力化するには、あれしか方法を思い付かなかったんだ」
「それでも、あれはないだろ」
城島の後ろで聞いていたベニングス少将と兵士たちも頷いている。犠牲的精神でやった事なのに理解されない。悲しい現実だった。
その後、俺はマイルズを紹介された。マイルズは刺すような視線を俺に向けた。
「折角身体が暖まって来て、これから本気出して楽しもうって時に、あんな魔法を仕掛けやがって……。だが、まだ勝負は着いちゃいねえからな」
マイルズは<臭気爆弾>を受け、嘔吐した上にピクピクと痙攣までしていたのだが、結果的に両者ノックダウンの引き分けなのは間違いなかった。
紹介の後、俺たちが駐屯地に来た事情を説明した。
「なるほど、事情は判った」
深刻な顔をした少将は適確な質問を挟みながら、俺たちから細かい情報を引き出し納得した。残念な事に小畑と金村はマイルズの攻撃魔法で死んでいた。
少将と話し合った末、キャステルハウスに捕らえている村田たちをアメリカ軍に引き渡す事になった。
城島としては危険人物を依頼人と一緒にしておきたくなかったので丁度良かったみたいである。俺としては自分で尋問してみたかったのだが、狙いはクラダダ要塞遺跡らしいのでアメリカ軍に任せる事にした。
俺と城島は魔導飛行バギーでキャステルハウスのある町まで送って貰い、村田たちを引き渡した。
キャステルハウスに戻った俺たちは経緯を依頼人に説明し、犯人たちはアメリカ軍に引き渡したので安全だと知らせた。
その翌日から、本来の依頼に従い依頼人たちに二つの神紋が授かるよう努力した。その御蔭で依頼人全員が狙いの神紋を授かり満足して貰えたようだ。
これが一人でも犠牲者が出ていれば大変な事になっていただろう。因みに親のコネで参加していた医大生たちは精神的に成長したようだ。浮ついた感じが薄れ、これからの人生をどう生きるか考え始めたらしい。
次のミッシングタイムでリアルワールドに帰還した。
検査と報告書作成を終えた俺は地元に戻った。早速JTG支部に行き、東條管理官に無事依頼を終え帰還したと報告する。
東條管理官はジト目で俺を見ると。
「お前は相変わらずトラブルメーカーだな」
この言葉には納得出来ない。
「いやいや、それは違いますよ。東條管理官が持って来る仕事がトラブルの元になっているんですから、トラブルメーカーは東條管理官じゃないですか」
「何だと……中々言うようになったじゃないか」
JTGの沖縄支部から報告が来たようで、キャステルハウスで起きた事件の詳細も東條管理官は知っていた。
後にアメリカ軍から村田たちを尋問した結果が日本政府に知らされた。村田たちは北朝鮮の軍事組織と関係のある人物だったらしい。
狙いはクラダダ要塞遺跡に存在する古代魔導帝国の魔導技術である。アメリカ軍の調査チームが遺跡の中で古代魔導帝国の兵器を発見したという情報は、大急ぎで魔導技術の研究者を集め、研究チームを発足させる過程で外に漏れたようだ。
その情報は同盟諸国や中国、ロシア、そして北朝鮮の軍関係者にも広まった。
魔導技術についてはマナ研開発の発表後、日本が一歩先を進んでいるという認識が世界中に広まり、各国の魔導技術研究者は何かきっかけとなる発見はないかと異世界での調査を活発化させていた。
各国は国内の転移門から行ける範囲に存在する古代魔導帝国の遺跡調査を開始した。ただ遺跡のほとんどは現地のハンターや学者により調査されているものが多くめぼしいものは何も残っていなかった。
そんな中、アメリカが古代魔導帝国の軍事関係の魔導技術が残されていると思われる遺跡を調査し、兵器と思われるものを持ち帰ったという情報が広がる。それはインパクトの大きな情報だった。
アメリカの同盟国の中で今回の調査プロジェクトに協力的でなかった国も急に協力的になり、プロジェクトへの人材派遣を申し出る状況となっていた。
そんな状況でアメリカと敵対関係にある諸国は一切の情報を遮断され疑心暗鬼となった国も現れた。
北朝鮮もその一つで、全く進まない魔導技術の開発に焦った偉大なる領導者様から、どういう手段を使っても開発を進めろと命令されたようだ。
小畑たちの任務はクラダダ要塞遺跡の位置を特定するまでであり、その後は別のチームが密かにクラダダ要塞遺跡に侵入する予定だったらしい。
外国の軍組織がどうのこうのという話は興味がなかった。そういうのは国から高給を貰っている頭のいい人に任せておけばいいのだ。
こっちは選挙権もない勤労学生なんだから巻き込まないで欲しい。東條管理官は自覚がないとか、責任感を持てと言うが、案内人の仕事の範疇にはそんな面倒事は含まれていないはずだ。
俺はJTG支部で雑用を片付けた後、児童養護施設へ向った。久しぶりにオリガに会いたくなったのだ。
児童養護施設の門から入った俺は、職員に挨拶してから中に入った。夕方の時間なので学校から帰ったオリガは食堂でテレビでも見ているはずだ。
「ミコト兄ちゃんだ」
俺はタケシの身体を受け止めるとジャイアントスイングで振り回してからソファーにボスンと投げ出した。
「タケシ、危ない事をすんなよ。俺が避けたらどうするつもりだったんだ」
「ミコト兄ちゃんなら大丈夫」
信用されているという事なのだと思いたい。テーブルの方を見るとオリガが笑顔でこっちを見ている。オリガの隣の席に座り話し掛けた。
「オリガ、元気にしてたか?」
「うん、元気だよ」
「学校は楽しい?」
「楽しいよ、友達も一杯できたの」
オリガの笑顔は見た者も幸せな気分にしてくれる。この笑顔が見たくて頻繁に児童養護施設に来るのかもしれない。
食堂で寛いでいると事務仕事を終えた香月師範が片手で首筋を揉みながら入って来た。
「んん……ミコト、また来たのか」
「いいじゃないですか。ここは俺の家でも有るんですから」
「まあいいけど……勉強はちゃんとやっているのか?」
俺は顔を顰めた。仕事が忙しすぎて勉強はサボリ気味だった。
「高校の勉強くらいしっかりやらないと後で後悔するぞ」
暗記すればいいだけの科目は『魔導眼の神紋』の<
これらの科目は時間を掛け理解するという作業が必要なのである。
「暇が出来たら集中してやるよ」
「馬鹿言うな。勉強する時間は努力して作り出せ。暇になるのを待っていたら爺さんになっちまうぞ」
その言葉や表情から、本気で心配してくれているのが分かる。俺は香月師範に感謝した。そして、俺の兄弟であるオリガやタケシたちの存在にも感謝する。
俺はちょっと幸せな気分に浸りながら、マウセリア国王に頼まれた魔導飛行船レース用の飛行船をどうするか考えた。様々なアイデアが浮かんでは消えてゆく。
「ねえ、ミコトお兄ちゃん。ルキちゃんたちに会いたいな」
「そうだな。冬休みはいろいろ有るから、春休みにでも会いに行こうか」
以前、夏休みに異世界へ連れて行くと約束したが、その後マウセリア王国が戦場となり、オリガを連れて行けなくなった。今は戦争の影響も消え、オリガを連れて行っても大丈夫だろう。
「本当。絶対だよ」
オリガが凄く嬉しそうな顔をする。
俺は気軽に約束したが、後で本当に大丈夫だろうかと心配になった。東條管理官にトラブルメーカーじゃないかと言われたのを思い出したのだ。
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