第278話 竜殺しの序盤戦

 俺が駐屯地近くの木の上で小畑たちを待ち伏せしていると城島の魔力を捉えた。小畑、金村、城島の三人の中で一番魔力が強いのが彼なので当然である。


 駐屯地に近付いた三人は二本の巨木が絡み合うように空に向かって伸びている場所の後ろに隠れ駐屯地の入口を見張り始めた。


 俺がどうやって城島を救出するか考えていると駐屯地の入口から一人の男が出て来た。その姿を目にして嫌な予感を覚える。


 何がどうしてそうなったのか分からない間に、小畑と金村がマイルズの<暴風氷ブリザード>で倒れ、城島も危機一髪という状況になっていた。


 俺は木から飛び下りると城島の下に走った。城島が叫んでいるのが聞こえて来る。それでも駐屯地から出て来た男は攻撃を止めなかった。俺は敵じゃないと叫んだが、無視された。


 城島目掛けて放たれた<氷弾アイスブリット>を何とか割り込んで<風の盾ゲールシールド>で弾く。弾かれた氷弾は後ろの巨木に当たり穴を穿った。


 その男が無詠唱で攻撃魔法を放っているのに気付く。

本気まじかよ。奴も『竜の洗礼』を受けたのか」


「俺たちは駐屯地の関係者だ」

「こそこそ隠れていたような奴らが信用出来るか」


 マイルズが<氷槍アイススピア>を放った。後ろに城島が居るので避ける訳にはいかない。<遮蔽結界>を張って氷槍を受け止めた。


「城島さん、そこの木の後ろへ避難してくれ」

 城島は二人が尋常な技量の持ち主ではないと気付いていた。自分の技量では足手まといになると悟り指示に従い巨木の裏に避難する。


 俺は相手に向って飛び込んだ。爆発的な力で地面を蹴り一気に間合いを詰める。それに気付いたマイルズはグレイブを振り上げ目にも留まらぬほどの速さで振り下ろしてきた。


 俺は一歩踏み込んで短槍の柄でグレイブの柄を受け止めた。武器の柄がぶつかる甲高い音が響いた後、力比べとなった。体格は圧倒的にマイルズの方が上だが、俺は二度『竜の洗礼』を受けている。


 拮抗した力で競り合っているとギシッと短槍が軋む音が聞こえた。安物の短槍は二人の力に耐えきれず折れそうになっていた。


 次の瞬間、柄が折れて穂先が吹き飛んだ。相手は押す力を受け止めていた短槍が折れた所為で少しだけバランスを崩した。俺は鞭のような回し蹴りを相手の利き手に叩き込んだ。


 グレイブが相手の手から吹き飛ぶ。その時、俺は少しだけ気を抜いたのかもしれない。気が付くと相手の拳がボディ目掛けて振り抜かれていた。避ける時間はなく腹筋を締めて耐える。


 腹が爆発したかのような衝撃を受け、俺は体ごと吹き飛んでいた。空中でバランスを取り何とか足から着地する。内臓が捩れるような痛みが走った。歯を食いしばって耐え、相手を睨み付ける。


「へっ、俺様の一撃を受けて立っていられるのかよ」

 マイルズは俺のタフさに驚いたようだ。


 素手同士になった俺たちは間合いを詰める。マイルズがジャブで牽制した後、右ストレートを放った。その右ストレートを巻き込むようにして受け流しながら回転して懐に入り、一本背負いのような形で投げる。


 投げられたマイルズは跳ねるように起き上がると後ろに飛び退いた。しかも空中で『水神武帝の神紋』の基本魔法である<水刃乱舞>を放つ。


 八つの水刃がそれぞれ違う軌道で飛んで来て、俺を襲った。慌てて<遮蔽結界>で受け止める。八つの水刃を跳ね返した俺は<旋風鞭トルネードウイップ>を発動。右手の先から竜巻が鞭のように伸びマイルズを襲う。


 マイルズは一つだけ持っている防御魔法<鉄水盾アイアンシールド>で竜巻の鞭を弾いた。弾かれた竜巻の渦は近くの木の幹をへし折り消えた。


 戦う内に段々と戦意が高まり本気の魔法を放ち始めた。俺が<炎杖>を発動し青い炎の帯でマイルズを黒焦げにしようとすると、お返しとばかりにマイルズが<暴風氷>で俺を凍らせようとする。


 更に攻撃魔法の撃ち合いは激しさを増し、俺は<魔粒子凝集砲>、マイルズは<天雷重水槍>を使い出すと周りの地形にも影響を与え始めた。


 <魔粒子凝集砲>は威力を抑えた小さなものだった。マナ杖を持って来ていないので十分な魔粒子を流し込めないのだ。それでも人間相手に使うには過剰な威力なのだが、マイルズには<鉄水盾>が有り、魔法の盾を使って軌道を逸らし平気な顔で反撃してくる。


 マイルズの天雷重水槍も俺の遮蔽結界で弾く。さすが第四階梯神紋の防御魔法である。

 遮蔽結界で弾かれた天雷重水槍は巨木に命中し真っ二つに両断した。また、鉄水盾で軌道を逸らされた魔粒子凝集弾は岩山に命中し大穴を空ける。その爆風は周囲の木々を揺らし枝をへし折り、爆発音は駐屯地まで響き渡る。


「チッ、その防御魔法はバリアの類いなのか。<天雷重水槍>が弾かれるななんて信じられねえ」

「だったら、攻撃を止めろ」

 この騒ぎを聞き付けた駐屯地の兵士たち、それにベニングス少将とオーウェン中佐が外に出て来た。

 

「何事だ?」

 先に来ていた兵士に少将が尋ねた。

「ミスターマイルズと少年が戦っているようです」

 少将はマイルズと戦っている少年の顔を確認した。


「おい、あれはミコト君じゃないか。何で二人が戦っている?」

 二人の戦いは魔法戦を止め肉弾戦に移っていた。


 マイルズは楽しそうに笑い間合いを詰めると回し蹴りを放つ。ブンと丸太を振り回すような蹴りだが、スピードが有り、威力は人間離れしていた。


 その蹴りを両手を交差して受け止めた。予想以上に重い蹴りだった。踏ん張ろうとしたが、身体が浮き五メートルほど宙を飛ぶ。


 人間、努力すれば空を飛べるんだ。努力したのは俺じゃないけど……と馬鹿な考えが頭に浮かんだ。


 頭から地面に激突しそうになり慌てて受け身を取る。立ち上がった処に、マイルズのタックルが迫っていた。身体を捻りながら跳び上がり回し蹴りをマイルズの首に叩き込む。


「グギャハッ」

 マイルズが呻き声とも悲鳴とも判断出来ない声を上げ地面を転がる。これぐらいで勝負が着くような相手ではないと分かっていたので追撃する。


 競走馬のような勢いでダッシュすると立ち上がったマイルズの顔にドロップキックをぶちかます。伊丹のように洗練された攻撃ではないが、思い切りの良い攻撃が俺の持ち味だった。

 今度はマイルズが宙を飛んだ。


 立ち上がったマイルズは鼻血をダラダラと流しながら俺を睨む。

「そこまでだ。戦いを止めるんだ!」

 ベニングス少将が止めに入る。


「何故止める。こいつら隠れて駐屯地を監視していやがったんだぞ」

 マイルズが吠えるように言う。

「ミコト君も止めるんだ」


 俺は少将の顔をチラリと見て、

「俺は止めてもいいんですが、相手が止めそうにないですよ」


 マイルズがチャンスだと思ったのか<天雷重水槍>を発動しようとしている。

 奴の手から放たれた天雷重水槍が俺の遮蔽結界に当たり軌道を変え、少将の近くに在った岩に命中し粉々にした。その破片が兵士たちや少将に当たり怪我をさせる。


 ベニングス少将はマイルズの顔を確かめた。顔は笑っているが、目が釣り上がり極度の興奮状態に有ると感じた。


「クッ、ミコト君……何とか出来ないのか?」

 俺は一つだけ奴に戦闘を止めさせる方法を知っていた。だが……それは二度とやるまいと誓ったものだった。

「仕方ない。非常手段を取ります。皆、離れてくれ!」


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