第274話 変質する魔力

 脱出方法を考えていると縛られた照井を連れて村田と藤村が近付いて来た。

「大人しくしているようだな。まあ、ここまでされれば騒ぎようがないか」


 俺は抗議の声を上げようとしたが、猿轡を噛まされているのでくぐもった声しか出ない。

「何が言いたいんだ?」

 藤村がしゃがんで猿轡を取る。


「貴様らは、こんな事件を起こして、どうやってリアルワールドへ戻るつもりなんだ?」

「余計なお世話だ」

 そう言った時の藤村の目には、冷酷な光が輝いているのが見えた。


 普通ならゲートマスターである城島に命令して戻るしかないのだが、リアルワールドに戻れば警備している自衛隊に捕縛される可能性が高い。そんな危険を犯すだろうか?


 こいつらリアルワールドへ帰る別の手段を持っているのじゃないかと直感した。ミズール大真国の西にはイスタール帝国という国がある。その国の転移門は中国が抑えていた。


 中国の沿岸地域には転移門が存在するが、内陸部には転移門が存在しないらしい。相対位置で考えると稀竜種の樹海の奥地が中国の内陸部と重なっているからだろう。古代魔導帝国の人々も樹海の奥地には転移門を建設しなかったようだ。


 イスタール帝国に奴らの仲間が居れば、リアルワールドに戻る事は可能だった。

「城島さんは要求に応えたんだ。俺たちをいつまで拘束するつもりだ」

「俺たちの目的が達成されるまでだ……そんな事より、お前には問い質したい事がある」


 冷たい光を湛えた目で俺を見下ろしながら藤村が尋ねた。

「お前の持っている神紋は何だ?」


「……」

 ハンターに持っている神紋を訊くのはルール違反なのだが、こいつらは無視していた。藤村が俺の頭を蹴った。

「痛っ」

「こっちには人質が居るんだ。喋れよ」


 村田が照井の首に腕を回して締め上げる。照井の顔が苦痛に歪んだ。

「分かった、喋る。『魔導眼の神紋』だ」

 藤村が頷いた。

「なるほど<魔力感知>か。だから近付いて来る魔物が判ったんだな。……他には?」

 藤村は神紋について詳しく勉強したようだ。


「『魔力変現の神紋』だ」

「マイナーな神紋を……確か応用魔法に<明かりライト>が有ったな。使ってみせろ」

 こいつらは俺が何の神紋を持っているか確かめるつもりのようだ。


 俺は呪文無しで発動出来る<明かりライト>をわざと呪文を詠唱してから発動させた。

「嘘は言っていないようだ。だが、ハンターなら攻撃魔法も持っているはずだ」


 考えてみると攻撃魔法として有名な神紋を俺は持っていなかった。正直に『流体統御の神紋』を持っていると言っても相手が納得しそうになかった。


「『風刃乱舞の神紋』を持っている」

「クッ、その神紋の基本魔法は<風刃ブリーズブレード>だったな。無詠唱で発動出来たはずだ。最初に縛り上げといて正解だったぜ」


 藤村の言葉に村田が疑問を持った。

「縛られていても関係なく魔法を発動出来るんだろ?」


「攻撃魔法を発動する時、人は無意識に予備動作をするらしい。目標を指差したり、掌を目標に向けたりするものだ。これが照準を付ける動作になるそうだ。但し予備動作なしでも発動は可能だ。その代わり照準が甘くなったり魔力を制御する為に発動までの時間が余計に必要だったりするそうだ」

 確かに身動きが出来ないと魔法が発動し難くなるが、訓練次第なので一概には言えない。


「念を入れて目隠しもした方がいいな」

 何かの布で目隠しもされてしまった。

「馬鹿な奴だぜ。こうなる前に攻撃魔法で俺たちを倒せば良かったのに」


 攻撃魔法の照準というのは、それほど精密なものではない。人質ごと倒すというのであれば簡単だが、敵だけを倒すというのは難しかった。それに気になる事が一つ。


「そうしたら、お前たちの仲間が人質を殺すだろ」

 藤村と村田が少し驚いたようだ。

「よく分かったな。他にも仲間が居ると」


「変な動きをする奴らが五人居たのに、俺たちの前に現れたのは四人だけだったからな」

 藤村たちは少し沈黙した後、

「判っているなら、言っておくぞ。俺たちに何かあったら人質の中に潜んでいる仲間が人質を殺す事になっている。開放されるまでジッとしていろ」


 そう言うと、また猿轡をしようとした。

「ちょっと待ってくれ。最後に一つだけ教えてくれ」

「何だ?」

「何故脅す時には、照井さんを連れて来るんだ?」


 村田がフッと笑った。

「こいつがイケメンだからに決っているだろ」

 照井が理不尽なという顔で抗議しようとしたが、村田に睨まれ沈黙する。


 もう一人の助手坂上はどちらかと言うとブサメンだった。御蔭で怖い目に合わずに済んでいるのだが、本人が理由を聞いたら喜ぶかどうか。村田たちは照井を連れてキャステルハウスの中に戻って行った。


 目隠しまでされてしまった。俺は溜息を漏らした。魔導眼の神紋レベルが高い俺は、目隠しされても魔力で人や魔物の位置が判る。但し、魔力を内包していない物質は感じられないので魔導眼だけを信じて行動するのは危険だった。


 目隠しされ魔導眼に集中していた俺は、ある変化に気付いた。今までは気付かなかった小さな魔粒子の動きが見えるようになっていたのだ。


 木の内部に存在する水の流れと一緒に魔粒子も流れており、幹の内部を通った魔粒子が枝に分かれ小さな蕾の中でぐるぐると回っている。この蕾が開き花が咲いた時、魔粒子は解放されるのだろう。


 集中すると大気の中にもキラキラと輝く無数の魔粒子が舞っている。それを呼吸する事で体内に取り込むと肺の中で酸素と一緒に血液に入り込み身体を巡り始めた。


 体内を巡る魔粒子が魔導細胞に取り込まれると微かな魔力を発し始める。

 躯豪術を使うと魔力が意志に従い上半身を中心に回転する。体内を自在に動く魔力を感じている間に、魔力を変化させる力が自分にあるのを感じた。その感覚に従い魔力を変化させると魔力が変質する。


 今まで空気のように希薄で小さな力の流れだった魔力が、突然重さを持ったように手応えのあるものに変わった。その魔力を口から放出しゴルフボールのような珠にしてみた。


 この様子を魔導眼の持ち主が見ていれば、口から魂が抜け出したかのように見えただろう。

 魔力の珠は目の前に浮かんでいた。目隱しされているので肉眼では見えないが、確かに宙に浮かび自在に動かせるのが分かった。


 ただの魔力なら体外に出た途端エントロピーの法則に従い拡散するはずなのだが、変質した魔力は固体化したかのように安定している。


 まるで透明な水晶玉が浮いているような感じである。その水晶玉は俺の意志で自在に動くようだ。魔力の珠を変形してみた。珠から小さな腕のようなものを二本伸ばし、目隱しと猿轡を外させた。


 目隱しの布が落ちると外は陽が落ちようとしていた。真っ赤に染まった空が眩しくて瞬きをする。

 目の前に奇妙なものが有った。水晶のような珠から小さく透明な腕が伸びている。完全な透明ではなく表面で光が屈折する為、そこが歪んで見える。


「これも『竜の洗礼』の影響なんだろうか。魔力の塊のはずなんだがな」

 俺は変質した魔力の塊を自在に操り、様々な形に変形させ実験した。


「いかん、こんな事をしている場合じゃなかった」

 辺りは暗くなり始めていた。既に地面から抜け出す方法は考え付いていた。丁度暗くなったので、闇に紛れて抜け出す事にする。


 目前の地面に直径一メートル半の<圧縮結界>を展開し一気に圧縮した。地面にボコリと大きな穴が空き身体が穴の中に倒れ込んだ。


 俺は深呼吸してから、魔力の塊を変形させ円形の刃物のような形とした。回転させ、そこにロープを近付けて切断した。自由になった俺は穴を抜け出した後、圧縮した土を元に戻す。


 自分の頭の代わりに同じような大きさの石を置き、猿轡と目隱しをしておいた。暗いので遠目には判別出来ないだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る