第272話 キャステルハウスの敵

 俺が装備を買った日の翌日から、依頼人たちに魔粒子を浴びて貰う為、樹海に向った。

 依頼人たちにも防具を着けて貰う。長爪狼の皮に硬化処理を施したもので、鎧豚の革鎧より防御力の低い安物だが樹海の浅い部分に住む魔物には有効だろう。


 俺が長爪狼の革鎧を借りなかったのは、長爪狼の革鎧は硬化処理を施した所為で動きを邪魔する場合があるからだ。


 今回樹海に一緒に行く五人は医療関係者から選ばれた依頼人だった。その中には医学生らしい三人の姿も見える。


 この医療関係者は大きな医療法人が企画した異世界における医療に関するプロジェクトの一環として、参加した者たちだ。


 通常、若手の優秀な医者が選抜されるプロジェクトに、医大生らしい三人が参加しているのは医療法人の幹部の息子たちだからである。


 異世界に行きたかった三人は父親に頼んで追加メンバーとして加えて貰ったらしい。という訳で、物見遊山の気分が強い三人組だった。


 護衛役は城島と俺の二人である。助手の二人はキャステルハウスで残っている依頼人たちの世話をしている。


 町の西門から出ると目の前には樹海が広がっている。迷宮都市と同じように樹海に面した町の産業は魔物から回収した素材と樹海で取れた果実を加工した食料だそうだ。


 様々なジャムやドライフルーツを作る工房がたくさん有ると聞いた。

 城島は町から北西の方向にある柑橘類の林で狩りをするつもりのようだ。その林には鬼熊ネズミという魔物がいるらしい。ゴブリンと同じ程度の強さがあり、カピバラ並みに大きかった。


 因みに少し前までは、俺の気配や覇気を感じると弱い魔物は逃げて行っていたのだが、伊丹に教わり気配と覇気を断つ訓練をして弱い魔物が逃げないようになった。


 もちろん、気配遮断を止めれば逃げ出すようになるので、状況により使い分けている。今回は気配遮断を使っているので、弱い魔物が襲い掛かって来る。


 鬼熊ネズミは前足の鋭い爪の攻撃と鞭のような尻尾による攻撃さえ気を付ければ仕留められる魔物だ。西門から四〇分ほど歩いて柑橘類の林に到着。その林にはレモンのような果物とミカンのような果物が枝もたわわに実っていた。


 林に入ってすぐ一匹の鬼熊ネズミと遭遇した。この大ネズミはカピバラとは違い、酷く凶暴だ。遭遇した途端、鬼熊ネズミが襲って来た。城島が前に出て相手をする。城島の武器は衝撃波を発する魔導剣だった。


 飛び掛かった鬼熊ネズミに城島の魔導剣が叩き付けられた。刃が大ネズミの肉体に触れた瞬間、衝撃波が発せられ、その肉体が真っ二つになる。


 派手に血飛沫が舞い散った。その光景を見た依頼人たちがビクッと怯えるように身体を震わせた。その威力を見た俺は正直に感想を伝える。

「オーバーキルです。そのネズミには魔導剣の威力が大き過ぎる」


「どうやらそうみたいだね」

 城島が苦笑いして、魔導剣を鞘に戻し予備の剣に持ち替えた。林の探索を続け、二匹の鬼熊ネズミが仲良くミカンもどきを食べている場所に出た。


「今度はミコト君が相手するかい」

「いいですよ」

 俺は鬼熊ネズミの前に出た。すぐに気付いた鬼熊ネズミが俺に襲い掛かって来る。


 爪を伸ばし俺を引き裂こうとする大ネズミに反応し、短槍を捻りながら突き出す。そのスピードは尋常なものではなく、周りの人間には一瞬槍が消えたように見えただろう。


 実際は槍の穂先がネズミの胸を抉り心臓を貫いていた。

 素早く槍を引き戻した俺は、もう一匹の大ネズミを警戒する。そのネズミは隙を窺うようにチョコマカと動き回りながら躊躇い、俺と戦うのを避け回り込んで依頼人の方へ向かおうとした。


 俺は地面を強く蹴り一瞬で鬼熊ネズミとの距離を詰めると槍を突き出した。血で染まった穂先が大ネズミの脇腹に食い込み肺を貫いた。

 たぶん城島以外は、俺の動きを完全には見えていなかったと思う。それほど素早い動きだったのだ。


 依頼人たちの俺を見る目が変わった。それまでは高校生みたいな若造が護衛なんて大丈夫なのかという感じだったが、若いのに凄い奴だと思われ始めたようだ。


「さすがミコト君だ。槍の使い方も堂に入っている」

 城島の言葉がちょっと嬉しい。俺の周りには褒めてくれるような人が少ない。それくらい出来て当然と思われているらしい。


 それに伊丹と狩りをしていると自分がまだまだだなと感じる事が多いので、手放しで褒められる事に慣れていないのだ。


 七匹の鬼熊ネズミを仕留め、依頼人に魔粒子を吸収して貰った。順調だと思っていると足軽蟷螂が現れた。二メートルを超える大カマキリの出現に依頼人たちは慌てた。中には逃げ出そうとする者も居たが、案内人の俺たちが落ち着くように声を掛ける。


「落ち着いて下さい。この魔物はルーク級下位の魔物で、案内人にとっては脅威ではありません。すぐに倒しますから集団から離れずに待機していて下さい」


 城島の言葉は力強く、依頼人たちを落ち着かせる。城島には、こういう面もあるんだと感心した。


 城島は宣言通り足軽蟷螂を魔導剣でサクッと倒した。依頼人たちの間から称賛の声が上がる。

 鬼熊ネズミよりも濃い魔粒子が足軽蟷螂から放出され依頼人たちが、その魔粒子を浴びる。十分な魔粒子を蓄積したと判断した城島は町に戻り、魔導寺院へ向った。


 魔導寺院では、まず『魔力袋の神紋』の扉が反応するかどうかを調べた。全員が扉のプレートを輝かせ、無事に『魔力袋の神紋』を取得した。


 初めて神紋を授かった依頼人たちは、例外なくボーッとした表情で自分の身体と精神に起きた変化を理解しようとしている。


 俺も経験したが、頭の中に今までなかったものが存在するようになり、ほんの僅かだが魔粒子と魔力が感じられるようになるのだ。その違和感は半端ではなく一時的に放心状態になるのも無理はなかった。


 フラフラしている依頼人たちをキャステルハウスに連れて帰り休ませた。そして、別の五人を樹海へと連れて行き同じ事を繰り返す。


 依頼人の全員が『魔力袋の神紋』を得て、城島も一安心したようだ。

 俺は依頼人の中にちょっと気になる者たちが居るのに気付いた。樹海の中を歩く様子や魔物が現れた時の反応から何らかの訓練を受けている感じがする者たちである。この動きは倉木三等陸尉や筧一等陸曹の動きに似ていた。


 城島は次の段階に進んだ。目指す神紋別に特定の魔物を狩り魔粒子を吸収させるのである。『透視眼の神紋』は戦争蟻、『数理の神紋』はコボルトから放出される魔粒子を蓄積すると授かり易くなるという情報が有るらしい。


 ミズール大真国の学者が発表している事なので何らかの調査をしたのだろう。

 コボルトは問題なかった。ただ戦争蟻は問題だ。鋼鉄の槍では歩兵蟻や軍曹蟻の外殻を貫けそうにないからだ。


「魔法で倒すしかないか」

 歩兵蟻や軍曹蟻に使えそうな魔法は<炎杖><缶爆><渦水刃><魔粒子凝集砲>になる。<魔粒子凝集砲>はマナ杖がないので体内の魔粒子を魔粒子凝集弾に充填するしかなく威力は小さくなるだろう。


 但し、<缶爆>や<魔粒子凝集砲>だと蟻の身体がバラバラになる可能性が高い。魔粒子を依頼人に吸収して貰うには<炎杖>と<渦水刃>の二択になる。


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