第271話 多過ぎる依頼人2
日が昇ったので、洞窟を出発する。城島が先導し滝の裏に有る洞窟から出て樹海に入る。この辺の樹海は食べ物が豊富なようだ。ヤマモモに似た果実を付けた木やグミの木に似たものが多い。
俺は最後尾を歩き、依頼人たちの話し声を聞いていた。
「凄えな。これが異世界か。戻ったら自慢出来るな」
「自慢するなら、魔法が使えるようになるのを自慢しろよ」
「『透視眼の神紋』だろ。俺は『雷の神紋』とか『火炎の神紋』とかが良かったのにな」
「お前はテレビの見過ぎだ。ハンターにでもなって魔物狩りにでも行く気か」
異世界を舞台にしたドラマや映画が作られており、『雷の神紋』と『火炎の神紋』はドラマの主人公が持つ神紋である。
「でも、ゴブリンくらいなら簡単に倒せそうじゃないか」
「まあな、ゴブリンならな」
医大生らしい依頼人の話を聞いて、俺は笑いそうになった。訓練を受けた者なら、ゴブリンを倒せると思うが、目の前にいる医大生たちは何の訓練も受けていないのは確実だ。
ゴブリンの名前を呼んだからではないだろうが、本当にゴブリンらしき気配が近付いて来る。
「城島さん、右から魔物が近付いている」
城島は依頼人たちを一箇所に集め、迎撃する態勢を固めた。
「僕と照井が前に出るから、ミコト君は依頼人の傍で護衛を頼む」
「了解」
すぐにゴブリン五匹が現れた。城島は三匹のゴブリンを、照井が二匹のゴブリンを引き受けた。だが、照井が引き受けるはず一匹が、隙を突いて依頼人の方へ近付いて来た。
近付いて来るゴブリンは凶暴な顔をして唸っている。その姿には野生の獣が発する危険な気配があり、先程までゴブリンなら倒せると言っていた医大生たちもビクッと震えた。
ゴブリンは手に持った棍棒を威嚇するように掲げ、ぎょろりと依頼人たちを睨む。依頼人たちの多くは怯えた表情を浮かべている。
俺はゴブリンと依頼人の中間点に移動し依頼人を背後に庇う。
ゴブリンを迎撃しようと一歩足を踏み出そうとした時、異変が起きた。棍棒を振りかざし俺に襲い掛かろうとしていたゴブリンの腰布の紐がプツンと切れたのだ。
パサッと落ちた腰布に足を絡ませたゴブリンが地面に倒れた。手に持っていた棍棒も草叢の方へ飛び消えた。悲鳴を上げようと準備していた依頼人たちも、あっという顔をした後、口を閉じる。
微妙な雰囲気の沈黙が広がった。
依頼人の間からクスクスという笑いが聞こえて来た。ゴブリンがガバッと起き上がる。顔を打ったのか鼻血を出していた。
笑い声を聞いてムッとしたゴブリンは襲い掛かろうとして棍棒が無いのに気付いた。辺りを見回すが見付からない。そして、ゴブリンがどうするのか見守っていると……逃げた。それも尻を剥き出しにしたまま全速力で。
「あのゴブリン……泣いてたように見えたけど、見間違いだよな」
依頼人の一人が呟くのが聞こえた。俺は笑いを堪えながら城島たちの方へ目を向ける。二人の戦いは終わっていた。
ゴブリンの死骸の近くに依頼人たちを呼び寄せている。少しでも魔粒子を吸収させる為である。
「何か有ったのかい。依頼人たちの様子が変だけど?」
城島さんが尋ねた。俺は状況を説明すると変な顔をされた。
「そんな事も有るんだ」
「ゴブリンの生態は解明されていない事が多いそうですから、ゴブリンの研究者に話してみると面白がるかも知れませんね」
俺たちはゴブリンの死骸から離れ町に向かった。途中、長爪狼の群れに遭遇したが、問題なく駆逐し辺境の町ガイフルへ到着。
城島は町の顔役のようだった。門番に金を払って全員が町に入る。門番も人数の多さに驚いたようだが、城島が一緒だったので、すんなり入れた。
城島たちが拠点にしている宿泊施設は貴族の別邸を改修したもので、三〇人までなら寝泊まり出来る規模があった。彼らは『キャステルハウス』と呼んでいる。
俺は小さな部屋を割り当てられ、その部屋で少し休んでいた。そこに城島が来た。
「ミコト君、明日からの予定なんだが、依頼人を五人ずつに分け樹海に入り弱い魔物を狩って魔粒子を体内に蓄積して貰おうと思っている」
「俺は依頼人の護衛をしながら、魔物を狩ればいいんですね」
「よろしく頼む」
城島が部屋を去ろうとするのを、俺は呼び止めた。
「城島さん、装備を整えたいんで少し金を貸して下さい」
「どれくらいだね」
「金貨一枚をお願いします」
「それじゃあ、少ないだろ。金貨二枚を渡しておこう」
城島から金貨を貰い、俺は外に出た。
ハンターギルドが目に入ったので中に入り、身分証を入手する為に新規登録した。今更、見習いハンターになるのもどうなんだと考えたが、町に入る度に金を払うのは馬鹿らしい。
国が異なると同じハンターギルドでも連絡がほとんど無い。なので二重登録しても気付かれない。もちろん、実績もチャラになるので見習いハンターから出直す事になるが、身分証だけが必要なので問題ない。
懐かしい木製のハンターギルド登録証を手に入れた後、町の近くにいる魔物の情報を教えて貰う。
情報を集め終わると通りに出て武器屋に向った。槍や剣などを中心とする品揃えの小さな武器屋だった。
「いい武器は高いな」
ミスリル合金製の武器があったが、金貨二枚では買えそうにない。仕方なく鋼鉄製の刀身を持つ短槍を購入した。
武器屋を出た俺は隣の防具屋で鎧豚製の革鎧と籠手、脛当てを購入した。それらの装備を付けると見習いハンターだった頃の事を思い出した。
「あの頃は槍トカゲと戦うのも必死だったな」
今では属竜種さえ倒せるほどになった。……変われば変わるものだ。
ミコトが買い物で外出している頃、キャステルハウスの一室で五人の依頼人が密談をしていた。
「案内人たちの技量はどれほどだと思う?」
「助手は大した事はない。だが、城島と手伝いの案内人は全力を出していなかったようだ」
「警戒すべきは城島とあの若造か」
「ここで留守番をしていたもう一人の助手はどうだ?」
「助手となってから日が浅いようだ。問題ないだろう」
怪しい依頼人たちが話している言語は日本語ではなく、そうかと言ってミトア語でもなかった。
「まずは武器の確保だ。案内人たちが樹海に行っている間に、屋敷の中を探す」
「見付けられなかったら、どうする?」
「助手二人から武器を奪い、この屋敷を制圧する」
彼らの言葉から、物騒な行動を起こそうとしているのは分かるが、屋敷を制圧して何をするつもりなのか分からない。
その時点では、ミコトも城島も何も気付いていなかった。
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