第270話 多過ぎる依頼人

 東條管理官から罰を言い渡された後も、俺は説教を聞き続ける羽目になった。説教を聞きながら、調子に乗っていたと反省する。俺はいつでも逃げるだけの能力はあったのだ。それを東條管理官も知っていた。


 逃げて警察に通報するだけで良かったのである。二度目の『竜の洗礼』を受けてから、常に体の奥で高馬力エンジンが唸りを上げているような感じがする。


 気を許すと暴走しそうな危うさを感じ、自分自身ゾッとした。身体の変化に精神が追い付いていないのかもしれない。鋭い観察眼を持つ東條管理官が、それを見抜いて叱ったのだ。


 それもあって東條管理官が出した罰をおとなしく受ける事にした。そうでなければ、他の案内人の仕事の手伝いなど引き受けない。案内人は独立採算制なので、依頼を断る事も自由なのだ。

 最近は、俺自身が魔導飛行バギーの販売という事業を始めたので、断る依頼の数も増えてしまった。


 翌日、俺は沖縄に行って、手伝う先の城島と打合せをした。俺が知らなかった事でも分かるように案内人城島は有名ではない。案内人ランキングは俺より低いはずだ。


 だが、最近になって依頼者が急増しているらしい。JTGの沖縄支部に行き、応接室で支部の課長から城島を紹介された。


 城島は三〇代前半で、精悍な顔つきの逞しい体格をした男だった。空手か何かをやっているのか動きに鋭さがある。


「君が手伝いをしてくれるミコト君だね。あっ、鬼島君と呼んだ方がいいのかな」

「いえ、ミコトで構いません」


 城島は感じの良さそうな人だった。

「ミコト君の実力については、東條管理官が保証してくれているので心配はしていないんだが、君用の武器や防具を用意出来ない。店で売っているものを購入する事になる。いいかな?」

 俺は頷き、承諾していると伝えた。


「もしかして、魔法が得意なのか?」

「大物は魔法で倒しますが、普段は武器を使った戦闘を主にしています」

「へえ、最近倒した魔物は何?」


 そう訊かれて躊躇った。正直に『崩風竜』と言う訳にもいかないからだ。

「地獄トカゲです」

 城島が顔を顰めた。


「あいつか……危険な奴だよな」

 地獄トカゲの毒爪の怖さを知っているようだ。


 急遽、俺が城島の手伝いをする事になったが、予定では別の案内人が手伝うはずだったらしい。しかし、何かのトラブルで予定の案内人が駄目になり、俺の所へ話が来たようだ。


「今回の団体さんの依頼は、『数理の神紋』を授かりたいという依頼者が十二名、『透視眼の神紋』を授かりたいという依頼者が八名だ」


「『透視眼の神紋』は理解してますが、『数理の神紋』を授かりたいという依頼者が多いのは何故です?」


 『透視眼の神紋』を授かりたいと希望しているのは医療関係者だと思うが、『数理の神紋』にどういう使い道が有るのか分からなかった。


「『数理の神紋』の基本魔法を使うと目の前に有る数式を魔法で計算するんだ。便利なものらしい」

 コンピューターの存在しない世界なので非常に便利なようだ。


 打合せは二時間ほど続き、翌日の夜に依頼人と一緒に転移する事となった。ポッカリと空いた時間を沖縄観光で潰し、翌日の夜、うるま市の郊外にある農園だった場所に移動した。


 ゴーヤを作っていた畑は自衛隊の手で封鎖され、倉庫のような建物が建っていた。その建物に入ると中は何もなくがらんとしていた。


 下着姿の男女が押し競饅頭くらまんじゅうでもしているかのような状態で転移門が現れるポイントで待機する。

「城島さん、一遍いっぺんに引受け過ぎじゃないの?」

 俺が愚痴を零す。


「悪い、こんな大勢の依頼人が集まるのは初めてだったんで、喜んで引受けている間に、ここまで増えてしまったんだ」


 城島には二人の助手が居ると聞いているが、二〇名ほどの依頼者を三人で面倒を見るのは難しかっただろう。


 ミッシングタイムとなり、ゲートマスターである城島が転移門が現れるポイントに近付くと転移門が出現し、全員がミズール大真国へ転移した。


 転移の衝撃で少し朦朧となったが、すぐに立ち直った。そこが洞窟のような場所だと気配で判った。外から滝が落ちるような音が聞こえる。


 提灯のような明かりを持った人影が近付いて来た。

「城島さん、これ……全員が依頼者なんですか?」

「いや、こちらのミコト君は手伝ってくれる案内人だ」


 助手らしい若い男が溜息を吐いた。助手の名前は照井というらしい。

「一人だけですか……」

「優秀な案内人だぞ。それより着る物を用意してくれ」


 助手は洞窟の奥に行き、木箱の中からズボンと厚手のシャツを取り出す。辛うじて人数分有るようだ。靴は魔物の革で作った紐で固定するタイプのサンダルである。


 ズボンとシャツを着た俺は、依頼人たちの介抱を始めた。まずは<明かりライト>の魔法を使い周りを照らす。

「あっ、魔法だ」


 光に気付いた依頼人たちがざわざわと騒ぐ。助手と一緒になってズボンとシャツを配り、気分の悪そうな依頼人にはシートを敷いて寝かせた。


 全員が落ち着いたのは、二時間ほど経過した頃だった。

「皆さん、状況を説明します。日本でも説明したように、我々が居る場所は樹海の浅い部分にある滝の裏の洞窟です」


 依頼人の何人かが頷いた。

「日が昇るのを待って、辺境の町ガイフルに向かいます」

 ガイフルは滝から三キロほど東に行った場所に在る町で、城島たちの活動拠点となっている町だった。


「途中の樹海は大丈夫なんですか?」

 依頼人の一人が心配そうに声を上げる。

「心配いりません。この辺は弱い魔物しかでませんから、我々だけで対処可能です」


「でも、ゴブリンや狼が居ると聞いたぞ。僕らにも武器をくれないか」

 大学生らしい若者が要望を出した。


 城島が躊躇っていた。時々慣れない武器で怪我をする依頼人がいるのだ。城島は堅い木材から作られた棍棒を何本か取り出し武器が欲しいという依頼人に配った。

 俺も棍棒を一本貰った。


「ミコト君には、僕の予備の剣を渡そうと思っていたんだけど」

「俺は普段鉈を使っているんで、剣より棍棒の方が使いやすいんです」

「へえ、鉈か。珍しいな」


 助手の照井が近付いて来た。

「凄腕の案内人だって城島さんから聞いたよ。凄い鉈を使っているんじゃないの?」


 照井は二〇代半ばの好青年という感じの人である。ちょっと頼りない所も有るが年下相手だからと言って偉ぶるような態度を取らない。


「一番長く使っているのがワイバーンの爪を素材にした竜爪鉈です」

 現在使っているのが真龍種クラムナーガの牙を使った絶烈鉈だとは話せない。先程確かめたのだが、照井が使っているグレイブは大剣甲虫の剣角を利用したものだ。

「竜爪鉈か。羨ましいな」

 照井が呟くのを聞いた。


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