第269話 正当防衛と罰
「そんな奴より、この馬鹿どもだ。どうやって落とし前を着けて貰おうかね」
狗頭男が趣味の悪い指輪をした手で頭を撫でながら言った。
それを聞いた半グレの三島がムッとした表情を浮かべる。
「おいおい、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、俺たちゃ街で遊んでただけだぜ。無関係な奴らに『落とし前』とか言われる筋合いはねえ」
「何だとガキが粋がりやがって」
段々と昔の任侠映画を見ているような雰囲気になっている。逃げ出せないのなら楽しもうという気になっていた。
俺は部屋の隅で『どちらも頑張れ』と心の中で応援する。期待通り、喧嘩が始まった。我慢出来なくなった半グレの背の高い奴が殴り掛かったのだ。殴られた男は鼻血を出しながら反撃に移る。
どちらも喧嘩慣れしているのか、腰の入ったパンチを放っていた。
映画のアクションのような華麗な動きとかはないが、迫力のある喧嘩である。とは言っても、普通の者にとってであり、俺には物足りない戦いとなった。
近藤たちも戦っているが、経験が浅いらしく腰が引けている。近藤たち三人が初めに打ちのめされ床に転がった。
近藤は薄れていく意識の中で、ミコトの方を見た。ふてぶてしい笑みを浮かべながら戦いを見ている。何でこいつは怯えていないんだと不思議に思いながら意識が途絶えた。
戦闘力に関して言えば、大轍興業の方が上だった。人数は半グレの方が多かったが、一人二人と半グレが倒れると圧倒的に大轍興業が優勢になる。
立っている半グレの人数が三人にまで減った時、相手側の人数は四人になっていた。三島は自分たちの集団が暴力団にも負けない集まりだと思っていた。だが、その認識は甘かったようだ。
焦った三島が部屋に置いてあった鉄パイプを手に取り構えた。何処かの工事現場から掻っ払ってきたらしい。
それに対して狗頭男が拳銃を取り出すのが見えた。拳銃を見た瞬間、俺は初めてヤバイと感じた。無詠唱で<
三島は顔色を変え、ジリジリと後退りを始めた。
「てめえ汚えぞ」
「馬鹿が。俺たちが遊びで来ているとでも思っているのか」
狗頭男は躊躇いなく三島の足に銃弾を撃ち込んだ。絶叫が響き渡り床が真っ赤に染まる。リーダーが倒れた半グレは脆かった。瞬く間に叩きのめされ床に倒れる。
戦いが終わり、倒れた連中がボコボコにされるのを見るのは気分のいいものではない。だが、自分から進んで、こういう集団に入ったのだから、自業自得だと考えた。
半グレ集団を袋叩きにした男たちは、次に俺の方へ寄って来た。
「忠告する。俺に手を出すな。大変な目に遭うぞ」
俺が怯えていないからなのか。不思議そうな顔をしたが、見逃してくれそうになかった。
「おかしな事を言う奴だぜ」
拳銃を持った狗頭男も近付いて来て言う。
魔力を制御し<
スルリと狗頭男の懐に滑り込むと掌打を胸に叩き込んだ。掌の中で肋骨が砕ける感触を感じて力を抜く。
二度目の『竜の洗礼』は考えていた以上に、肉体をパワーアップさせていたようだ。驚いている男たちに素早く移動しながら掌打を一発ずつ浴びせる。それだけで終わった。必要のない制裁だったが、ドヤ顔のオッさんたちに何だかムカついたのだ。
「呆気ないな」
俺は倒れている男のポケットから携帯を取り出し、救急車を呼んだ。ビルから外に出ると会社帰りのサラリーマンたちが家路を急ぐ普通の風景が広がっていた。
久しぶりにテレビでも見ようと帰路についた。今夜の件は、これで万事解決だと思っていた。次の日、その考えが浅かったのを思い知るまでは。
翌日、俺は東條管理官に呼び出された。鋭い目付きで俺を値踏みするように観察した後、東條管理官が新聞を俺の前に広げた。
そこには昨日の半グレ集団と大轍興業の騒ぎが書かれている。
「お前の仕業だろ?」
「ええーっ、暴力団と半グレ集団との抗争だと書いてあるじゃないですか」
「私を甘く見るなよ。警察から詳しい情報を仕入れたのだ。重傷の四人はいずれも胸に掌打の一撃を食らって肋骨が砕けているそうだ」
「き、きっと相手に武術の達人が居たんじゃないですか」
東條管理官がフッと笑う。
「救急車で運ばれた中に高校生が居たんだが、その連中が現場に元同級生が居たと証言している」
近藤たちか。余計な事を。
「警察は偶然居合わせた少年には興味がないようだったが、名前を確認して驚いた。……ミコト、悪い事は出来ないんだぞ」
ちょっと嫌な汗をかき始めた。
「正当防衛を主張いたします」
「
バレてしまったのなら仕方がない。迷惑を掛けたようなので素直に謝った。東條管理官がギロリと俺を睨んだ。
「そこで、罰として……お前には他の案内人の手伝いをして貰う」
「そんな……趙悠館だって忙しいのに」
年間契約を結んだ大学病院から大勢の患者が趙悠館に来る予定になっているのだ。
「自業自得だ。お前には案内人の城島の手伝いをして貰う」
名前に覚えのない案内人だった。
「何処の案内人です?」
「沖縄のうるま市だ」
「えっ、また沖縄」
「文句を言うな。ミズール大真国だけに存在する神紋を授かる為に団体客が来ているのだ。その世話で城島の所は大変らしい」
ミズール大真国だけに存在する神紋というのには興味が湧いた。詳しく聞いてみると『数理の神紋』と『透視眼の神紋』というのがミズール大真国の魔術寺院には有るらしい。
『数理の神紋』というのは計算が早くなる神紋として受験生や数字を扱う職業の者に人気がある。もう一つの『透視眼の神紋』は読んで字の如くの神紋らしい。
神紋の説明を聞いた俺はニヤリと笑った。
「なるほど、人気の神紋か……なるほどね」
東條管理官がジト目で俺を見た。
「ミコト。絶対、お前は勘違いしているぞ」
「でも、『透視眼の神紋』でしょ。男のロマンじゃないですか」
東條管理官が溜息を吐き。
「『透視眼の神紋』というのは医療機器のMRIのように物の断面を見通す魔法が使えるようになるそうだぞ」
「えっ、MRI……」
俺はテレビドラマで見た医者が内蔵とかを撮影した画像を見ている場面を思い出した。……クッ、男のロマンじゃない。
俺はちょっと肩を落とし、手伝いの内容を聞いた。内容は依頼者の護衛が主な仕事らしい
「沖縄の転移門から直接現地に転移してくれ」
東條管理官から言われた言葉に不審を覚えた。
「それだと自分の武器を持ち込めませんけど、改造型飛行バギーで飛んだ方が良くないですか」
「竜の相手をしに行く訳じゃないんだぞ。普通の武器で十分だ」
そうかと納得した。この事はアカネに伝え趙悠館の事を頼んだ。
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