第266話 臭気爆弾


 話はオーウェン中佐たちが地獄トカゲと竜王ワームに遭遇した直後に戻る。

 竜王ワームに追い掛けられた地獄トカゲは二手に別れ、一方は上へと登る階段を見付けて駆け上がった。そして、最上階で俺たちと遭遇する。


 俺たちは資料室に戻り扉を閉めた。

「こいつは爪に毒を持つ魔物ではござらんか?」

 伊丹も地獄トカゲを知っていたようだ。


「ええ、素早い上に兇悪な毒を持つ魔物です。数が多いと厄介ですよ」

 扉に何かがぶつかる音がする。地獄トカゲが中に入ろうと体当たりをしているらしい。


 薫が耳を澄まし外の気配を探る。

「<缶爆マジックボム>を投げるのはどう?」

 巨大ゴキの群れを<缶爆マジックボム>で一掃した時の事を思い出した薫は提案した。


「どうかな。あの時は巨大ゴキが閉鎖された空間に居たから全滅させられたけど、今度は結構広い所に地獄トカゲが散らばっているからな」


「でも、試してみる価値は有るんじゃない?」

 薫が言うのももっともなので試してみる気になった。


 呼吸を合わせ、薫が扉を少し開けたタイミングで<缶爆マジックボム>を投げた。一投目の<缶爆マジックボム>は数匹の地獄トカゲを吹き飛ばした。


「もう一回」

 薫が再攻撃を指示し、扉を開け<缶爆マジックボム>を投げた。その時、扉から少し外に出た俺の手を飛び掛かった地獄トカゲが毒爪で引っ掻いた。


「あっ!」

 身体の中を悪寒が走り抜けた。身体から力が抜け床に膝を突く。

「ミコト殿!」


 外で爆発が起きたが、仕留めたのは地獄トカゲ一匹だけだった。<缶爆マジックボム>を覚えた地獄トカゲは素早く避けたのだ。見掛けと違い頭のいい魔物らしい。


「早く、<対毒治癒ポイズンキュア>を」

 薫が顔を青褪めさせ声を上げた。その声を聞きながら段々と息苦しくなるのを感じた。伊丹が素早く<対毒治癒ポイズンキュア>を掛けてくれた。


 その途端、呼吸が楽になる。

「心配させないでよ」

 薫が涙目になって心配してくれた。


 薫の膝枕で横になり、しばらくすると身体にも力が戻った。俺は起き上がり、伊丹に礼を言う。

「ありがとう。助かりました」

「地獄トカゲの毒は本当に強烈なようでござるな」


「本当だよ。死ぬかと思った」

 伊丹に<治癒キュア>も掛けて貰い手の傷も回復した。


 扉の向こうでは、多くの地獄トカゲが扉に向って体当たりを繰り返している。扉が壊れない保証は無かった。俺たちは作戦を再検討した。


「<閃光弾フラッシュボム>で目潰しはどうでござる?」

「いや、地獄トカゲは目よりも鼻が利くらしいから、あまり効果がないかもしれない」

「ねえ、毒には毒をと言うのはどう?」


 薫が言い出した。何を言っているのか一瞬分からなかったが、『魔力変現の神紋』を使って毒ガスを合成出来ないかと言っているのだ。


「強烈な毒だと扱いが面倒でござるぞ」

「そうね。間違って吸ったら大変か」

「そうだ、臭いはどうだ?」

 俺が提案した。


「臭い……ああ、スカンクの攻撃ね。いいんじゃない」

「確か、スカンクの臭いはブチルメルカブタンのはずよ」

 何故、薫が知っているのか聞くと、俺が考えた<閃光弾フラッシュボム>に刺激され、<臭気爆弾>というアイデアを研究したらしい。


 だが、それを使用するにはガスマスクみたいなものも開発しないと使用者もダメージを受けると気付き開発を中止したらしい。


「その<臭気爆弾>を使えるのでござるか?」

「実験する機会は無かったけど、理論的には完成してる」

 いきなり実戦というのも怖い気がしたが、臭いだけの爆弾だから試してもいいかという気になった。


「それじゃあ、試してみよう。今度は<魔力感知>で地獄トカゲの位置を確認してから扉を開けるから」

 一度犯した失敗は繰り返さないのが、生き残る秘訣である。


 薫の準備が整うと地獄トカゲの位置を確認してから、扉を少し開けた。その隙間から、薫が<臭気爆弾>を放り投げる。


 俺は急いで扉を閉めた。外で爆発する音。<缶爆マジックボム>に比べると控えめな音である。

 扉の外から地獄トカゲの盛大な悲鳴が聞こえた。

「成功したようよ」

「良かったでござる」


 ………………


「……何か臭わないか?」

 扉の方から脳天を刺激するような臭いが漂って来た。

「クッ、クサッ、クサッ……」

「うわーっ、目に染みる」

「こ、こりゃ、いかん」


 強烈な臭いが俺たちの居る資料室まで侵入し、三人の鼻と目を直撃した。吐き気が込み上げてくるような臭気に耐えるしか方法が無かった。外なら風を起こして吹き飛ばす事が出来るのだが、室内では無意味だ。


 五分ほど涙を流しながら耐えていると臭いが消えた。

「ああ……酷い目に遭った」


 俺が心の底から言うと薫と伊丹が同意した。魔系元素として作った臭気だから短時間で消失したが、本物なら一ヶ月ほどは臭いが残ったはずだ。スカンク恐るべしと思った。


 伊丹が深呼吸してから反省する。

「臭いを見縊みくびっておった」

「<臭気爆弾>は失敗ね。でも、外が静かになってる」

 先程まで扉に体当りしていた音が止んでいる。


 <魔力感知>で探ると魔物の気配はない。扉を開け、外を確かめると死んでいる地獄トカゲ以外の姿はなかった。下の階に逃げたらしい。


「最後に金庫室だけ調べてから戻ろうか」

 俺たちが造船所の隅にある部屋を金庫室だと思ったのは、銀行の金庫室のような扉が有ったからだ。


 問題はどうやって開けるかであるが、扉に付いている三つのダイヤルを弄っているとダイヤルがポロリと外れた。それと同時にガチャッと言う音がして鍵自体が壊れたようだ。

 気も遠くなるような長月が精密なロック機構を壊していたようだ。


 重そうな扉が開き中を見ると箱型の何かの製造装置が有った。近くに説明書みたいな冊子があり、読んでみると『逃翔水』を精製し、より上昇力のある『飛翔液』を製造する装置だと記載されていた。


「ここは軍の造船所だったのかもしれない。だから、軍事機密に関係する装置があるんだ」

 魔導飛行船での戦闘において、上昇力は武器になる。

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