第265話 遺跡調査2

「よくやった」

 オーウェン中佐の不機嫌そうな顔が元に戻った。目的である武器を手に入れたからだろう。しかも古代の装甲車らしきものも手に入れたのだ。中佐は今回の調査任務は成功だと確信した。


 アメリカはクラダダ要塞遺跡から戦略級の兵器や魔導技術が発見されるのを期待していた。装甲車とその搭載武器では戦略級とは言えないが、まずまずの結果である。


 問題はどうやって持ち帰るかである。外に出すには通路から壁の崩れた箇所を通せばなんとかなるだろう。


 だが、外は樹海である。道が舗装されていた古代魔導帝国時代なら簡単だったかもしれないが、樹海の中を動かない装甲車を曳いて移動するのは困難な作業となるだろう。


 アメリカは転移門の存在を知ってから、異世界における移動手段を研究していた。もちろん、自動車についても可能性を研究し、ガソリンエンジンは難しいと判断した。石油自体が発見されていないのだから無理である。


 そこで蒸気自動車が異世界で開発された。一応完成したが、異世界での普及は難しいと思われた。工業技術が低く大量生産は困難だと判断された。


 更に異世界の道路事情が蒸気自動車の普及を妨げるだろうと予想された。この異世界において舗装された道は少なく、ほとんどの道がでこぼこの荒れた道なのだ。


 蒸気自動車がスピードを上げると車内は酷く揺れ快適な旅行は無理だった。これでは道路整備から始めなくてはならず、異世界において何の権力もないリアルワールドの人間には不可能だった。


 長い年月を掛け少しずつ普及させるのは可能だろうが、アメリカ人が望むようなスピードで国内の基盤整備を行えるような国は一つもなかった。


 アメリカはある国に食い込み鉄道の建設を計画したらしいが、各国との協約で異世界の調査が完了するまでリアルワールドの技術を大々的に普及させないと決まったので計画は中止になった。


 因みにミコトたちが製作した魔導飛行バギーは、この世界に存在する技術を使ったものなので問題なしとされている。既に魔導飛行船が存在するのだから当然だった。


 異世界の貴族や商人たちが宙を飛ぶ魔導飛行バギーや浮遊馬車などを高額で求めるのは、一向に進まない道路整備に原因の一端が有った。そして、道路整備が進まないのは危険な魔物の存在が原因だった。


 古代魔導帝国時代の装甲車は四つ有るタイヤが全て完全な状態で残っていた。現在では知られていない物質で作られているようだ。


 後の調査で判明したが、タイヤの中身は空気ではなくゲル状の物質であった。そのゲル状物質の入った缶も倉庫で発見されている。


 オーウェン中佐はチームを二つに分けた。倉庫で見付けた装甲車をどうやって外に運び出すか検討する班と調査を続行する班である。


 中佐の部下三人とカルデロン兄弟が装甲車の運搬班となった。残りは次の倉庫に向う。ビョンイクたちは倉庫だと思い中に入るが、様子が違った。


 広い空間の床が陥没し、大きな穴が開いている。その穴は樹海に続いているようだった。何故、それが判ったかというと穴から樹海に棲息するスライムと鉄頭鼠が這い出て来たからだ。


 しばらく中を調査していると穴から魔物の鳴き声が聞こえて来た。

「何か近付いて来る。気を付けろ」


 オーウェン中佐の声が響いた直後、穴から地獄トカゲの群れが現れた。その数は一〇〇を越えていそうだ。地獄トカゲ一匹ならオーウェン中佐でも倒せる魔物だが、毒を持ち素早い動きが出来る魔物の群れと戦うのは危険だった。しかも薄暗い閉鎖空間では数に圧倒され全滅という可能性も有る。


「まずい、前の倉庫に戻るぞ」

 中佐は退避命令を出した。

 ビョンイクたちは命令に従い、装甲車が有った倉庫へ向かい走り出す。


 穴から出て来た地獄トカゲは様子がおかしかった。半狂乱となって騒ぎながら、ビョンイクたちの方へ向かって来る。明らかに怯えていた。


 何か大物の魔物から逃げて来たのかもしれない。ビョンイクは大穴が開いている空間から通路に出る時、振り返った。大穴から直径二メートルも有りそうな巨大な蛇のようなものが頭だけを覗かせていた。


「竜王ワームだ」

 ビョンイクの警告で仲間たちのスピードが上がった。竜王ワームはバジリスクやコカトリスに匹敵する化物である。そんな奴と狭い場所で鉢合わせすれば、勇者だって危ない。


 逃げる調査チームの後ろで通路の壁が削れる音がする。竜王ワームが通路に出て来たのだ。地獄トカゲを狙って竜王ワームが追って来る。


「貴様ら付いて来るな」

 バンヒョンが付いて来る地獄トカゲに怒声を上げた。地獄トカゲは、そんな怒声で怯むような魔物ではなく、かえってスピードを上げる。


 追い付かれそうだと感じた荒武者たちがスピードを上げ、オーウェン中佐たちを追い抜く。


 オーウェン中佐たちが元の倉庫に飛び込んだ。中ではカルデロン兄弟が装甲車を押して扉近くまで運んで来ていた。


「何だ、どうした?」

 慌てた様子で戻って来た中佐たちに驚き、セシリオが声を上げた。

「扉の穴を装甲車で塞ぐんだ」


 オーウェン中佐の指示が飛ぶ。チャールズとバンヒョンはカルデロン兄弟に手を貸し装甲車で扉の穴を塞ぐ。

 塞いだ途端、地獄トカゲの鳴き声と装甲車に体当りする音が聞こえた。


「外にいるのは何だ?」

 セシリオが尋ね、チャールズが応える。

「地獄トカゲだ」


「チッ、何かと思えばトカゲかよ。地獄トカゲぐらいなら、お前たちで倒せただろう」

 チャールズは首を振り。

「一〇〇匹以上は居た」

 その答えでセシリオも黙る。


 地獄トカゲの群れが走り去る気配がした。その直後、巨大なものが通路を通る振動と音が響く。

「竜王ワームだ」


 小さな声でチャールズが警告し声を出さないよう合図する。気配が遠のき音が聞こえなくなると全員がホッとした。


「冗談じゃねえ。外は崩風竜で、中は竜王ワームかよ」

 バンヒョンが愚痴る。崩風竜はミコトたちにより倒されていたのだが、調査チームは知らなかった。


 その後、調査チームは倉庫の中に一日立て籠もる事になった。竜王ワームが地獄トカゲを捕食してからも通路に居座ったからだ。


 地獄トカゲの半分は階段を発見して上へ行き、竜王ワームが捕食したのは二〇匹ほどだったが満足し食後の睡眠を始めた。

 ただ運の悪い事に竜王ワームが寝ている場所は調査チームが立て籠もった倉庫の近くであり、倉庫に閉じ込められる形になった。


 翌日、やっと竜王ワームが遺跡から出て行った。調査チームは苦労して装甲車を運び、遺跡の外に出た。荒武者たちは崩風竜の襲撃を警戒したが、崩風竜は現れない。


「あの日本人たち、きっちりと仕事をしたようだな」

 オーウェン中佐が肩の力を抜き呟いた。調査チームの誰もが気を抜いた瞬間、隠れていた地獄トカゲの群れが襲い掛かった。


 地獄トカゲに肉薄され混戦となる。数十匹の地獄トカゲは調査チームの一人一人を何匹かで取り囲み毒爪を使った。


 一匹二匹だったら対応出来た猛者たちも、同時に数匹の地獄トカゲに攻撃され鎧で防御していない箇所を毒爪で切り裂かれた。


 あっという間に魔導技術の専門家である中佐の部下が倒された。次にカルデロン兄弟の末弟が倒れ、それを助けようとした長兄のセシリオも毒爪の餌食となった。


 荒武者たちは死に物狂いで戦い。もう少しで地獄トカゲを片付けられると思われた時、毒爪でバンヒョンの腕が切り裂かれた。

 毒が体全体に廻るのは早かった。喉が腫れ息が出来なくなると戦う力を失ったバンヒョンが倒れた。


 結局生き残ったのはビョンイクとチャールズ、中佐、ヘルマンの四人だけとなった。この後、狼煙で合図した中佐たちは仲間の兵士たちに助けられ駐屯地に戻り、ベニングス少将に報告した。


 少将は不機嫌な顔で報告を聞き、『ご苦労だった』と一言告げて中佐を下がらせた。

「ミコトたちを調査チームに加えなかったのは、私の判断ミスだったか」

 独りになったベニングス少将が呟いた。


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