第264話 遺跡調査

 崩れた壁から遺跡の中に逃げ込んだビョンイクは、隣で荒い息をしているバンヒョンを睨む。

「何で逃げた?」


「ふん、逃げたのは俺だけじゃねえだろ。お前も一緒だ」

「五月蝿い。お前が逃げたから、何か有るんじゃないかと判断して付いて来たんだ」


 そこにスペインのカルデロン兄弟が現れた。

「おい、もっと奥へ行ってくれ。入口に突っ立っていられたんじゃ邪魔だ」


 壁が崩れ瓦礫が山となっている場所に立っていたビョンイクとバンヒョンは瓦礫の山を下りて通路のような場所に出た。そこにカルデロン兄弟も下りて来る。


「外はどうなったんだ?」

 バンヒョンがカルデロン兄弟に聞いた。

「判らねえ。だけど、アメリカの連中もこっちに逃げて来るのが見えたぞ。残っているのは日本人の連中だけじゃねえか」


 そう言っている間に、オーウェン中佐たちがやって来た。

「君らには失望したよ」

 オーウェン中佐が先に逃げた韓国人とスペイン人に告げた。


 セシリオが鼻で笑い言い返す。

「ふん、結局あんたたちも日本人に竜を押し付けたじゃねえか」

「当てにしていた戦力が真っ先に逃げたんだ。戦術的撤退は仕方あるまい。それに我々の目的は遺跡の調査にあるのだ」


 言い訳をしているが、ここに逃げ込んだ全員が崩風竜には勝てないと判断したのだ。

 その時、遺跡の外で物凄い爆発音がした。遺跡の入口にも爆風が届き埃を巻き上げる。それは崩風竜が圧縮した空気を地面に叩き付けた影響だった。


「ここも危ないぞ。奥へ行ってくれ」

 オーウェン中佐が命じ、通路の奥へと移動した。

 もし、ここで崩風竜とミコトたちの戦いを確認していれば、『竜の洗礼』を受けられたかもしれない。


 通路の奥は暗く、調査チームは照明魔道具を取り出すと明かりを点した。天井までの高さは約五メートル、この遺跡の高さが四〇メートルほどなので数階層に分かれているらしい。通路の壁は何か堅いもので削ったような傷が無数に付いていた。


「まずは、この階層の部屋を調査する」

 調査チームが入った階層は最下層で、倉庫らしき大きな部屋が幾つか存在した。オーウェン中佐は最初に見付けた倉庫の調査を命じた。


 最初に見付けた倉庫の扉は閉まっていたが、横に引くと軋む音をさせながら開いた。

「調査の時間は限られている。手分けして調査する」

 食料と飲料水は二日分しか持って来ていなかった。

 体育館ほどの広さがある倉庫には、無数の残骸が転がっていた。


 ほとんどは錆びたり風化した棚や籠の残骸だったが、中には何かの装置だった残骸もある。

「ん、これは」

 何かを発見したチャールズがオーウェン中佐を呼ぶ。


「どうした?」

「これなんですが、何かの制御盤に見えるのですが」

 多数のスイッチとツマミが取り付けてある装置が油紙のようなものに梱包され、ほぼ完全な形で残されていた。


 その制御盤の左上に古代魔導帝国エリュシスのエトワ語で何か書かれている。

「何と書かれているか分かりますか?」

 オーウェン中佐は眉間にシワを寄せながら解読する。


「自律判定……型……???分離装置」

 解読するのに苦労している。ここにミコトか薫がいれば簡単に読み取っただろう。作戦の総指揮官であるベニングス少将の人選ミスだった。


 その倉庫から次々に原形を留めた装置や本が見付かった。その本もエトワ語で書かれており解読には時間が掛かりそうだった。


 但し、この倉庫で発見された書籍は恋愛小説や文学的なものが多く、アメリカ軍が求めているような情報は得られなかった。


 二時間ほど調査してから、次の倉庫に移動する為に通路に出た。オーウェン中佐たちは次の倉庫に移動した。二つ目の倉庫の扉には人が通れるほどの大きな穴が開いていた。その穴から中に入るとひんやりした空気を感じた。


 照明魔道具を掲げて見回すと倉庫の床にひび割れがあり、そのひび割れから水が滲み出ていた。


 チャールズは何か音がしたのに気付き耳を澄ます。ズズッズズッという不気味な音がしている。

「中佐、何か居ます。気を付けて」


 チャールズが声を上げた瞬間、暗闇から巨大な蛇が飛び掛かって来た。長さが一〇メートルを越す『独角長虫』と呼ばれる大蛇である。


「ぐあああーーー!」

 オーウェン中佐の部下が巻き付かれ絞め殺されそうになっている。

 ビョンイクが抓裂竜の爪で作られたグレイブで大蛇を斬り付けた。咄嗟の事で踏み込みが足りず大蛇の胴を一〇センチほど切り裂いただけだった。それでもダメージを受けた大蛇は鎌首をもたげ、ビョンイクに噛み付こうとした。


 危険を察知したビョンイクが飛び退き、横からバンヒョンの槍が伸び大蛇の頭を貫いた。頭を串刺しにされた状態で独角長虫は暴れ始めた。オーウェン中佐の部下は巻き付き攻撃からは開放されたが、尻尾で弾き飛ばされ地面を転がり痙攣を起こす。


 痙攣している部下に医療知識のある兵士が駆け寄り治癒系魔法薬を飲ませたが、肺に肋骨が突き刺さっている状態では無理だった。

 独角長虫はビョンイクとバンヒョンに切り刻まれながらも首を切り落とされるまで暴れ続けた。


 心臓の動きが止まってもピクピクと動く大蛇を見詰めていた数人の男達が倉庫の奥の方から魔物の気配を感じた。


「気を付けろ。油断するな」

 オーウェン中佐の警告で全員が四方に視線を向ける。照明魔道具の光を強くした。倉庫の隅に十数匹の独角長虫がとぐろを巻いていた。


 ゾッとしたチャールズが『水神武帝の神紋』の基本魔法である<水刃乱舞>を大蛇目掛けて放つ。魔粒子により強化された水刃三つが舞うように飛び一匹の大蛇の首を刈り取った。

 その一撃で静観していた大蛇たちが動き出す。


 韓国人二人の戦いを見守っていたスペイン人の荒武者リベルトが我慢出来なくなったように叫び声を上げる。

「ヘビィーーー!」


 そして、同時に<雷槍サンダースピア>を放つ。

 世の中には生理的に蛇を受け付けない人間が多い。カルデロン兄弟の末弟もその一人であり、大きな蛇が鎌首をもたげ滑るように近付いて来ると<雷槍サンダースピア>を乱射し槍を振り回し始めた。


 一種の錯乱状態になって暴れ回るリベルトは調査チームにとっても危険な存在となり始める。

「止めろ、リベルト。魔法は狙って放て」


 兄のセシリオが制止するが、止まるような状態ではなかった。弟に触発され戦闘狂の次男ヘルマンも笑いながら戦い始めた。


 オーウェン中佐は部下たちに退避を命じた。倉庫に残ったのは荒武者たちだけ。それからは独角長虫と荒武者たちによる死闘となった。


 槍の形をした雷撃がバチバチ言わせながら宙を飛び、抓裂竜の爪や牙で作られた武器が空気を引き裂く。独角長虫も尻尾で荒武者を薙ぎ払い、強靭で長い胴で絞め殺そうとした。


 独角長虫はルーク級中位の魔物で荒武者の実力からすると問題なく倒せる相手だった。但し、冷静になって戦えばである。


「死ね、死ね、死ね」

「ウオーーッ、楽しいぜ」

 スペイン人二人が狂ったように暴れ回り、独角長虫は全て倒された。


 後半はスペイン人二人から距離を置いて戦っていた韓国人二人とチャールズはジト目でヘルマンとリベルトを見て溜息を吐いた。


「お前ら正気か。何だよ、あの戦い方は……。流れ弾が俺たちの方にも飛んで来たぞ」

 バンヒョンが鋭い口調でヘルマンとリベルトを非難した。


「すまん、俺は蛇が駄目なんだ。ちょっと混乱した」

「何がちょっとだ!」

「バンヒョン、止めろ。それよりお前ら魔力は大丈夫なのか?」


 見境なく攻撃魔法を放っていた二人にビョンイクが尋ねた。ヘルマンとリベルトが顔色を変える。魔力のほとんどを使ってしまったのだろう。


 独角長虫に巻き付かれた中佐の部下は息絶えた。中佐は入口の脇に死体を運ばせた。可能ならば死体を持ち帰りたいが、すぐには無理かもしれない。


 オーウェン中佐は倉庫の調査を命じた。この倉庫からの収穫物は、魔導技術で動く装甲車らしきもの一台とその上部に搭載されていた武器だった。


 但し、完全な状態で発見された訳ではなく、錆や部品の劣化で起動しない状態だった。武器に関しては何かの魔物の革で作られたカバーで梱包されており、保存状態がよく整備すれば動く可能性が高かった。


 その武器だが、後の調査で超高温プラズマを球状に封印したものを生成し発射する武器だと判った。薫が開発した<崩岩弾>と似ており威力も同程度は有るようだ。

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