第259話 ジェルズ神国の刺客
「サラ、迷宮都市でたくさんの事を学んだのだな」
「はい、いっぱい勉強して、いろいろ見ました」
「そうか、何が面白かった?」
「ん───、ルキちゃんと狩りに行った事とか。そうだ、ミリアお姉ちゃんの魔法です。あれはステキでした」
サラティア王女があれと言ったのは、この前ミリアが薫に教えて貰った幻獣召喚である。初めてミリアの幻獣召喚を見た時から、王女は夢中になった。何もない空間に現れる幻獣は神秘的で美しいと感じたのだ。
「ミリアというのは誰なのだ?」
国王が尋ねるとダルバルがミリアを呼ぶ。食堂の隅に居たミリアが立ち上がって緊張しながら国王の前に進み出た。
「お会い出来て光栄でしゅ、陛下。私がミリアでしゅ」
ダルバルがミスカル公国との戦いで功績のあるハンターだと紹介した。
「ほう、サラが賞賛する魔法とはどんなものなのだ?」
「幻獣召喚の魔法でございましゅ。王女様は気に入っておられるようでしゅ」
サラティア王女がミリアの傍に来て、その手を握った。
「ねえ、ミリアお姉ちゃん。あれをもう一度見せて」
王女が頼んでいるのが何か判ったミリアは、ダルバルの顔を見た。
「ディンから聞いている。小さな蝶の幻獣召喚だそうだな。攻撃力はまったくないものだそうだが、何故そんなものを覚えたのだ」
「カオル様が見て楽しい幻獣召喚も覚えた方がいいと仰ったからでしゅ」
それを聞いた国王が興味を持った。
「見て楽しいか……見てみたいものだの」
国王の一言でミリアが幻獣召喚を披露する事になった。
ミリアは落ち着くように深呼吸をしてから、魔法を発動させた。その名は<
ミリアの目の高さにソフトボールほどの光の玉が現れ虹色に輝き始めた。そして、光の玉から光沢のある青色をした蝶たちが飛び出して来た。数十匹の青い蝶の後、金色の蝶が飛び出し食堂の天井付近を優雅に舞い始める。
国王や侍従、護衛たちから驚きの声が上がる。
青い蝶の群れが金色蝶を中心に集まり、空中に青い玉作り上げた次の瞬間、ばらばらになって食堂全体に広がり舞う。
金色蝶が女王で、その他の青い蝶が護衛のように見えた。その姿は幻想的で見ている者をうっとりさせる魅力が有った。
ほとんどの人々が幻想的な蝶の舞に見惚れている時、一人だけ怖い顔をしている者が居た。国王の料理人として付いて来た男で、宮廷料理人モルサバの助手として働いているキュリルである。
キュリルは国王が使うティーセットなどが入った籠を持ち運んでいた。籠をソッとテーブルに置いたキュリルは、その中から片刃のナイフを取り出した。袖の中にナイフを隠したキュリルがゆっくりと国王に近付く。
蝶が舞い終え、光の玉の中に帰った瞬間、キュリルが国王を目指し体当たりを敢行した。
その手にはナイフが握られており、刃先が国王の脇腹に向いていた。護衛の一人が気付き国王を守ろうと動き始めるも遅すぎた。
国王がナイフに気付き目を見開く。その顔には驚きが浮かんでいる。
もう少しでナイフが国王に届こうとした時、キュリルの横に太い腕が現れ、その首を刈り取った。腕を中心にキュリルの身体が一回転して床にベシャリと落下し、奇妙な声が漏れる。
「ゲハッ」
伊丹が放ったプロレス技のラリアットがキュリルの行動を制したのである。
床に倒れたキュリルの背中を伊丹が片足で踏み付け動けなくする。食堂中に怒号と悲鳴が湧き起こった。
「奴を捕らえろ!」
鬼のような顔になった護衛隊長が、伊丹が抑えているキュリルを目掛けて飛び掛かった。
伊丹は護衛隊長のジャンピング・ボディ・プレスに巻き込まれそうになり、慌てて飛び退く。隊長に続けとばかりに部下の護衛たちが宙に身を躍らせ激しい勢いでキュリルと隊長の上に落下する。瞬く間に人間の山が出来上がった。
まるで泥棒を主人公にしたアニメのような光景が出現したのを見て、伊丹は溜息を吐いた。
「そこまでせずとも、拙者が抑えていたのに」
苦しかったのだろう隊長が『早くどけ』と悲鳴のような声を上げた。隊長は半端白目を剥いているキュリルを捕らえロープでぐるぐる巻きにする。他の護衛は国王の周りに集まり、周りを射殺すような視線で睨み付けていた。
キュリルの上司であった宮廷料理人のモルサバは顔を真っ白にして呆然と立ち尽くしている。
「何て事だ。キュリルの奴が刺客だったなんて……奴を助手に選んだのは俺だったんだぞ。責任問題になる」
ぶつぶつと呟くモルサバは、当分の間料理人として使い物にならなくなっていた。
少し騒ぎが落ち着いた頃、国王が伊丹に歩み寄り、伊丹の手を握った。
「そなたは、余の命の恩人である」
国王は伊丹に深く感謝した。
護衛たちも伊丹に感謝した。もし国王に何か有れば、護衛たちもただでは済まなかったからだ。
その後、キュリルの背後関係が厳しく調査され、魔導先進国の一つであるジェルズ神国が関係している事が突き止められた。
但し、ジェルズ神国の人間が関わっていると判明しただけで政府関係者かどうかまでは判らず、公式な抗議は出されなかった。
ジェルズ神国は小型魔導飛行船の製造を得意としている国で、魔導飛行船レースでは本命だと思われている国でもあった。
後日、その事実を知ったミコトたちは苦々しい表情を浮かべた。ジェルズ神国は韓国の転移門から繋がっている国で、あまり情報が入って来ないのだ。
JTGでは世界各国の同じような組織と連携し広く情報を集めるようにしているが、協力的な国ばかりではなく、韓国も魔導先進国であるジェルズ神国の情報は秘匿しているらしい。
国王暗殺未遂が起こった翌日、日本から戻った俺が趙悠館の食堂に入ると伊丹とアカネが疲れた顔をして椅子に座っていた。
アカネが俺を見付けると。
「あっ、お帰りなさい」
「どうかしたんですか、疲れた顔をして?」
「どうしたもこうしたも」
アカネが昨夜の出来事を話してくれた。
「それは大変でしたね」
伊丹が俺の方へ視線を向ける。
「ミコト殿が帰ったら、太守館へ来るよう伝えてくれとダルバル殿が申しておったぞ」
趙悠館で昼食を食べた後、国王と謁見した。魔導飛行船レースの件を聞き、レース用の魔導飛行船が製造可能か訊かれた。
「出場するだけの魔導飛行船で良ければ製造可能だと思います」
「そうか。その言葉からすると勝敗は期待しない方が良さそうだの」
「開発期間が短すぎますので……それより魔導先進国が王国をレースに参加させたがるのは何故でしょう?」
「我が国と魔導先進諸国との技術格差がどれほど有るかを周辺諸国に見せ付けると同時に、我が国の技術を探り出すつもりなのだろう」
国王が苦々しい顔で言った。
魔導先進国は魔導飛行バギーの改良が進んでいるのを察知し、その最新技術を盗もうと考えているらしい。
魔導飛行バギーの基幹技術は、『逃翔水』に有るのだが、その技術は製品を分解しても製造技術を盗めるものではない。
だが、魔導飛行バギーには一部だけだがリアルワールドから持ち込んだ技術が使われていた。ワッシャーや軸受、サスペンションなどのリアルワールドでは常識になっている技術である。
こちらの世界では、それらの技術は全く新しいもので、魔導先進国の技術者は衝撃を受けたようなのだ。
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