第258話 国王来訪の理由

 食事が終わり、元の部屋のソファーで寛ぐ国王にダルバルが尋ねた。

「陛下、この時期に迷宮都市を来訪された目的を聞いてもよろしいでしょうか?」


「工場の視察だと伝えたはずだが」

 オディーヌ王妃が優しい顔になり、国王を庇うように口を挟む。


「先の戦争が残した爪痕を処理する為、陛下は休まず働かれていたのでしょう。少し公務を休まれ休養を取られた方が良いのです」

 国王が嬉しそうに笑い頷いた。


「そうだな、休養も必要だ。だが、本当に今回は工場の視察が目的なのだ」

 ダルバルが納得していないという顔をする。


「……分かった。正直に言おう。魔導飛行バギーの開発者であるミコトとカリス親方に相談せねばならない事案が発生したのだ」


 ダルバルは製造の全権を任されているカリス親方だけではなく、ミコトにも相談が有るという事案に興味を持った。身を乗り出して話を聞く。


「その事案というのが何か、話を伺ってもよろしいですか?」

「うむ、同盟国のカザイル王国から三年に一度行われる魔導飛行船レースへの招待状が届いた。マウセリア王国を代表して参加するよう説得された」


 ダルバルは魔導飛行船レースを知っていたが、あれは自国で製造した魔導飛行船に乗り、同盟諸国の南端から南の島までを往復するレースだったはず。


「しかし、あのレースでは自国で製造した魔導飛行船だけしか参加出来なかったのではありませんか?」


 国王は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「カザイル王国の使者が食えない奴でな。モルガートとオラツェルをあおって参加すると言わせてしまったのだ」


 ダルバルは罵声が喉元まで飛び出して来たが自制した。

「迷宮都市で製造しているのは、魔導飛行バギーです。海上を何日も飛行するレースには使えません」


「分っておる。だが、一度王家の者が承知したのだ。理由もなしに断る事は出来ん」

 ディンは国王とダルバルの話を聞いて話の概要は理解した。


「そうすると、ミコトたちが海上を何日も飛行する魔導飛行船を製造可能か確かめに来られたのですね」


「それだけではないぞ。お前たちにも会いたかったから、余自ら来たのだ」

 魔導飛行船レースは半年後に行われるらしい。半年という短い期間に魔導飛行船が製造可能かを確かめたいらしい。


「では、明日にもカリス親方を呼び尋ねましょう」

 ダルバルが言うと国王が首を傾げる。

「ミコトは呼ばぬのか?」


 王妃が微笑み。

「ミコトは樹海に狩りに出ております。明後日頃にならねば帰りません。それまでゆっくりなさって下さい」

「ああ、あやつはハンターでもあったのだな」


「そうでございます。この前などはワイバーン十数匹を狩り、意気揚々と戻って来たようです」

 ダルバルが相槌を打ち、呆れたように国王に伝えた。

「それは凄い」

 国王は軍にワイバーンを狩れる者が何人居るか数えると心許なく感じた


 翌日、太守館にカリス親方を呼んだ。国王の前に出るカリス親方は緊張しているのか顔を青褪めさせている。


 ダルバルが国王に代わり魔導飛行船レースの件を説明し、レースに使える魔導飛行船が半年で製造可能か尋ねた。


 カリス親方はどういう船が必要なのかを聞き、一時目を瞑り考え込んだ。そして眼を開ける。


「ミコトと相談せねば確かな回答は出来ませんが、少人数の乗員を運ぶ小さな魔導飛行船なら製造可能だと思われます。ですが、レースに勝てるかどうかは分かりません」


「レースの勝ち負けは良いのだ。我が国にとっては初めてのレースである。無事に戻って来れるだけで良い」


 カリス親方はミコトが手に入れたミスカル公国の魔導飛行船を研究し、構造は理解していた。ただレース用となれば小型で高速な魔導飛行船となる。


 どうすれば高速を出せるのかが問題だった。レースには規定があり、使える魔光石の量が制限されているのだ。魔光石を大量に掻き集め、大出力の推進装置を装着して速度を出すという方法は取れない。

 ミコトが魔導飛行バギーを改造した点にヒントが有るのではとカリス親方は漠然と思った。


 その後、国王陛下を案内し工房や工場を見て回り、現在の生産状況を説明した。工場での生産台数は月産五台になり、一部防風板を取り付けた型も製造を開始していた。


 ハンターたちが頑張り迷宮から鬼王樹の樹液を持ち帰る事に成功していたのだ。国王は防風板が付けられた魔導飛行バギーを見て、利点と欠点をすぐに理解した。


 視察が終わり、国王は王妃たちが滞在する趙悠館を見に行こうと言い出した。王妃たちの迷宮都市での暮らしぶりを確かめてみたかったのだ。


 ダルバルは渋ったが、国王の要望では仕方ない。国王の他に侍従や護衛も引き連れて趙悠館へ向かった。


 趙悠館に到着すると庭で伊丹が魚の干物を焼いていた。この国での名前は知らないが、伊丹たちがホッケと呼んでいる魚である。


 焼いている伊丹の周りには猫人族の子どもたちが四、五人集まっている。よく見るとサラティア王女も眼をキラキラさせて見守っている。


 伊丹は開いて一夜干しにしたホッケを炭火で焼いていた。金網の上に載せたホッケの身から脂が滴り落ち、魚を焼く独特の匂いが周りに広がる。


 伊丹が国王一行に気付き挨拶をすると子供たちもそれに習って挨拶した。それを見た国王はニコリと笑う。


「余に構わなくとも良いぞ。料理を続けてくれ」

「御意」

 伊丹は焼き上がったホッケを皿に載せ、一口味見する。


「うむ、いい焼き加減でござる。さあ、皆も焼いていいぞ」

 子供たちが箱に入っているホッケの開きを金網に載せていく。この一夜干しはリカヤたちが大量に釣ったものを子供たちに手伝わせて作ったものである。


 サラティア王女とルキも箱の中からホッケの開きを取り出し金網の上に置く。少しの間、王女が魚を焼いている姿を国王は見守っていたが、ダルバルが食堂の方へと促したので歩き出す。


 食堂では王妃が国王を待っていた。国王は王妃の隣に座る。

「驚いたぞ。サラが子供たちと一緒に料理をしておった」

 王妃が微笑みを浮かべた。


「ああいう事が楽しいみたいなのです。王都では得られない体験なのでしょう」

「そうかもしれんのう」

 サラティア王女が焼き上がったホッケを皿に載せ国王の前に置いた。


「サラが焼いたものだな」

「はい」

 王女はキラキラした目で国王を見た。国王はナイフとフォークを持ち一口大に切ったものを口に運ぶ。


 本来、国王が口に入れるものは特別な場合を除いて検査しなければならず、こういう場合は護衛の者が止めるべきものなのだが、この状況では誰も止められなかった。


「うむ、美味いぞ。一緒に食べようか」

「はい」

 王女は嬉しそうに返事をした。王女にとって忘れられない日になりそうである。


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