第257話 国王の食事

 部屋に戻った王妃と王女は、大急ぎで身支度して太守館へ向かった。太守館では王子らしい服装に着替えたディンが待っていた。

「ディン、お迎えする用意は整っているの?」


 ディンは大きく頷く。

「大丈夫です。来客用の部屋を掃除し、シーツも変えました。それに御風呂の用意もしてあります」

 太守館には元々風呂が有ったのだが、趙悠館の大きな風呂を見たダルバルが同じような風呂を太守館に作るように命じていた。


 サラティア王女が口を挟んだ。

「ディン兄様、夕食は用意したの?」

「いや、陛下の召し上がるものは宮廷料理人が作る決まりになっているから、用意はしてないよ」


「えーっ、アカネが作る料理がいいです。今日はハムステーキだって言ってましたよ。それにデザートは葡萄ゼリーだって」


 趙悠館で出すハムステーキは、灼炎竜の肉をハムに加工したものを使っているので、普通のハムとは比べ物にならない美味しい料理となる。その味を知っている王妃とディンは、拒否するのを躊躇った。


 ダルバルが溜息を吐き諭す。

「サラ、ハムステーキは太守館の料理人に作らせるから、それで我慢するのだ」

 竜肉ハムはミコトから少し貰ってあり、それを料理するとダルバルが譲歩した。


 王女は口を尖らせながらも、

「分かりました。我慢します」

 王妃が呆れたような表情でダルバルを見た。

「サラにだけは甘いのだから」

 ダルバルが照れたように笑って誤魔化した。


 王妃がふと考え込み、

「陛下の料理人にハムを幾らか分けてあげて、陛下にも召し上がって貰えないかしら」


 宮廷料理人が使う食材は、事前に検査官が調査している。いきなり、これを使ってと言う訳にはいかないのだ。

「言ってはみるが、難しいと思うぞ」

 ダルバルの言葉に王妃が諦めたように頷いた。


 夕方、予定通り魔導飛行船が太守館の人工池に着水した。船から降りて来た陛下を迎えた王妃やディンたちは、旅の疲れを癒やして貰おうと御風呂はどうかと提案した。


「太守館の風呂を改修したと言う報告は受けておる。試してみるか」

 国王ウラガル二世は、ちょっと疲れた顔で家族の提案を受けた。侍従たちが着替えを用意をしている間に、国王は風呂場へ向かう。


 護衛の何人かが、先に行って安全を確認し警護を始めた。国王は広々とした浴室と大きな浴槽を見て感心したように声を上げた。


「中々大きな風呂であるな。これなら寛げそうだ」

「十分に疲れを癒やして下さい」

 国王が服を脱ぎ、湯船の方へと向かうと、ディンは上衣を脱ぎ、袖捲りするとお湯の温度を確認した。


「丁度いい湯加減です」

 侍従が着替えを持って現れ、ディンと交代した。後は侍従たちに任せればいいだろう。風呂から上がったウラガル二世は、さっぱりした顔になっていた。


「こういう時の風呂は良いものだな」

 普段は宴会場として使っている部屋に、高級なソファーを幾つか並べ王家の家族とダルバルが座って一時の団欒を過ごす。国王はサラティア王女を隣に座らせ、迷宮都市で何をしているのか聞き出していた。


「ほう、ミコトから読み書きと計算を習い、伊丹からは武芸を習っておるのか」

 本来なら王都のマルケス学院に入学し、そこで勉強を始めている年頃なのだが、マルケス学院は戦争の影響で半ば閉鎖状態になっていた。再開されるのは数ヶ月先になる予定である。


「今度は魔法を習うの」

「ほう、凄いな。でも神紋はどうするのだ?」

「伊丹師匠とディンお兄様とルキちゃんと一緒に、雑木林や樹海に狩りに行きました。それから魔導寺院に行って初めての神紋を手に入れたのです」


 国王は初めての神紋というのが『魔力袋の神紋』だと判った。その後、ロガント廃坑に行って白狒々を狩り、魔粒子を浴びて気分が悪くなったと聞くと国王が眉をひそめた。


 それに気付いた王妃が国王を宥める。

「伊丹殿とミコトがついていれば心配ございません、陛下。その時も一太刀で白狒々を仕留めたそうです」


 国王一家が寛いでいる間、厨房では宮廷料理人が腕を振るっていた。竜肉ハムは検査官に止められた。検査には時間が掛かると言われたのだ。


 宮廷料理人の筆頭はモルサバという男で、太守館で料理人をしているジュンギの兄弟子にあたる料理人だった。


 モルサバは料理をしながら、弟弟子のジュンギに話し掛ける。

「ジュンギ、こんな辺境に来て料理の腕が落ちたんじゃないのか」

 ジュンギは苦笑してから答える。


「最初の頃は、そうかもしれません。ですが、今は随分を腕を上げたと自負しています」

「ほう、何か刺激になるようなものが有ったのか?」


「ええ、趙悠館に凄い料理を作る人が居るんです」

「趙悠館? ああ、オディーヌ王妃様が滞在していらっしゃる場所だな。どう凄いんだ?」


「今までにない料理方法や食材で新しい味を生み出しているんです」

「新しい味だと……辺境特有のゲテモノ料理じゃないのか」


 ジュンギは深海魚の肉がメインの鍋料理を思い出した。グロテスクな魚で食べられるのかと不安になったが、食べてみると凄く美味しかった。


 アカネは『あんこう鍋』と呼んでいたが、あれはゲテモノ料理の範疇に入るかもしれない。

「まあ、そういうものもあるが、美味かったんですよ」


 モルサバは馬鹿にするように鼻を鳴らし料理を進める。ジュンギが竜肉ハムの料理を始めると問い質す。

「その料理は何だ?」


「これはサラティア王女様が特別に食べたいと仰られた料理です。ダルバル様から命ぜられました」

 モルサバはムッとした顔になる。

「まったく……せっかく国一番の料理を作っているのに」


 国王の侍従が食事の用意が整ったと知らせに来た。隣の部屋に移動すると、テーブルの上に豪華な料理が並んでいた。


 マウセリア王国の伝統料理が多く、悪食鶏の丸焼きと荊棘けいきょく水牛のローストビーフをメインとした美味しそうな料理である。


 侍女たちの手で肉料理が切り分けられ皿に盛られたものが、国王家族の前に運ばれた。ただ、サラティア王女の前には太守館の料理人が作った竜肉ハムのステーキが運ばれて来た。


 王妃は久しぶりに食べた伝統料理に懐かしさと不満を感じた。どうやら趙悠館で出される料理に舌が慣れてしまったようだ。


 国王は見慣れた料理を食べながら、王妃が不満そうな顔を一瞬見せたのに気付いた。

「オディーヌよ。料理がどうかしたのか?」


「いえ、迷宮都市の料理に舌が慣れてしまっただけでございます」

「そうか……その方たちは趙悠館に滞在しておるのだったな。そこで出される料理はどうなのだ?」

 王妃が答える前に、サラティア王女が口を挟む。


「アカネが作る料理は凄く美味しいです。このハムステーキもアカネが考えたソースを使っているから美味しいです」


 国王は王女にだけ違う肉料理が出されているので不審に思っていたが、王女の特別注文らしいと気付き好奇心を起こした。


「余にも用意できぬのか?」

 部屋の隅で待機していた料理人が事情を説明した。

「小さなサラが平気で食べておるのだ。問題なかろう」


 急遽、国王の為にハムステーキが用意される事になった。料理したのは太守館の料理人ジュンギである。

「何の肉を使ったハムかは知らんが、態々陛下に出すようなものなのか」

 モルサバは苦々しげに料理する弟弟子の姿を睨む。


 出来上がったハムステーキを口にした国王が目を見開いて驚いた。

「う、美味い、これは竜肉のハム……灼炎竜の肉が残っていたのか」

 国王の言葉を聞いたモルサバは悔しそうな表情をする。そんな貴重な食材なら宮廷料理人の自分が料理を任されるべきだと思ったのだ。


「あらっ、陛下はご存じないのですか。竜肉のほとんどはハムや燻製肉、干し肉に加工されたのですよ」

「そうなのか。これは灼炎竜の肉をハムに加工したものなのだな」


「そうです。アカネによると熟成が足りないそうですが、十分美味しいと思います」

 国王は頷きながら笑顔で食事を進めた。


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