第256話 神威光翼の神紋

 ベニングス少将との交渉が終わり、米軍基地を出た俺は、少しだけ時間が有ったので那覇の街をぶらぶらしてから飛行機で戻った。


 沖縄から戻った翌日、薫に会いに行く。薫の学校から戻る途中にあるチーズケーキが美味いと評判の店でチーズケーキを買い、マナ研開発の研究所へ行った。


 研究所では薫が出迎えた。薫は一度帰って着替えて来たらしく制服ではなかった。ストライプのガウチョに白いシャツ、上にはベージュ色のハーフコートを羽織っている。


 薫の後ろには大柄で鍛え上げた肉体を持つ黒いスーツの女性が付いている。見覚えのない女性だ。

「あれっ、そちらの方は?」


「お父さんが心配してボディガードを雇ったのよ」

 リアルワールドで実現可能な魔法の存在を公表した後、マナ研開発の社長である薫の父親の周りに不審な人物が出没するようになった。


 マナ研開発の存在はJTGの一部と政治家しか知らない情報なのだが、その政治家の中にマナ研開発を調査するよう命じた者が居るようだ。


 薫の研究室に行き、持って来たチーズケーキとコーヒーを飲みながら話を始めた。

「各国の竜殺しに会ったんでしょ。どうだった?」

「全員が第三階梯の神紋を授かっているようだった。さすがに竜を殺したと宣言するだけの実力は有るようだ」


 問題は『竜の洗礼』を受けているかどうかだが、戦っている様子を直接見たチャールズだけに関して言えば、彼は『竜の洗礼』を受けていないようだ。


 応用魔法を使う時、呪文を唱えていたので気付いた。『竜の洗礼』を受けていれば呪文詠唱なしで応用魔法を使えるようになったはずだ。


「その人たちだけで崩風竜を倒せそうなの?」

「崩風竜の実力も、荒武者たちの実力も分からないんだ。判断つかない……それはアメリカ軍の連中も同じじゃないかな。だから俺たちにも手伝えと言って来たんだ」


「なるほどね。崩風竜は灼炎竜より強いのかな」

「飛竜タイプだと言っていたから、戦い難い相手かもしれない」


「そうね……空から攻撃されたら怖いか。<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>で攻撃を当てられそう?」

「命中させるのは難しそうだ。あれは威力が有るんだけど、速度はそれほどじゃないから」

 地上を移動する魔物なら命中させる自信は有るが、空を飛ぶ魔物に命中させるほどの発射速度はなかった。


 俺は気になっていた薫の神紋について訊いた。

「どう、『神威光翼かむいこうよくの神紋』の研究は進んだ?」

「基本魔法が判ったの。名付けて<光翼砲フレアビーム>よ」

「それって、どんな魔法?」


「敵の真上から、熱線ビームみたいなものを照射してダメージを与える攻撃魔法よ」

「……それは凄いな」

「『神威光翼かむいこうよくの神紋』は太陽の光を利用する神紋らしいの。魔力で光翼と呼ばれる受光器を作り、そこに集めた光を収束して敵を攻撃する神紋術式が組まれているのが判ったの」


 この魔法の弱点は、太陽が利用出来る時しか発動しない点である。曇りだと威力がガタ落ちし、もちろん夜は発動しない。だが、晴れた日の威力は凄まじく竜であろうと一撃で黒焦げにする。


「だけど、晴れた日だけしか使えないと言うのは不便だ」

「もちろん、その点を改善した応用魔法を開発したわ」

 薫が胸を張る。


「どういう風に?」

「まずは、光翼を展開する高さを変えたの。元々は高度二〇〇〇メートルほどに展開されていたのを、高度一五〇〇〇メートルに」


「それって成層圏じゃないか」

「だから、太陽光を遮る雲は存在しないのよ。お陰で光翼の大きさは三分の一にするしかなかったけど」


「威力は三分一か……いや、下に雲が有れば減衰するだろうから、それ以下になる?」

「そのままなら、そうだけど。光の収束率を倍にしたから、威力は十分なはずよ」


 俺は気になった点を尋ねる。

「照準はどうするんだ?」

「晴れていれば、光翼に付随する眼と感覚接続して上空から視認した敵を攻撃するけど、曇りや雨の日は神紋杖から指向性の有る魔力波を敵に向けて放射し、その反射波を光翼が感知して発射する仕組みよ」


 俺はげんなりした。

「剣と魔法の世界なのに、物凄いハイテク兵器だな」

「<光翼砲>を改良していたらこうなったの。今は光翼の眼を使って地図が作れないか試行錯誤中よ」


「げっ、人工衛星もどきか……政府や外国に知られたら怖いな。それで肝心の崩風竜を狙えるのか」

「発射するのは光線だから、照準さえロック出来れば命中させる自信は有る」

「そうか」


 マナ研開発についても話した。日本政府経由でマナ研開発と共同研究したいという申し出が殺到しているようだ。但し、軍事関係は日本政府が断っているらしい。


 リアルワールドにおける魔法の軍事利用は、日本の国是として受け入れられないと突っぱねているという。


 各国政府は存在が明らかになった魔粒子について研究を進め、自分たちの手で日本が開発した魔法を再現しようと頑張っているようだ。


 マナ研開発が販売する予定の医療器具については、異例の早さで審査が進み。医療器具の製造・販売に必要な届出・認証・承認が可能な限り素早く対応されているらしい。

 製造工場の建設に必要な土地買収も終わり、今のところマナ研開発の事業は順調なようだ。


 俺たちは他愛もない話を始めた。薫から聞く学校の話や最近の芸能情報などは新鮮だった。向こうの世界だと殺伐とした出来事が多いので、何だかホッとする。

 最後にクラダダ要塞遺跡の調査について打ち合わせをしてから研究所を出た。


 二日後、俺は迷宮都市に戻った。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 ミコトが戻る直前の趙悠館では、問題が一つ起きていた。

 オディーヌ王妃とサラティア王女が昼食を終え、ハーブティを飲みながら語らっていた時、王妃の父親であるダルバルが趙悠館に駆け込んで来た。


 その姿が目に入った王妃が驚きの声を上げる。

「どうなさったのです?」

 ダルバルは王妃の前に来ると困ったような顔で伝えた。


「国王陛下が迷宮都市にいらっしゃるのだ」

「まあ」

「やったー、お父様に会える」

 王妃は驚きの声を上げ、王女は嬉しそうな声を上げ、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


 王妃は喜ぶ娘の顔を見ながら、ダルバルに尋ねる。

「どうして、陛下がここへ?」

「理由は迷宮都市の魔導飛行バギー製造工場を視察する為に来られるそうだ」


 オディーヌ王妃は、その理由に納得いかなかった。戦争が終わったばかりの今は、残務処理で視察など行う暇がないほど忙しいはずなのだ。


 王妃は本当の理由が脳裏に浮かんだ。モルガート王子とオラツェル王子の争いが激しくなり、王都での生活を息苦しく感じ始め息抜きをしたくなったのだろう。王妃たちも迷宮都市に滞在している理由が同じようなものなので非難しようとは思わなかった。


「陛下はいつ頃到着されるのですか?」

「今日の夕方に到着される予定だ」

「えっ、それはあまりにも早過ぎるのでありませんか」


「魔導飛行船に乗って来られるそうだ」

「まあ、大変。お迎えする準備をしなければ」

 王妃と王女は衣装選びの為に、侍女を引き連れ部屋に戻った。


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