第254話 抓裂竜狩り

 抓裂竜は後ろ脚二本で歩行する竜だった。大体の外形はリアルワールドにおけるティラノサウルスやラプトルに似ている。目立つ特徴は前足の長く鋭い爪と背中から突き出ている多数の刃物のような背びれである。


 体格は灼炎竜に匹敵するものがあるが、灼炎竜ほどの威圧感はなかった。

 ベニングス少将の命令で散開する。


 約束通り一撃目は、チャールズが<鉄水槍アクアスピア>を左側にいる抓裂竜へ放つ。空中に形成された二メートルほどの水の槍が弾かれたように前方へと飛翔する。その穂先が抓裂竜の脇腹に突き刺さると鼓膜が破れそうになるほどの叫びを抓裂竜が放った。


「グッ」

 耳を押さえたベニングス少将がよろけた。無傷の抓裂竜がドスドスという足音を立てながらベニングス少将を狙って駆け寄る。


 少将を狙って長く鋭い爪が振り下ろされようとした時、いつの間にか移動した伊丹が絶牙槍から伸びた絶烈刃で、その足を薙ぎ払った。


 抓裂竜の足から血が吹き出し、血の雨が地面を濡らす。傷の痛みに怯んだ抓裂竜は三歩ほど後退り伊丹を睨み付ける。


 一方、もう一匹の抓裂竜にダメージを与えたチャールズは、その竜に追われていた。脇腹から血を流しながらも、執拗しつようにチャールズを追い掛け回し爪で引き裂こうとしている。抓裂竜の右前足から生えている爪がチャールズに向かって振り下ろされた。


 チャールズは大木の後ろに飛び込んだ。抓裂竜の爪が木の幹に食い込み半ばまで切断する。匍匐前進して大木の陰から抜け出したチャールズは必死の形相で、こちらの方へと逃げて来る。

 抓裂竜が木の幹から力づくで爪を抜こうとして大木がミシリと音を立てた。


 俺は抓裂竜を睨みながら<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>の準備をする。

 詠唱する呪文の最初の部分で、周りの大気がマナ杖の先端に吸い込まれ圧縮されていく。後半の呪文が周りに響き渡るとマナ杖から魔粒子が充填され、バレーボールほどの青く輝く魔粒子凝集弾が完成した。


 チャールズが抓裂竜に追い付かれそうになっている。俺は魔粒子凝集弾の発射を躊躇った。今放てば、チャールズが爆発に巻き込まれる危険がある。


「早くしろ!」

 チャールズが悲鳴に近い声で叫ぶ。俺が放とうとしている魔法に気付いて早く放てと催促である。アカネが林から戻って来る途中で、空中に浮かぶ輝く球を見て指示を出した。


「ミコトの魔法が爆発する。伏せて!」

 抓裂竜がチャールズのすぐ後ろに迫っている。俺は魔粒子凝集弾を放った。青く輝く球が抓裂竜に向かって飛び、その巨大な頭部に命中した。


 ドウンという大気を引き裂くような爆発音が耳を打ち、次に爆風が周りに居た抓裂竜と人間の身体を吹き飛ばす。


 伊丹は<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>の威力を知っているので、少将を担ぐようにして俺の傍に駆け寄る。俺は二人を一緒に<遮蔽結界>に包んで爆風を防御する。


 爆発の一番近くにいたチャールズが派手に吹き飛んだ。竜を倒すほどの強者である。これくらいでは死なないだろう。


 神様仏様、どうかよろしくお願いします。爆風が収まり周りを見回すと、抓裂竜の頭が潰れていた。


 もう一匹はどうしたか探すと爆風でひっくり返っていた。結界を解除すると土埃が空から降って来た。解除するタイミングが早過ぎたようだ。


 今度は<風障壁ゲールバリア>で土埃を弾きながら、倒れているチャールズを助け起こす。後ろの方で呆然としているベニングス少将の所まで肩を貸して連れて来る。


 チャールズはゲホゲホと咳込み苦しそうにしている。少将の部下たちも集まって来た。全員が埃まみれになっている。


「おい、あんな魔法を使うなら、最初に言ってくれないと」

 埃まみれの兵士の一人が文句を言う。文句は言っても本気で非難している訳ではない。相手が抓裂竜なら仕方ないと判っているのだ。


「済まない。チャールズが危なかったので、危険なタイミングで放つしかなかったんだ」

 俺が謝罪している最中に、倒れていた抓裂竜が身体を揺すり起き上がろうと動き始めた。マナ杖を仕舞い絶烈鉈を取り出した。


 少将がハッとして抓裂竜を睨み。

「一匹残っているぞ。奴に攻撃魔法を」

 兵士たちがそれぞれ習得している攻撃魔法の準備を始めた。


 <氷槍アイススピア><雷槍サンダースピア><豪風刃ゲールブレード>が抓裂竜に向かって放たれた。どれも第二階梯神紋の応用魔法らしく威力はそこそこである。抓裂竜の頑丈な鱗に覆われた皮を傷付けるが、内部までダメージが通っていない。


 抓裂竜が巨体を震わせる。伊丹が薙ぎ払った足からは血が流れておらず傷が塞がっている。驚くべき回復力である。


 回復力の塊のような竜を相手する場合、少しずつダメージを与え、その蓄積で倒す方法は下策である。出来るなら一発で、それが無理なら短時間の集中攻撃で倒すしかない。


 抓裂竜が怒り大きく息を吸い込んだ。次の瞬間、竜の咆哮が大気を震わせた。

 その威力は馬鹿に出来ず、衝撃波が少将と兵士たちの神経にダメージ与え、身体を揺らめかせ地面に膝を突かせた。


 一方、俺と伊丹は前に出て、アカネが『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』の基本魔法である<天雷グレートサンダー>を放つ。空から稲妻が舞い降り、抓裂竜の肩を直撃した。


 巨大な竜が動きを止めた。俺と伊丹は躯豪術を使い間合いを飛び越え、右側と左側から抓裂竜に斬り込む。その動きは少将には見えなかったようだ。地面に膝を突いたまま驚きの表情を浮かべていた。


 両足に斬撃を受けた竜は地響きを立てて倒れた。手応えで骨まで達していないと感じた俺は頭の方へと走り、絶烈鉈に魔力を流し込む。形成された絶烈刃を竜の首に叩き込んだ。


 首から血が吹き出すが、切り込んだ角度が浅く傷の深さが足りない。抓裂竜が転がりながら爪で引っ掻こうとする。俺は後ろに飛び退いた。


 抓裂竜は唸りながら立ち上がった。

「俺が仕留める」

 チャールズが復活し、もう一度<鉄水槍アクアスピア>を放った。同時にアカネが<雷砲弾サンダーキャノン>を放っていた。


 先に雷砲弾が命中し抓裂竜の動きを止めた。そこに水の槍が命中し、抓裂竜の心臓を射抜く。抓裂竜は身体をブルッと震わせてから倒れた。


 抓裂竜の心臓が止まったようだ。

「集まってくれ」

 俺は全員を抓裂竜の死体の周りに集めた。抓裂竜から放出される魔粒子を吸収させる為である。俺たち三人とチャールズ以外は濃密な魔粒子に酔い気分が悪くなった。特に少将は気を失い倒れる。


 魔粒子の放出が止むと抓裂竜の解体を開始する。魔晶管と魔晶玉を剥ぎ取ってから、皮、爪、牙、肉を切り取る。少将と交わした契約により、剥ぎ取ったものはアメリカ軍が引き取る約束になっていた。


 だが、それは一匹だった場合である。もう一匹分は交渉し、それもアメリカ軍が引き取る事になった。俺たちは三回に分けて抓裂竜の素材を駐屯地まで運んだ。


 その日、駐屯地はお祭り騒ぎとなる。お祭り騒ぎが続いている中、俺たちは駐屯地を出発する事にした。四日後になるミッシングタイムで日本へ帰り報告しなければならないからだ。


 少将とチャールズはもう一泊すればと言ってくれたが、俺たちは駐屯地を出発した。今回の狩りの報酬はアメリカ軍が評価した後、日本で交渉する事に決まった。


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