第250話 龍の牙

 エヴァソン遺跡から戻った翌日、俺と伊丹、アカネの三人はカリス工房へ向かった。クラムナーガの牙を使った武器と魔導飛行バギー二台が完成したと連絡が入ったからだ。


 工房では親方が待っていた。

「凄いのが出来上がったぞ」

 俺には鉈、伊丹には短槍、アカネにはグレイブが手渡された。


「バランスもいいですね。さすが親方」

「この短槍も申し分ない。さすがでござる」


 アカネと伊丹が出来上がったばかりの武器を試しに振ってみて感想を言う。

 俺はクラムナーガの牙で作られた鉈を『絶烈鉈』と名付けた。伊丹は『絶牙槍』、アカネは『絶牙グレイブ』と名付けたようだ。


「なあ、この牙は竜の牙じゃないと言っていたが、威力が半端じゃ無いぞ」

 俺はドヤ顔で親方だけに聞こえるよう声を小さくして言う。

「クラムナーガの牙なんだよ」


「ナンダトォーーーー!」


 工房中にカリス親方の叫び声が響き渡る。工房で働いている職人たちの視線が集まった。その中の一人が声を上げる。


「親方、どうかしたんですか?」

「い、いや、なんでもない。仕事を続けろ」


「親方、声が大きいよ」

「済まん、さすがに真龍の牙だと聞いて驚いた」

 親方は薫に渡す分の絶牙グレイブに顔を近づけ、じっくりと観察する。


「こいつがクラムナーガの牙か。どうりで恐ろしい源紋を秘めている訳だ」

「親方は試してみたの?」

「もちろんだ。その武器に魔力を流し込んでみろ」


 俺たちがそれぞれの武器に魔力を流し込むと、最初は刀身部分から赤紫の光が溢れだす。その赤紫の光は次第に大きくなり一メートル半ほどの刃を形成する。


 人の胴体ほども有る丸太を使って試し切りをしてみた。絶烈鉈を振り被り袈裟懸けに丸太に向かって振り下ろす。赤紫の光で形成された刃『絶烈刃』が、太い丸太を何の抵抗もなく通り抜けた。


 丸太は何の変化もなく立っている。

「まさか」

 俺は丸太を指の先で突いた。丸太の上半分がズズッと滑り地面に落ちた。


「うわーっ……無茶苦茶すごい」

 こういうシーンを映画やアニメで見る事はあるが、実際に体験するとは思わなかった。


 その後、伊丹とアカネも試し切りをしてみた。二人とも手応えのなさに驚いる。魔力を流し込まず普通の鉈として使ってみたが、それでも魔力を流し込んだ時の邪爪鉈並みの威力が有った。


「これは普段使うには威力が有り過ぎるようでござる」

「そうですね、普段はカオルから譲って貰った邪爪グレイブを使う方がいいみたい」


 薫は絶牙グレイブが手に入るので、使っていた邪爪グレイブはアカネに譲っていた。学校があるので、中々使う機会のない薫が、アカネに予備の武器として使えばいいと渡したのだ。


 薫の絶牙グレイブも受け取り、次に完成した魔導飛行バギーを検分した。

「なあ、ミコト。次の製造分から先端の形状と防風板を嵌め込む部分だけでも改造型と同じにしたいんだが、どうだろう?」


 俺は疑問に思った。

「でも、防風板は鬼王樹の樹液がないと作れない。嵌め込む部分だけ作っても意味がないんじゃないの?」


「いや、何処からかは分からんが、ダルバル様が改造型の情報を聞き付けて、先端の形状と防風板だけでも付けられるようにしてくれと言って来たんだ」


 屋根部分の形状や推進装置の大型化は改造費が高いので、比較的安く改造可能な点だけを発注して来たらしい。

 鬼王樹の樹液はハンターギルドに依頼したようだ。


「ダルバル爺さんの魔導飛行バギーは、王都と迷宮都市を往復しているからな。あれを改造すれば貴族たちに広まるのは早いか……」


 カリス親方が頷いた。

「そうすれば、防風板を付けてくれと言う貴族が殺到するのは間違いない」

「だから、次の製造分からは、先端部分と防風板の嵌め込み部分だけ変えたいと言う事か。いいと思うけど、軍からの注文分はどうする?」


 魔導飛行バギーに乗り、竜炎撃を使った戦闘を考えているのなら、防風板がない方が戦いやすい。

「それは軍の連中と話し合うようにダルバル様に言ってみる」


 別れ際に大量に剥ぎ取ったワイバーンの爪と皮を親方に渡した。

「何だこりゃ!」

 またも大声を上げた親方に、職人たちが近寄って来た。そして、大量に並べられたワイバーンの素材を見て、驚きの声を上げる。


「クレボ峡谷を通った時に、ワイバーンの群れに襲われて返り討ちにしたんだ。時間のある時に爪は鉈とグレイブに、皮は鞣してくれると嬉しい」


「馬鹿言うな、そんな時間があると思うか」

 薫の攻撃魔法で駄目になった分も有るので、ワイバーンの爪は十八個、皮は十一匹分である。やはり多過ぎたようだ。


「ウェルデア市のドルジ兄さんに、早く来てくれるように頼むしかないな」

 カリス親方が疲れたように言った。


 俺たちはワイバーンの素材を親方に預け、工房を離れた。伊丹とアカネには、アメリカ軍に納品する魔導飛行バギーに乗って趙悠館に戻って貰う。


 俺はフオル棟梁の所に寄り、趙悠館の敷地の隅に地下倉庫を作ってくれるように頼んだ。クラムナーガの頭を保管する為のものである。


 趙悠館に戻り、アメリカ軍の駐屯地に行く準備をする。

 日本政府からの協力要請も有るので、簡易魔導核一〇個を用意した。どう使うのかは知らないが、調査しても中に刻まれている補助神紋は解析出来ないので、アメリカ軍に渡しても大丈夫だろう。


 魔導飛行バギーや簡易魔導核は、マウセリア王国の人間と契約を結んでいるので、勝手に売るのは契約違反になる。だが、魔導飛行バギーを購入したマウセリア王国の軍部が同盟国のカザイル王国に転売した事実を掴んでいた。


 転売は契約違反にはならないが、道義的には裏切り行為である。

 そこで自衛隊やアメリカ軍には、俺が所有する魔導飛行バギーを長期レンタルするという契約を結んだ。実質、販売したのだが、契約上はレンタルになっているので、王国との契約違反にはならない。


 どうせ魔導飛行バギーの販売数が増えれば他国に渡るものも増え、どういう経路で手に入れたのか分からなくなるだろうという計算がある。

 この国の貴族が転売して儲けようとするのは、時間の問題だと思っていた。


 アメリカ軍の駐屯地はミズール大真国の西の端、鉱山都市ガジェスの近くに在った。クレメル山脈の麓にある鉱山都市の近くには、ミスリルやボーキサイトの鉱山が有り、ミズール大真国でも重要な都市の一つとなっている。


 駐屯地は廃鉱となった鉱山跡にあるらしい。今回の旅は俺と伊丹、アカネの三人で行く。


 前回と同様に迷宮都市を出てすぐに、魔導飛行バギー二台を縮小し改造型飛行バギーの荷台に載せ、高速で移動を開始した。


 一日目は辺境都市シンガに一泊した。ミズール大真国の町は、三角屋根の瓦葺き木造建築で、一見古い日本の町並みにも似ているが、瓦屋根の形や派手な色を使っている所から、古い中国の町並みに近いかもしれない。

 町の人々は黒髪茶眼で何となく東洋系の顔立ちをしている。


 街で一番高級な宿に泊まった三人は、ミズール大真国の料理を堪能した。唐辛子と山椒に似た調味料を使った辛い料理だったが、肉や野菜の旨みと絡まって美味しかった。

 アカネは帰りに、それらの調味料を仕入れて帰ろうと決めた。


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