第248話 自衛隊駐屯地
苦痛から回復した薫とアカネは、身体が軽く感じられるのに気付いた。
「凄い、身体が軽い」
薫が垂直ジャンプして崖の岩肌を手で叩いた。軽く飛んだつもりなのに一メートル近く跳んでいる。筋肉中の魔導細胞がかなり増えたのは確実である。
「ねえ、ワイバーンから吸収した魔粒子は、灼炎竜並じゃない」
薫が嬉しそうに尋ねてきた。俺は首を少し傾げてから答える。
「そうだな……バジリスクと同じくらいじゃないか。灼炎竜の時は特別な感じだったから」
「特別か、そう言えば、詠唱無しで応用魔法が使えるようになったって言ってたものね」
薫は頭の中を確認してみたが、特別に変わった感じはなかった。
「やっぱり、バジリスク程度だったみたい」
剥ぎ取ったものを魔導バッグに仕舞った。物置程度の容量が有るはずなのに八割ほどが埋まった感じである。
大量に残ったワイバーンの肉をどうするか、最後まで迷った。結局、二〇キロほど入る革袋が有ったので、その中に美味しそうな部位を詰め、魔導バッグに入れた。
革袋に入れず、そのまま魔導バッグに詰め込めば、もう少し入るのだが、それを行うと魔導バッグに入っている他の荷物が脂塗れになる危険がある。
アカネが空を見上げ。
「急いだ方がいいみたいよ。もう少しで日が沈み始める」
俺たちは急いで改造型飛行バギーに乗り出発した。クレボ峡谷を抜け樹海に出るとオリブル街道を探した。
二〇分ほど飛行し、やっとオリブル街道と合流する。次の町まで到着する前に日が沈みそうである。
「今夜は野営するしかないかな」
俺が呟くように言うと、薫が頷く。
「用意はしてあるから大丈夫よ」
街道の近くに野営に適した場所を見付け着陸した。
疲れている薫とアカネには休憩して貰い、野営の準備をする。薫が持って来たもう一つの魔導バッグから、テントや寝袋、薪などと食料を取り出す。
この魔導バッグは特大の爆裂砂蛇の胃袋から作製したもので、容量は六畳の部屋ほど有る。こちらの魔導バッグにワイバーンの肉をを詰め込むという方法もあったが、入っているものが脂塗れになるのは一緒だ。
テントを張り焚き火を起こす。夕食はワイバーン肉の串焼きにした。味付けはアカネが作った甘いタレである。
本来、串焼きなどに使うタレは、醤油・酒・砂糖・みりんを使って作られる。但し、焼き鳥屋などの秘伝のタレなどにはプラスアルファで何かを加えている。
アカネは醤油の代わりにドルミの果汁を発酵させた調味料を使い、砂糖はガルガスの樹液を煮詰めた樹液糖、みりんは伊丹が醸造したガルガス酒に蒸米を添加し発酵させたみりん風調味料で代替した。
タレの作り方は簡単で、酒とみりん風調味料を鍋に入れ弱火でアルコールを飛ばし、樹液糖とドルミ果汁を発酵したものを醤油の代わりに入れ煮詰めてタレを作った。
味は日本の焼き鳥に使われるタレに近いが、独特の風味が有る。俺は気に入ってる。
ワイバーンの肉を一口大に切り、串を刺して焚き火の近くの地面に突き立てる。ある程度焼いてからタレを付けもう一度焼く、最後にもう一度タレを付けて出来上がりである。
出来上がった串焼きを味見してみる。
「アチッ……」
熱い肉を口に入れるとタレの甘みが口に広がり、その後、ワイバーン肉の旨味がじわっと舌を刺激する。こうなると自然に顔の筋肉が緩み笑顔になって串に残っている肉に齧り付く。
ワイバーンの肉は歯応えが有り、肉自体の旨味も濃厚なので塩だけでも美味しいのだが、こうしてタレで焼くと更に美味しくなる。
このタレは趙悠館に泊まる依頼人だけでなく、周囲に住む住民にも好評で晩酌のつまみとして悪食鶏の肉を使った串焼きを買って帰る人が多くなっている。
「ちょっと、一人だけズルイわよ」
薫とアカネも焚き火の周りに並んでいる串焼きを手に取って食べ始めた。
「さすがアカネが作ったタレね。凄く美味しい」
「いや、これはワイバーンの肉が美味しいのよ。やっぱり竜の一族だからかしら」
ワイバーンの肉をもう少し確保しておけば良かったと後悔した。
交代で見張りをして夜を過ごし、朝日が昇ったと同時に出発した。
一時間ほど樹海の上を飛ぶと正面に辺境都市シンガが見えて来た。進路を右手の方へ切り五分ほどでコウラム遺跡が見えたので、近くの草原に着地。
そこで縮小していた納品する魔導飛行バギーを元に戻し、アカネが操縦し飛び立った。ゆっくりとした速度でコウラム遺跡へ近付いた。
俺たちが着陸するとカモフラージュした遺跡の入り口から自衛官らしき人たちが出て来た。
「何者だ?」
ミトア語で誰何された。俺は日本語で、
「ご注文の魔導飛行バギーをお届けに参りました。案内人のミコトです」
自衛官たちの緊張した顔が安堵の表情に変わる。
「聞いている。隊長を呼ぶから待ってくれ」
少し待つと金光一等陸佐が出て来た。オーク社会の偵察任務で部隊の隊長を務めた一等陸佐は、自衛隊初の異世界駐屯地の責任者となっていた。
金光一等陸佐は三人を値踏みするように見てから。
「倉木三等陸尉から噂は聞いているよ。私も彼女から魔法を習ったから、君の孫弟子に当たるのかな」
「孫弟子なんて、とんでもない。我々が開発した技術が自衛隊で役立てば嬉しいのですが」
「もちろん、役立っているよ。でなければライセンス契約など結ばんよ」
『魔力発移の神紋』の応用魔法について少し話した後に、金光一等陸佐が魔導飛行バギーに近寄って観察した。
「これが魔導飛行バギーか。操縦は簡単なのかな」
俺は操縦方法を自衛官たちに教えた。
教えた後、実際に乗って貰いコウラム遺跡の周りを飛んだ。
「おお、最初は遅いと思ったが、加速を始めると速いな」
「ええ、これならシンガまで一〇分も掛からないですよ。屋根の上には荷物も載せられるようだから、買い出しが便利になります」
「買い出しだけじゃないぞ。偵察任務にも使えるし、各地の駐屯地を廻る時に大いに役立つ。惜しむらくは乗員数が三人と少ない点だな。……どうなんだろう。八人くらい乗れるように大型化出来ないのか?」
「可能ですが、大型化すると今以上に高価になりますよ」
「ふん、自衛隊を
詳しく聞いてみると装甲の有る戦闘ヘリのようなものが欲しいのだそうだ。
「戦闘ヘリって、銃器が無いでしょ」
「武器は不要だ。ただ魔物に一回や二回体当りされても飛び続けられる乗り物が欲しいのさ」
飛行船も考えたようだが、ヘリウムの入手経路が判らず行き詰ったらしい。さすがに爆発事故が恐ろしい水素は嫌だったようだ。
昨日、ワイバーンに追い掛けられた時の状況を思い出した。あのまま空中戦になったら危なかったかもしれない。樹海の上を飛ぶには、金光一等陸佐が言うような『装甲輸送機』が必要かもしれない。
と言っても、大型のものは作れないだろう。この国の技術レベルは大型機を開発するほど高くないからだ。
自衛官に魔導飛行バギーを操縦して貰う。実際、操縦すると魔導飛行バギーの特性を体感出来る。部下の自衛官たちが魔導飛行バギーを操縦するのを見ながら、金光一等陸佐が尋ねる。
「君らの魔導飛行バギーは次世代型なのかね」
「次世代型……そう言えるかもしれませんが、今の段階は改造型か試作品と言うのが正しいですね」
「ふむ、まだ販売段階じゃないと言う事か?」
「そうです」
操縦方法は簡単なので、短時間に魔導飛行バギーを乗りこなせるようになった。
俺は予備の魔光石燃料バーを数本、金光一等陸佐に渡した。それだけ有れば、三ヶ月ほど保つだろう。
「これを使い切ったら、どうすればいい」
「どうせ自衛隊でも構造を調べるだろうから言いますけど、中身の魔光石を補充すれば使えます。この辺で、魔光石の取れる迷宮は無いんですか?」
「有るぞ。不死迷宮だ」
「だったら、そこの魔光石を採取して使えばいい」
金光一等陸佐が渋い顔をする。
何か問題が有るのだろうか。不審に思い確かめる。
「どうかしたんですか?」
「アンデッドばかり出るので、部下が嫌っているのだ」
金光一等陸佐の顔を見ると、嫌っているのは部下だけじゃないようだ。
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