第247話 ワイバーンの群れ
納品する魔導飛行バギーから薫が降りると、<圧縮結界>を使って魔導飛行バギーを持ち運べるほどの大きさまで縮小した。それを革袋に入れ改造型飛行バギーの最後尾座席の後ろにある物入れに入れ紐で動かないよう括り付けた。
「なるほど、こうやって運ぶつもりだったんだ。一台だけ改造して、どうやって運ぶんだろうと思っていたんだけど」
アカネに感心されてしまった。三人は改造型飛行バギーに乗り、ミズール大真国を目差し飛行を開始した。
自衛隊の駐屯地であるコウラム遺跡は、辺境都市シンガの近くに在る。辺境都市シンガはマウセリア王国寄りの東部に存在し、迷宮都市から馬車で行くと二〇日ほど掛かると言われている。
それほどの距離を改造型飛行バギーなら数時間で着いてしまうのだから凄い。まあ、全ての道程を道沿いに飛べばもう少し時間が掛かるのだが、樹海の上を飛んで曲がりくねった道をショートカットすれば、それくらいの時間で到着する計算になる。
ココス街道を南西へと飛行する。海が見え始め、港湾都市モントハルを左に見ながら進路を西へと変える。
西のミズール大真国へと伸びる道は『オリブル街道』と呼ばれ、多くの交易商人が行き来していた。
改造型飛行バギーはオリブル街道から少し外れた空中を西へと進んでいた。元の魔導飛行バギーのように道の上空を飛ばないのは、速度が上がった所為で巻き起こる風や騒音が強まった為である。
このまま進むとオリブル山脈に突き当たり、その山脈を越えるにはニモネル峠かクレボ峡谷を通るしかない。オリブル街道はニモネル峠を越えるのだが、遠回りになるので、俺たちはクレボ峡谷を選んだ。
樹海の上を飛び、クレボ峡谷へと向かう。クレボ峡谷は幅二キロほどの谷が曲りくねりながら三〇キロほど続いている地形で、魔導飛行船か空を飛ぶ鳥や魔物以外は通れない場所だった。
「ねえ、この峡谷には空飛ぶ魔物が出るんじゃないの?」
「ああ、遭遇する可能性は有るけど、改造型飛行バギーなら逃げ切れると思う」
峡谷に侵入した。両側は切り立った崖で、テレビで見たアメリカのグランドキャニオンの風景を思い出した。ここも谷の底を流れるクレボ川の流れにより侵食され出来上がった地形らしい。
中間点を過ぎた頃、後ろから甲高い鳴き声が聞こえた。
アカネが後ろを振り向いて確認した。
「まずいわ、魔物の群れよ」
防風板越しに後ろを見るとコウモリの群れのようなものが後ろから追い掛けてくる。だが、コウモリにしては口が尖っている。
「ありゃあ、ワイバーンの群れじゃないか」
飛竜種は飛行スピードが速い、おそらく改造型飛行バギーより速い数少ない魔物の中の一つである。
「ワイバーンなの……十数匹は居るじゃない。どうするの?」
「空中戦は不利になる。戦えるような場所を探してくれ」
薫とアカネは周囲をキョロキョロと探し始めた。その間にもワイバーンの群れが近付いて来る。コウモリのように小さく見えたものが、巨大な化け物だと判別出来るほど近付いている。
「あっ、あそこ見て。あそこなら着陸出来る」
薫が指差した場所は、切り立った崖が川の流れで抉れてる場所で、上からは襲われない地形になっていた。
改造型飛行バギーを崖が抉れた場所の奥に着陸させ、ワイバーンを待った。
ワイバーンは体長五メートルほどの翼竜で翼と一体化している前脚には鋭い爪が付いていた。俺の最初の武器である竜爪鉈は、その爪を使って作ったものだ。
三人が地面に降り武器を構えた時、最初のワイバーンが襲って来た。俺は<
バランスを崩したワイバーンが地面に墜落する。ただ丈夫な身体を持つワイバーンはほとんどダメージを受けていない。走り寄った俺は、ワイバーンの首に邪爪鉈を叩き付けた。
ワイバーンの丈夫な皮は邪爪鉈の刃を一瞬だけ耐え威力を軽減する。首から血が吹き出すが、致命傷ではなかった。怒りの咆哮を上げるワイバーンが鋭い爪で反撃して来た。
その爪の軌道を確認しながら横にステップする。爪は躱したが、ワイバーンの翼が巻き起こした風で押されバランスを崩しそうになった。
五芒星躯豪術で練り上げた魔力を邪爪鉈に流し込み、赤く輝く刃をもう一度ワイバーンの首に叩き込んだ。今度は綺麗に首が切断される。
「カオルとアカネは、ワイバーンを魔法で撃ち落としてくれ。俺が止めを刺すから」
薫とアカネが承知したと声を上げる。
ワイバーン達は次々に襲い掛かって来た。真上からは崖が邪魔になって襲えないので、低空飛行して正面から飛び込んで来るワイバーンが多い。
そんな奴は、薫の<崩岩弾>やアカネの<雷砲弾>により撃ち落とされ、駆け寄った俺の邪爪鉈で止めを刺した。
とは言え、一撃で仕留められるワイバーンは少なく、爪や
中には五芒星躯豪術で十分に源紋の威力を引き出した一撃を与えても仕留められず、大暴れするタフなワイバーンがもいた。
そういう時は、アカネの<雷砲弾>が有効だった。短時間だがワイバーンを麻痺させる威力が有ったからだ。
薫の<崩岩弾>でワイバーンの翼を破壊し墜落させ、俺が他の奴を仕留めている間は、アカネが<雷砲弾>で麻痺させ、最後に邪爪鉈で止めを刺すという流れが出来た。
ワイバーンを仕留めるには首に邪爪鉈を叩き込む必要があるのだが、相手は巨体である。普通なら邪爪鉈が届かない。ただワイバーンが嘴で攻撃する時、躱しざまに邪爪鉈を首に打ち込む事が可能だった。
本来、ワイバーンは強敵なのだが、<雷砲弾>と邪爪鉈の組み合わせはツボに嵌まったようで、次々と空飛ぶ化け物が息の根を止めた。
一〇匹ほどを仕留めた時、異変に気付いた。先に仕留めたワイバーンから濃密な魔粒子が流れ出し、自動的に魔粒子の吸収を始めた薫とアカネが苦しみ始めたのだ。
「ミコト、身体が熱い」
薫の悲鳴のような声に、何が起きているのか気付いた。
「しまった。魔粒子に酔い始めたのか」
濃密な魔粒子を大量に吸収すると身体が対応出来ず苦しむ事がある。俺や伊丹も経験した事だが、それが薫とアカネに起きているらしい。
俺自身はバジリスクと灼炎竜で耐性が出来ているようだ。
「カオルとアカネは下がって、<
上空で俺たちを狙いながら旋回しているワイバーンが七匹ほど、その中にはボスらしい奴も居る。<
どうやら、仲間が大勢殺られたのを警戒し、隙を窺い始め不用意に飛び込んで来なくなっているらしい。
魔導ポーチからマナ杖を取り出し呪文を唱え始める。
「ジレセリアス・ゴザラレム・イジェクテムジン───―」
周りの大気がマナ杖の先端に向かって集まり始める。
「───―・マナ・マナ・キメクリジェス……<
マナ杖のボタンを二度押し魔粒子を大気の塊の中に流し込む。バレーボール大の青く輝く球が上空で旋回しているワイバーンたちの中心に向かって飛んだ。
一匹のワイバーンに接触した大気の塊は爆発した。轟音がクレボ峡谷に響き渡ると同時に衝撃波がワイバーンを痛めつける。
旋回していたワイバーン全てが墜落した。一際大きなボスともう一匹が俺たちの方へ落下して来た。
先に仕留めたワイバーンの死骸の上に落下したので、ボスは死んではいない。俺は邪爪鉈を倒れているボスワイバーンの首に何度か叩き付け止めを刺した。もう一匹は岩の上に落下し墜落死したようだ。
また、濃密な魔粒子が大気中に溢れ出し、薫とアカネが苦しみ始めた。
魔粒子の吸収自体は良い事なので結界を使って魔粒子を排除するような方法は取らなかった。薫とアカネには我慢して貰おうと決める。
魔粒子が大気中に拡散するまで、時間が掛かりそうなので剥ぎ取りを始めた。ワイバーンから剥ぎ取るものは皮・爪・魔晶管・魔晶玉の四つである。
肉も美味しいのだが、量が多すぎて持ち運べない。
剥ぎ取りが終わる頃、やっと薫とアカネが回復した。
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