第246話 クラムナーガの牙

 趙悠館に戻るとクラムナーガの頭部をどうするかで迷った。

 保存液の水槽ごと圧縮して持って来たので腐る事はないと思うが、置き場所に困った。他人の目に触れない場所に隠す必要が有ると考えていたのだ。


 龍の頭部だけだとは言え、知られれば間違いなく大騒ぎになる。それは避けたかった。

「魔導飛行バギーの格納庫が良いのではござらんか?」

 伊丹が提案した。


「そうか、バギーはカリス親方の所で改造中だから空いているんだった」

 魔導飛行バギーが雨に濡れないように木材を使って建てた小屋だが、割りとしっかりしているし鍵も掛けられるのでいいかもしれない。


 格納庫の中で元の大きさに戻した。伊丹と二人で保存液の中から龍の頭部を持ち上げ、口を開ける。口の中には鋭い牙がずらりと並んでいる。


 薫とアカネに頼んで丸太を持って来て貰い、口の中につっかえ棒として入れ牙を調べた。

 クラムナーガの牙は黒真珠のような光沢のある漆黒の鋭い牙だ。『魔導眼の神紋』の力を使って調べてみると後に『絶烈牙』と名付けた源紋が有った。


 『絶烈牙』の源紋は、ミスリル合金でさえ切り裂く切断力と絶烈刃と呼ぶ魔粒子と魔力が合わさって形成された刃を発生させる効果を秘めていた。


 絶烈刃は大気中の魔粒子と使用者の魔力を使って刃を伸ばすので、大気中に存在する魔粒子の濃度で絶烈刃の大きさが決まるようだ。魔粒子の濃度が濃い迷宮や樹海で、絶烈刃は威力を発揮するだろう。


「凄そうな源紋を秘めているようでござるな」

「湾曲した牙で鉈が作れる。それに、ロックゴーレムでも真っ二つに出来そうだから、伊丹さんたちも武器を作るだろ」


 薫とアカネもずらりと並ぶ牙を見て武器を作る気になったようだ。

「私はこの牙でグレイブを作ろうかな。アカネもどう?」

「そうね、剛雷槌槍だけだと魔導迷宮は難しそうだから、カオルと同じグレイブが良いかも」


「拙者はロックゴーレム用の武器として短槍を」

 伊丹は真っ直ぐな牙を、他の三人は少し湾曲した牙を竜の口から剥ぎ取った。


 魔導迷宮から戻った翌朝、俺と薫は鬼王樹の樹液を持ってカリス工房へ向かった。工房で働いている若い職人の一人に声を掛ける。


「親方は居るかい?」

「あっ、ミコト様。親方は工房の奥に居ます。呼んで来ますね」

 若い職人が工房の奥に消え、二、三分経った頃、奥からカリス親方が現れた。頭は今まで通りツルツルだったが、顔から無精髭が伸びていた。


 その様子を見て、ミコトは心配そうな顔をする。

「親方、疲れているみたいだけど……もしかして魔導飛行バギーの改造で?」

「それと追加製造の所為だな」

 追加製造は日本政府とアメリカに売る分である。


「すいません。苦労をかけてるようで」

 俺が謝るとカリス親方が首を振る。

「いや、ミコトから頼まれた分だけじゃない。国王からも追加製造を依頼されているんだ。それも来月までに一〇台追加だ。貴族と軍から早く手に入れたいと強い要望が有ったらしい」


「そうか、王都で魔導飛行バギーに乗ったシュマルディン王子が活躍したみたいだから、貴族や軍も欲しがっているのかな」


 カリス親方が深い溜め息を吐いた。

「そうらしい。取り敢えず、ミコトの分一台は完成した。改造も終わって残すは鬼王樹の樹液を使った防風対策を行えば完成だ」


 鬼王樹の樹液を取り出し親方に渡した。

「これで大丈夫ですか」

「ああ、型は作って有るんだ。早速試してみるか」


 樹液を計量し必要な量だけ熱した後、型に流し込んでから厚みが均一になるよう圧力を掛け冷やした。


 三〇分ほど経過すると樹液は冷え固まった。固まった樹液は平らなガラス状の物質となり、軽く叩いてみるとコンコンと音がする。


「よし、こいつを改造した魔導飛行バギーに取り付けるぞ」

 俺たちの魔導飛行バギーは大きく改造されていた。ゴツゴツした感じのヘッド部分が流線形に変わり、浮揚タンクであり推進装置でも有る屋根部分の形状が揚力を考慮した形へと変わっていた。

 また、推進装置も大型のものに変更され、出力が大幅に上がっている。


 カリス親方は出来上がった防風板を取り付け金具で固定した。

「どうだ……視界は少し悪くなるが、風が入らなくなる分、操縦し易いはずだ」


「試してみます」

 早速、改造型飛行バギーを街の外へ持ち出しテストした。

 場所は勇者の迷宮近くに在る草原である。


 テスト要員は俺と薫、カリス親方である。工房の職人たちも一緒に来ているが、三人乗りなので地上からの観察となる。


 その日のテスト飛行で、改造型飛行バギーは時速二〇〇キロを越えた。この速度は大概の空飛ぶ魔物より速く、空飛ぶ魔物に遭遇しても逃げ切れる事を意味している。


「冷たい風を受けないで空を飛べるというのは素晴らしい。厚着していても、かなり寒かったからな」

 カリス親方が座席に深々と座り快適な空の旅に満足していた。


 だが、飛行機での移動を経験している薫は、

「ちょっと寒い。暖房が欲しいかも」

「長距離飛行には必要になるかもしれないけど、取り敢えずは毛皮のコートでも着て我慢してくれ」


 一旦着陸し操縦を工房の職人と代わった俺たちは、草原の中でハーブティを飲みながら休んでいた。


 カリス親方を見ると、いつの間にか真剣な顔で悩んでいる。

「親方、どうかしたんですか?」

「あの防風板だ。あれを貴族や軍が知れば、絶対に改造してくれと言って来るぞ」


 推進装置の大型化や形の変更も知られれば真似したがるだろうが、一番目立つのは防風板だろう。一目見れば、どういう機能を持つものなのかは判るからだ。


 親方がポツリと呟いた。

「人手不足だ」

「親方の知り合いで手伝ってくれそうな職人は居ないの?」


「ウェルデア市の兄弟子くらいかな」

「ドルジ親方の事?」

「ああ、ミコトはドルジ兄さんを知っているんだったな」


 カリス親方は兄弟子であるドルジ親方を兄さんと呼んでいたらしい。

「ウェルデア市では世話になった。……そうか、今なら迷宮都市へ引っ張れるかもしれない」


 戦争蟻がウェルデア市を襲った時、支配者一族であるエンバタシュト子爵が死に、派閥争いの結果、第二王子派のミリエス男爵がエンバタシュト子爵の領地を継承した。


 そのミリエス男爵が無能な貴族らしく、ウェルデア市を含む一帯の治安は悪化し、市内も住み難くなっているらしい。


 ウェルデア市で仲の良かったハンターのカルバートとキセラを思い出した。最初に躯豪術とパチンコを教えたハンターである。


 あの二人も迷宮都市に呼べないか考え始めた。

 一ヶ月後、ドルジ親方と弟子の職人たち、それにカルバートとキセラの家族が迷宮都市に引っ越して来る事になる。ウェルデア市が思っていた以上に危険な町となっていたようだ。


 テストも無事終わり工房に戻った。

 工房で先に完成した魔導飛行バギー一台を受け取った。これは日本政府に納品する分である。


「これをミズール大真国に在る自衛隊の駐屯地まで届けるんでしょ。私も行く」

 薫が言い出した。

「でも、明日の夜には転移門で日本へ帰らなきゃならないのに大丈夫?」


「改造型飛行バギーなら、一日で往復出来るでしょ」

 出力が上がった改造型飛行バギーなら往復八時間ほどだろう。

 工房からの帰りがけにカリス親方に龍の牙を渡し、それぞれの武器の製作を依頼した。


 渡された牙を見て、親方が目を光らせる。

「こいつは並の魔物から剥ぎ取ったもんじゃねえな。まさか竜の牙じゃ……」

 俺はニヤリと笑い。


「正体は不明だけど、魔導迷宮で見付けた牙なんだ。よろしくお願いします」

「おう、任せておけ」

 忙しいはずなのに、カリス親方は心良く引き受けてくれた。


 自衛隊の駐屯地まで行くと決まったら急がなければならない。薫が納品用の魔導飛行バギーを操縦し趙悠館へ戻り、食料や水、テントや寝袋などを魔導バッグに入れた。


 昼食は趙悠館の食堂で済ませ、アカネにミズール大真国へ行くと伝えるとアカネも行きたいと言い出した。伊丹は趙悠館で留守番するようなので、承知した。


 改造型飛行バギーを先頭に納品する魔導飛行バギーが続いて迷宮都市を出発した。街を出てすぐに樹海の中に着陸出来る場所を探し下りた。


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