第241話 転移の罠
俺と伊丹が、現れた斑熊の前に出ようとすると、薫に止められた。
「待って、こいつは私とアカネに任せて」
「いいけど……油断するな」
俺たちが下がるとアカネと薫が武器を構えて前に出る。攻撃魔法は使わず接近戦で勝負するようだ。斑熊が唸り声を上げて威嚇。
迫力ある唸り声も恐れず、薫が邪爪グレイブを熊の足に向け斬撃を放つ。邪爪グレイブの切れ味は凄まじく骨まで達する深い傷を負わせた。
斑熊が悲鳴を上げ、足を引き摺りながら太い腕で薫に襲い掛かる。薫が俊敏な動きで熊の攻撃を避ける。大熊の攻撃が薫に集中している隙に、アカネが剛雷槌槍に魔力を流し込むと側面に回り込んで熊の頭に『雷発の鎚』を叩き込んだ。
バチッと音がして斑熊の身体がふらついた。そこに剛雷槌槍の魔力を帯びた穂先が熊の心臓を抉る。
「お見事でござる」
俺と伊丹が手際よく魔晶管と毛皮を剥ぎ取り魔導バッグに仕舞った。その後、幾つかの罠を発見し、歩兵蟻とも戦う。
途中、エリュシス人が使っていた部屋らしき空間があったが、スライムと悪食鶏の棲家となっていた。地図を見て二階へ行く階段の位置を確かめている時、<罠感知>を使っていた薫が声を上げた。
「隠し部屋、発見!」
通路の何もない壁を薫が指差していた。慌てて地図を確かめる。
「地図には隠し部屋の書き込みなんかないぞ」
アカネが目を輝かせる。
「未発見の隠し部屋なの?」
「それはない。調べ尽くされている一階でござるぞ」
濃い灰色の硬そうな岩の壁を調べてみた。ザラザラとした岩肌は埃と正体不明の何かで汚れていた。汚れるのにも構わず指で岩肌を探ると胸辺りの高さの場所に小さな突起が有る。形状はボタンに似ている。
「ここに何か有る」
罠の可能性も有るので皆を下がらせてから<遮蔽結界>を張り、ボタンを押した。ギギッ……岩だと思われた壁が少し動き隙間が出来た。罠は無かったようだ。
俺と伊丹が隙間に手を差し込みドアらしきものを大きく開ける。ドアの奥には六畳ほどの小さな部屋があった。床にはホコリや岩の欠片が降り積もり層になっている。
ドアを潜り部屋の中央へ進んだ時、身体から魔力が抜け出る感覚を覚える。
同時に床の一部が輝き始めた。
「これは転移門と同じ……離れろ!」
迂闊な事に四人全員が転移門の効果範囲に入っていた。
次の瞬間、嫌な感じを覚え目を瞑った。
嫌な感じが消え目を開けた時、六畳ほどの小さな部屋だったはずの場所が二〇畳ほどの広い部屋に変わっていた。中は空っぽで殺風景な部屋である。
薫が頭を振りながら。
「何が起こったの?」
俺は自分の格好を調べた。装備も武器も持っている。
「転移したらしいけど、普通の転移門とは違うようだ」
空気中の魔粒子を調べるように大きく息を吸う。この魔粒子の濃さは迷宮の内部のようだ。
転移した部屋の出入り口を探すと後ろの奥に鉄格子と未知の金属で作られたドアが有った。開けようとしてみたが開かない。
「閉じ込められてますね」
「もしかすると……ここは牢屋ではござらぬか?」
薫とアカネが酷く驚いた。
伊丹の推理によると、五〇階もの階層が有るのエリュシス人の施設ならエレベーターのような設備の代わりに転移装置が有ったのではないかと言うのだ。
そうなると研究施設と魔導秘術の隠し場所という点を考え、セキュリティの観点から資格のない者が転移装置を使うとこの牢屋のような場所へ飛ばされるのかもしれない。
本来なら警備員のような者が居て、ここに飛ばされた者を捕縛するのだろうが、遥か昔にエリュシス人は消えている。
アカネが不安そうな顔をしている。
「ドアは鍵が掛かっているのね。どうやって出るの?」
薫が神紋杖を取り出し前に出る。
「任せて」
気合を入れた薫はドアに向かって<崩岩弾>を放った。大きさはゴルフボールほどの溶岩弾で拳銃弾の半分ほどの速度で飛翔し、ドアに『ドガッ』という轟音を響かせ命中した。
その衝撃は凄まじく、ドアがくの字に折れ曲がり吹き飛んだ。
「久しぶりに見たけど、凄まじい威力だな」
俺が感心すると薫が嬉しそうに笑顔を見せる。部屋を出ると外はもう一回り大きな部屋だった。そこには机の残骸や正体不明の装置の残骸が散らばっていた。
魔物が潜んでいないか<魔力感知>を使う。魔物は居なかったが、小さな反応が有った。調べてみると残骸の中に五百円玉ほどのメダルが落ちていた。
メダルの中央には小さな魔晶玉が嵌っている。どうやら魔道具らしい。メダルの表面にはエリュシス人が使っていたエトワ語で『21003』と刻まれていた。
「何だと思う?」
「調べてみないと判らない」
魔法に天才的才能を持つ薫でも、すぐには判らないようだ。
俺たちは部屋の中を徹底的に調べ上げ、一階の隠し部屋と同じ構造の部屋を見付けた。中を調べると転移門のような魔道具が床に設置されていた。
全員で調べてみると短い距離を移動するだけの転移門だと判った。次元を超えリアルワールドと行き来出来ないが、エネルギー源が使用者の魔力なので好きなタイミングで転移可能な装置らしい。
「大発見じゃない。これが有れば遠い土地へも一瞬で行けるんじゃないの?」
アカネが嬉しそうに声を上げると薫が否定した。転移装置に刻まれている魔法陣を調べた薫は、これがどういうものか分かったのだ。
「そんないいもんじゃないのよ。これの転移距離は約一キロが限度だから長距離は無理」
「そうなの……残念」
「でも、これを使えば一階に戻れそうよ」
「それは真でござるか?」
伊丹が周囲に注意を払いながら確認する。
「ええ、この装置はデフォルトで一階に転移するようになっているのよ」
俺たちは短距離転移門を使って一階に戻った。
その日は探索を終了し、迷宮の外に出た。収穫は短距離転移門の知識とメダル型魔道具、それに魔物から剥ぎ取った戦利品だった。
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