第240話 魔導迷宮一階

 薫が迷宮都市に到着した翌日。

 趙悠館の食堂で朝食を摂りながら、薫から<罠感知>の注意点を聞いていた。

「この魔法は成長する魔法なの」


 薫の言葉に違和感を覚えた。成長するというのなら……。

「……逆に言えば<罠感知>は最初は役に立たないって事?」

「失礼ね。落とし穴系の罠や魔力を使った罠は発見出来るの。でも、機械的な仕掛けの罠はパターンを記憶しないと駄目なのよ」


 一緒に話を聞いていた伊丹が、

「そうすると最初は慎重に進まねばならないのでござるな」

「そうなのよ。ミコトの方で魔導迷宮の罠については調べてくれたんでしょ」

「ああ、迷宮ギルドの資料は読んだ。三階までなら大丈夫だと思う」


 俺と伊丹、薫、アカネの四人は魔導迷宮について打ち合わせを行い、懸念事項を潰していく。

「魔導迷宮に出て来る魔物はルーク級以上だって聞いたけど本当なの?」

 アカネが俺に確認する。


「いや、正確には違う。一階からルーク級の魔物が出るけど、ゴブリンやコボルトなどのルーク級未満の魔物も居るんだ。でも、これらの魔物は雑魚扱いされて、出て来る魔物がルーク級以上だけみたいな噂が広まったらしい」

 薫が胸の前で腕組をして。

「まさか群れで襲うなんて話じゃないのよね」

「群れで襲う場合もあるけど、それほど数が多い訳じゃない。注意すべきは罠とルーク級以上の魔物だよ」


「魔物は何が出るの?」

「一階には斑熊と歩兵蟻が出るようだ」

「蟻なの……私のホーングレイブだと仕留めるには時間が掛かりそう」

 俺は薫に渡そうと思っていた装備を思い出した。


「これを使ってくれ」

 渡したのは予備の邪爪鉈を改造し作った邪爪グレイブである。柄の長さは一メートルほどで長くはなく、狭い迷宮で使い易いようになっている。


「えっ、いいの。ミコトの予備なんでしょ」

「俺には竜爪鉈が有るから心配無用だ」

 灼炎竜を倒した時、爪で新しい武器が出来ないかと期待したのだが、鉈に向いていない形をしていたので売ってしまった。


「そう言えば、灼炎竜の革で作った鎧が出来上がったと連絡が来たでござる」

「やっとか……竜皮を鞣すのに時間が掛かったんだよな」


 要望として鱗を残したまま鞣してくれと注文したら、普通の三倍ほど時間が必要だった。

「迷宮に行く途中、カリス工房へ寄ってみようか」


 四人は装備を整え趙悠館を出た。

 カリス工房に寄ると革細工職人のメルスが待っていた。

 早速、出来上がった鎧を見せて貰う。工房の奥から運び込まれた鎧はオレンジ色をしたスケイルアーマーのような外見であり、その防御力は鋼鉄製の鎧より高いらしい。


 但し、それなりに重量が有り、俺と伊丹は籠手と脛当ても灼炎竜革製にしたが、薫とアカネの籠手と脛当てはワイバーン革製になっていた。


 それぞれ鎧を着けて着心地を確かめる。職人のメルスと相談しながら手直しを頼んだ。

「手直しは今日中に終わらせますので、明日完成品をお渡しします」


 メルスと約束を交わしてから工房を離れ、迷宮ギルドに魔導迷宮に挑戦する届けを出し、許可札を貰ってから迷宮へ向かった。


 魔導迷宮は旧エヴァソン遺跡の南東、巨大な岩山の中に存在する。

 古代魔導帝国エリュシスの民が岩山を五〇の階層に区切り、巨大な研究施設や開発した魔導秘術の隠し場所として使っていたらしい。その研究施設が使われなくなった後、迷宮化したのが魔導迷宮である。


 エリュシス人が何故この場所に研究施設を建設したかと言うと、岩山の地下に魔粒子の流れである『幻脈』が走っており、それが岩山の底から大量の魔粒子を噴き出しているからである。


 その魔粒子は岩山の中に存在する天然の竪穴を通り、岩山の上部に存在する大きな空洞に吹き出ているらしい。


 空洞には高純度の魔光石が自然発生し、その魔光石をエリュシス人が活用して研究していたのではないかと俺は考えている。

 因みに、エリュシス人が『幻脈』と呼んでいたものは、現在では『地脈』と呼ばれている。


 『地脈』と岩山の竪穴、空洞の情報は、迷宮の入口付近の壁に刻まれている古代文字を解読した資料として迷宮ギルドに有った。


 魔導迷宮に到着した俺たちは、巨大な岩山を見上げた。直径が七キロもある岩山で、上部には多数の海鳥が巣を作っているようで鳴き声が聞こえる。正面に三本足湾の海が広がっているのだ。


 迷宮ギルドの職員が番をしている一階の入り口から中に入るようだ。ここには荷物運びの子供たちは居ない。一階でさえルーク級の魔物が出るのに加え、多くの罠が有る為である。


 番をしている迷宮ギルドの職員に許可札を渡し中に入った。魔導迷宮の内部は幅五メートル、高さ四メートルの通路が迷路のように広がっていた。


 通路の天井がぼんやりとした光を放っており、照明無しでも進めるようだ。この光は何だろうと疑問に思うが、迷宮とはそんなものらしい。久しぶりに挑んだ迷宮は、空気中に濃い魔粒子が感じられ独特の雰囲気があった。


 一階は通路がほとんどで部屋が少なかった。何故、こんな通路だけがと疑問に思う。その疑問は未だに解明されていないようだ。


「地図を見せて」

 俺は迷宮ギルドで買った地図を薫に渡す。その地図を見ながら、薫が北の方角を指差した。

「向こうが北だから、東廻りで行こう」


 アカネが納得出来ないと言う顔をしている。北の方角に二階へ上がる階段が有るのは判るが、何故東廻りなのか分からないのだろう。


「何で……西廻りの方が階段に近いのに」

「東廻りの方が罠が多いのよ。始めの内にたくさんの罠を見てパターンを覚えておきたいの」

 もちろん<罠感知>の魔法の為である。


 アカネも納得したので東廻りで進み始める。通路のあちこちにスライムが居て、スライムを食べる悪食鶏が走り回っていた。


「魔導迷宮は……もうちょっと静かな場所だと思ってたよ」

「拙者もでござる」

「それより、私とミコトで<罠感知>を交互に使って行くわよ」


 薫が張り切っている。

 <罠感知>の魔法は一度起動すると二〇分ほど持続し、その間は罠が有る場所が輝いているかのように見える。


 俺は<罠感知>を起動し周囲を警戒しながら進んだ。一〇〇メートルほど進んだ所で通路の中央が光っている場所に出会でくわした。


「そこに落とし穴が有る」

 他の三人が集まって来た。注意深く地面を見ると通路の一部が少しだけ色が違う。薫が邪爪グレイブの柄で落とし穴を突くとパカッと観音開き床が割れ幅一メートルほどの穴が現れた。穴の底を見ると四メートルほどの深さが有り、ゴツゴツした岩がむき出しになっていた。


「落ちたら怪我する高さね」

 アカネが顔を顰めている。

 地図を見ると落とし穴の場所にX印が付いていた。

「今のところ地図は信用出来るようだ」


 俺たちは落とし穴を越え慎重に進み始めた。それからしばらくした場所で足首の高さにピアノ線のようなものが張られているのを伊丹が見付けた。


「あれっ、<罠感知>が反応しなかったぞ」

 俺が声を上げると薫が渋い顔をしている。

「このパターンを記憶していないからよ」


 俺たちは後ろに下がってから、ピアノ線らしきものに落ちていた岩の欠片を投げた。ピアノ線に欠片が当たった瞬間、ギシャンと仕掛けが動く音がして天井から数本の槍が落ちて来た。


「わっ!」

 薫が驚きの声を上げる。

「心臓に悪い罠ね」

 俺と薫は<記憶眼メモリーアイ>を使って罠のパターンを記憶した。


 俺たちは遭遇した罠を記憶しながら迷宮一階の奥へと進み、初めてルーク級の魔物と遭遇した。現れたのは斑熊だった。斑熊はルーク級下位の魔物で歩兵蟻と同等の強さを持っている。


 体長は二メートルほど、体重が二五〇キロを超えそうな大熊だった。特徴的なのは赤と黒で描かれた毛皮の斑模様である。


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