第239話 ルキとサラティア王女
数日後。
迷宮都市の趙悠館では、ルキとサラティア王女が伊丹から体捌きの基礎と投げ技を教わっていた。その傍らでは、俺とオディーヌ王妃が見物している。
幼い二人が着ているのは合気道の道着のような黒い袴と白い道衣である。アカネが用意したもので、二人も気に入っているようだ。
伊丹の合図でステップを踏み身体を右に捻る。次に左足を引きながら身体を左に向ける。基礎となる歩法の訓練だが、この基礎に習熟しているかどうかで上達の速度が違って来る。
「次は約束組手でござる」
伊丹たちが練習しているのは趙悠館の庭である。そこに
「エイ!」
サラティア王女がルキの片手を取ってクルッと回転しながら巻き込むようにしてルキを投げた。ルキは綺麗な受け身を取り立ち上がる。
「次はルキの番にゃの」
ルキが同じようなしてサラティア王女を投げる。その後しばらく、二人は楽しそうに投げの稽古を続けた。
「よし、そこまで」
伊丹が稽古の終了を告げると二人は伊丹にお辞儀をして王妃の方へ歩み寄る。
「お母様、どうでした?」
王女が王妃に尋ねると王妃は微笑みながら。
「二人共上手くなったわ」
王妃が二人を褒めている間に、世話係の侍女が二人に汗を拭くようにタオルを渡す。
「ミコト殿、王都の様子を何か聞いていらっしゃるかしら?」
俺は微妙に顔を強張らせる。
「王都では、相変わらずモルガート王子とオラツェル王子がいがみ合いを続けている様子です。直接言い争う事はなくなったようですが、派閥の貴族が集まり相手側を非難していると聞きました」
「もうしばらくは帰らない方が良さそうですね。済まぬがミコト殿……」
「承知しています。このまま御泊りになって下さい」
王妃は太守館の食事が口に合わなかったようだ。と言うか、趙悠館の食事が気に入ってしまったのだ。それでもいつかは王都に戻らなければならないので、侍女二人に趙悠館の料理を習わせている。
昼になり、腹が空いたので食堂へ向かう。
俺たちが食堂に入ると、趙悠館の住人でない者たちが定員二〇人ほどの席をほとんど埋めていた。近所の住人や美味い料理の評判を聞いた者が来ているのだ。
俺たちは食堂の一角にある泊り客専用のスペースへ行き席に座る。
壁に貼られているメニューを見た。料理名と値段、それに料理の絵が描かれていた。この町の識字率が五割ほどなので絵が無いと選べない者も居るのだ。
このメニューは日替わりで仕入れられた食材によりメニューが変わる。
今日のメニューは兎肉と根菜の煮物・鎧豚の生姜焼き・ロールキャベツなどがあり、他にクリームシチュー・野菜スープ・貝のスープもある。
醤油や味噌などの調味料が存在しないので、味は日本で食べるものとは少し違う。
昼飯を食べた後、俺とアカネは出掛ける支度をする。エヴァソン遺跡へ薫を迎えに行くのだ。
迷宮都市を出た俺たちは北門から岩山の方へと進み、岩山を削って造られた狭い道を通って海岸に出た。その海岸を北上しエヴァソン遺跡に到着。
真夜中を過ぎた頃、薫が転移門から出て来た。
よろけている薫を仮設寝台に運び横たえる。薫は祝日も利用し六日間の時間を作り迷宮都市に来ている。
朝日が昇った頃。
「うっ……おはよう」
薫が目を覚ました。周りをキョロキョロと見回している。
「お目覚めですか。お嬢様」
俺がふざけて返事をすると、
「お嬢様じゃないから。それより装備は有る?」
俺は頷き、魔導バッグから厚手のシャツやズボン、バジリスク革鎧、甲殻籠手、甲殻脛当て、神紋杖、ホーングレイブを取り出して渡す。
「ねえ、医師の二人や依頼人が趙悠館に居るんじゃないの。その人たちに私の事をどう説明するの?」
「新しい依頼人という事にする」
俺が言うと薫が、
「東條管理官たちにバレない?」
「報告書は俺たちが書くんだから大丈夫だよ」
薫は遺跡を見て回った。
久しぶりに来たエヴァソン遺跡は、大きく様変わりしていた。前回、薫が来た時には一〇〇人ほどしか居なかった犬人族も三〇〇人ほどに増え、壊れていた防壁も修理されている。
そして、魔導寺院らしき一画も綺麗に修復され、薫が一部だけ描き直した神紋付与陣を犬人族が使っているようだった。
とは言え、使える神紋付与陣は少なく、ほとんどの犬人族は『魔力袋の神紋』と『魔力発移の神紋』しか使っていないようだった。
俺たちは迷宮都市に昼過ぎに到着した。趙悠館の近くまで来ると薫はルキたちが生活している従業員宿舎の方へ向かった。
そこは趙悠館の裏通りを挟んだ場所で、二階建てのアパート風の建築物に従業員とルキたち、それと孤児たちが生活していた。
ルキたちは従業員ではなかったが、俺と伊丹の弟子という事で、ここに住んでいる。従業員宿舎の前にルキとミリアの姿があった。
「カオル様!」「カオルゥ」
ルキが走り寄ってカオルに飛び付いた。
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