第237話 アカネとグレイム中佐

 深夜に日本に戻ったアカネたちは、JTG支部で検査を受けた。その検査が終わりグレイム中佐たちと別れた直後、彼らが英語で話している会話が聞こえた。


「今回の任務で一番驚いたのは、ミコトと伊丹が竜を倒したと知った事ですね」

 ウォルターが言うとグレイム中佐とケント大尉が賛同した。


「しかも、あの二人だけで竜を倒したと言うじゃないか。そんな凄腕の案内人が居るとは驚きだ」

 グレイム中佐は特に魔導飛行バギーの発明者でもあるミコトに興味が有るようだ。一方はケント大尉は伊丹が情報にあった日本で魔法を使ったらしい人物だと確信し伊丹に興味を持ったようだ。


「あの二人、リアルワールドで魔法が使えるかどうか興味がありますね」

 そう言った時、ケント大尉の眼が鋭さを増した。


 聞こえた会話はそこまでだった。

「ミコトと伊丹さんはアメリカに目を付けられたようね。厄介事が持ち込まれないといいけど……念の為、東條管理官には報告した方がいいかしら」


 報告書を作成し、口頭で東條管理官に先程の会話と四日間の休暇を取る事を伝えるとアパートに戻った。

 そのアパートはJTG支部の近くにあり、寝る為だけに借りたこじんまりした部屋だった。

 一眠りしてから起きると昼を大幅に過ぎていた。


 スマホのメールをチェックすると大量の未読メールが溜まっている。差出人と件名をチェックして読む必要のあるものだけ選んで中身を見る。


 そのほとんどは友人からのメールである。その中で一つ目を惹くものが有った。警察学校の同期からのメールで婚約したと書かれていた。


「クッ、また一人独身仲間が消えていくのか」

 日本に居る間に結婚祝いでも贈らねばと思い、何にするか悩む。

 取り敢えず、メールでお祝いの言葉を送ると飲み会の誘いが来た。場所は東京駅近く、日時は明日だったので参加すると伝えた。東京の実家に帰るつもりだったので丁度いい。


 支度をしたアカネは東京へ向かった。実家に着いた頃には夜になっていた。久しぶりに家族で夜を過ごし、翌日東京駅へ出掛ける。


 駅周辺で何となく時間を潰してから待ち合わせした店に向かう。最近出来た本格的な日本料理を出す店である。

 中に入ると警察学校の同期四人が待っていた。


「あっ、アカネだ」

「お久しぶり」

 ここに集まった友人たちは、アカネ以外の全員が現役の女性警察官である。


「慶子、婚約おめでとう。式はいつなの?」

「正確な日取りは決まっていないけど、来年の予定よ」

 酒も入り、友人の結婚話で座が盛り上がった。


 結婚話で盛り上がった後、アカネの仕事が話に上がった。

「アカネは警察を辞めて、今何をしているの?」

「JTGで働いているのよ」


「へえー、まさか案内人じゃないわよね」

 友人の慶子がヤマカンで当てた。

「案内人じゃないわよ」

 嘘ではない。案内人ではなく案内人見習いである。


「ねえねえ、案内人は凄く儲かるって本当なの?」

「まあ、全員がと言う訳ではないけど、サラリーマンや公務員よりはそうかも。でも、危険な仕事よ」


「だったら、アカネは独身の案内人を捕まえるべきよ。お金持ちで、ほとんどの時間は異世界に居るんでしょ」


 昔、『亭主元気で留守がいい』という言葉が流行ったが、『亭主金持ちで留守がいい』と言いたいらしい。


 アカネは首を傾げ考えた。知っている案内人は何人か居るが、年齢的に結婚の対象として良さそうなのは伊丹か、同じ支部の案内人が二人ほどである。但し、伊丹以外の案内人は今一つ実力が劣る。


 支部の稼ぎ頭がミコトだという点からみても、他の案内人の実力が知れているとアカネは思った。実際はミコトが例外なのだ。あの年齢で支部トップの実績を叩き出すなど異常と言える。


「でも、伊丹さんはキャラクターが強烈過ぎるのよね」

 アカネが呟いた。


 飲み会が始まって一時間ほどした時、入り口からグレイム中佐と二人の連れが現れた。グレイム中佐はアカネを見付け近付いて来た。


「アカネ、偶然ですね。女性だけの飲み会ですか。どんな集まりなんです?」

「中佐、本当に偶然ね。私たちは彼女が婚約したのを祝う為に集まっているのよ。あなた方は?」


 グレイム中佐は後ろをチラリと見て、野性的で逞しい東洋人の男性を紹介した。

「ニュースでご存知かもしれませんが、韓国のハン・ビョンイク氏です。今日はアメリカ軍の調査に協力してくれるというので、お礼に食事に招待したのですよ」

 アカネはちょこんと頭を下げて挨拶した。


「うわっ、本物のハン・ビョンイクよ、竜を殺した人でしょ」

 慶子たちが声を上げた。グレイム中佐は、このままではまずいと思い、予約した個室にアカネを招いた。ミコトに伝言を頼みたかったからだ。


 グレイム中佐は慶子たちに、

「ちょっとだけ、アカネさんをお借りします」


 アカネとグレイム中佐たちは個室に入り、料理を頼むと話を始めた。

「この嬢さんは何者だ?」

 綺麗な日本語だった。財閥の御曹司として教育を受けたらしい。


「ああ、紹介が中途半端でしたね。マウセリア王国の迷宮都市でお世話になった案内人の方です」

「ほう、日本の案内人か……綺麗なお嬢さんとは珍しいな」


 アカネは自己紹介をしてから、グレイム中佐に探りを入れた。

「JTGで噂になっていますよ。アメリカが異世界で何か計画していると。ハン・ビョンイク氏も参加されるのですか?」


 グレイム中佐が困った顔をする。それを見たビョンイクが。

「隠す事はない。竜を倒した私の力を、アメリカは必要としてるんだろ」

 中佐が調査に協力とか言っていたが嘘だったようだ。


「そうですけど、これは極秘の計画なので……」

「何処が極秘なんだ。そのお嬢さんも噂になってると言っていたじゃないか。大体、アメリカの人材だけじゃ遺跡に行き着けないから韓国や日本の荒武者ローグウォーリアに声を掛けたんだろ」

 グレイム中佐が頭を抱えた。遺跡の件は極秘事項となっていたのだ。


 アカネはピンと来た。アメリカは未発見の遺跡を見付けたらしい。しかも関係者が日本を訪れていると言う事は日本の転移門から行ける場所で、アメリカが管理している転移門となる。


 沖縄の米軍基地にある転移門しか有り得なかった。しかもグレイム中佐が売買交渉した魔導飛行バギーは基地の転移門から転移した先に届ける約束になっている。


 グレイム中佐が大きな溜息を漏らす。

「アカネさん、この場での事は誰にも言わないで下さいね」

 アカネは承知したが、その約束が守られるとは中佐も思っていないうようだ。


「それでミコトに伝言とは何ですか?」

「ああ、そうでした。魔導飛行バギーを届けるついでに簡易魔導核を一〇個手に入れて欲しいのです」


 アカネは顔を顰めた。迷宮都市で簡易魔導核を使った魔導武器が作られているのは周知の事実である。迷宮都市の誰かから情報を入手したのだろう。


 但し、どうやら簡易魔導核がミコトたちが開発したものだとは知らないようだ。

 アカネは考えた。異世界での売買なので日本とは関係ないのだが、東條管理官に話を通さないとまずいだろう。


「JTGが承知するなら、ミコトも引き受けると思います」

「問題ありません。今回の作戦は日本政府も協力すると言っています」

 どうやら両国の政府同士で話が進められていたようだ。


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