第236話 大銀狼とゴブリン語
翌日、身体の調子も元に戻ったグレイム中佐たちを連れ、俺と伊丹は魔導迷宮へ行く途中にある森に向かった。
中佐たちには黒大蜥蜴の革と軍曹蟻の外殻を組み合わせた上等な部類に入る防具を装備して貰う。今日行く森にはゴブリンの群れと手強い魔物が居るからだ。
魔法が使えるようになりたいと言う依頼は結構多い。特に成功した人物がクルーザーや自家用飛行機を買うような感覚で魔法が使えるようになりたいと依頼して来る。
そんな時、大抵の案内人は弱い魔物を狩り魔粒子を浴びて貰い、最低限の魔法が使えるように予定を組む。
一方、俺の所では『魔力袋の神紋』を授かった後、必ず強い魔物を仕留め、濃密な魔粒子を浴びて貰う事にしている。そうする事で多彩な神紋に適性を示せるようになる可能性が高くなり、特に第二階梯や第三階梯の神紋を授かるには必須とも言えるからである。
と言っても、魔粒子だけが条件ではなく、その人の体質や素質も関係してくるので濃密な魔粒子を浴びたからと言って必ず第二階梯や第三階梯の神紋に適性を示すようになる訳ではない。
今回の狩りで狙うのは大銀狼である。体長三メートルの巨狼で魔導迷宮へ向かう途中の森に住み着いたので退治してくれという依頼がハンターギルドに有るのを見付けて引き受けた。
どうせ魔導迷宮へ行く予定なので、障害物となる大銀狼を狩ってしまおうと考えての事である。依頼人と一緒に行くのは危険ではないかとアカネが心配したが、伊丹と二人なら大丈夫だろう。
森の北側に入ってから、ウォルターは不安になり尋ねた。
「なあ、魔法を使えるようになるには魔物を仕留め魔粒子を浴びる必要が有るのは理解しているが、そんな大物を狙う必要が有るのか。大銀狼と言えば、フェンリルじゃないのか?」
フェンリルとは北欧神話に出て来る巨大な狼で最高神であるオーディンを呑み込んだとの伝説も有る。
「ここは北欧じゃないですよ。相手はデカイ狼というだけ」
「心配めさるな。馬よりちょっと大きいだけでござる」
この案内人たちは常識から相当ズレているとケント大尉は感じた。その証拠に、馬より大きいと聞いてグレイム中佐が顔を青褪めさせている。
ハンターギルドの資料で調べた限り大銀狼に特別な能力はなく、素早さとパワーだけが取り柄の魔物らしい。
俺と伊丹なら問題なく仕留められるレベルの魔物である。森を調べ始めて二時間後、俺たちは大銀狼と遭遇した。
初めて見る巨大な魔物にウォルターとグレイム中佐は怯えた。一方、ケント大尉は目を輝かせた。
「なあ、昨日の雷黒猿は譲ったのだから、こいつは自分に戦わせてくれ」
自信が有りそうな大尉の言葉に、どうするか迷った。
「危険になったら、助けに入りますからね」
ケント大尉が頷き、薫が使っていたホーングレイブを持って前に進み出た。
ケント大尉の身体から魔力が溢れ出すのを感知した。『
大銀狼が素早い動きで大尉に飛び掛かり巨大な顎門で彼の頭を噛み砕こうとする。大尉は魔力で強化された脚力で地を蹴り、巨大狼の攻撃を躱す。大銀狼が追撃し前足の爪で大尉の胴体を薙ぎ払おうとした。
ケント大尉は跳び上がり巨大狼の背中に飛び乗った。次の瞬間、ホーングレイブが狼の首をザクリと切り裂く。
狼は悲鳴を上げ、地面を転げ回って大尉を背中から振り落とした。地面に飛び降りた大尉は巨大狼を睨み、呪文を詠唱すると<
火花を散らす雷の槍が宙を駆け巨大狼の眉間に突き刺さった。狼の四肢が痙攣を起こしバタリと倒れた。素早く近付いたケント大尉は、ホーングレイブを突き出し大銀狼の喉にトドメの一撃を加えた。
ケント大尉が得意そうなドヤ顔でこちらを見てニッと笑う。
「さすがです。凄いですね」
「お見事でござる」
俺と伊丹は大尉の腕前を褒める。
ケント大尉の実力はトップクラスのハンターと較べても遜色ないほどのものだった。素早さを誇る魔物に比肩するスピード、威力の有る攻撃を捌く体術、それに防御力の高い魔物を仕留めるだけの攻撃力、どれもが一流の域に達している。
神紋も<
とは言え、同じ攻撃魔法でも第二階梯の『雷火槍刃の神紋』を元にするか第三階梯の『
俺は<
俺と伊丹は経験上知っているが、只の一流の技量で倒せるのはルーク級の魔物までである。それ以上の魔物を狩るには、大勢で仕留めるか、何か切り札が必要になってくる。
俺は大銀狼の息の根が止まったのを確認し、ウォルターとグレイム中佐を招き寄せ、魔粒子を浴びて貰う。
『魔力袋の神紋』を授かった後、初めて濃密な魔粒子を浴びたウォルターとグレイム中佐は少し気分が悪くなったようだ。二人には休憩して貰い、俺と伊丹で大銀狼を解体し毛皮と魔晶管・魔晶玉を回収した。
休憩が終わり、ウォルターとグレイム中佐の顔に血の気が戻った。
この森に来た目的は、もう一つ有る。ゴブリンを捕獲してゴブリン語で会話する事である。伊丹もゴブリン語が出来るので、会話は伊丹と練習すればとも考えたが、本物のゴブリンの声帯は人間のものとは少し違うので本物のゴブリンと会話する方が後々役に立つと伊丹と話し合った。
森の南側に移動した俺たちはゴブリンを探した。
森の中を歩き回り、狩りをしているゴブリンたちを見付け様子を見る。
『グギョギ ゲグリボ(獲物 逃げた)』
『ギュベ ビュグレ ジュヴァ(捕まえろ 追え 叩け)』
ゴブリンが追い掛けているのは跳兎である。棍棒を持った三匹のゴブリンが跳兎を捕まえようと森の中を駆け回っている。
棍棒を振り上げたゴブリンが右と左から跳兎を追い詰めようとした。二匹のゴブリンが同時に跳兎に飛び掛かり棍棒を振り回した。
跳兎が後ろに飛び下がる。ゴブリンの振り回した棍棒は標的を失い近くの味方に命中。
『グギャ(痛え)』
『……』
二匹のゴブリンが
『ヒギャウ ダビュカ バビャウ(馬鹿 何を狙っている)』
『ヴォビシ ヒギャウ(お前こそ 馬鹿)』
俺たちはドタバタ喜劇のようなゴブリンたちの行動を観察しながら、ゴブリンたちの会話に耳を澄ました。
一〇分ほどドタバタ喜劇を続けた後、ゴブリンたちは跳兎を捕まえた。
『グゲゴー(やったー)』
喜んでいる三匹のゴブリンを伊丹と二人で捕獲した。捕獲されたゴブリンは紐で縛られしょんぼりしている。
それから尋問タイムが始まった。ウォルターとケント大尉はゴブリン語で奴らに話し掛け、様々な事を聞き出した。ゴブリン語の発音は難しいようだったが、三時間ほどで会話が成り立つようになった。
夕方になりウォルターの意見でゴブリンたちを開放し迷宮都市に戻った。
その後、魔導飛行バギー工場の見学、魔導寺院で神紋を授かるなどして要望を片付け何とか依頼を完遂した。
因みにウォルターは『念動術の神紋』、グレイム中佐は『湧水術の神紋』を選び、それぞれの応用魔法を取得した。グレイム中佐が『湧水術の神紋』を選んだ理由は<
<
どうやら近い将来、趣味に打ち込めるほど長期間異世界に滞在する予定が有るようだ。
今回の依頼はゴブリン語の習得がメインだったので、次のミッシングタイムには帰還する契約になっていた。グレイム中佐たちと一緒に戻るのはアカネである。
前回は俺と伊丹が戻ったので、休暇を兼ねてアカネが日本へ戻って貰う事にしたのだ。数日後、ミッシングタイムの日に旧エヴァソン遺跡へ出発した。
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