第235話 アメリカ兵と異世界

「ケント大尉は雷黒猿と戦った経験が有りますか?」

 俺が質問すると大尉は首を振り。

「いや、初めてだ」

「だったら、こいつは俺たちに任せて下さい」


 大尉が承知したと返事をしたので、俺と伊丹がスルスルと前に出た。そこに巨大な黒い猿が現れた。狼たちは雷黒猿に追われて、俺たちの前に現れたらしい。


 その大猿は二メートル近い巨体をゆすりながら現れ、血走った眼で俺たちを睨み付けた。倒れている狼たちを見付けると獲物を横取りしたのかと怒りを現し唸り声を発した。


 唸ると同時に額から突き出た黒い水晶のような角がバチッと火花を飛ばす。雷黒猿と戦う時に注意しないとならない事が有る。奴の角と爪の攻撃を受け止めてはいけないという点だ。角と爪からは強烈な雷撃を放つので下手に受け止めると感電するのだ。


 しかも体全体に弱い雷撃を纏っているので、こちらが攻撃しても自動的に雷撃で反撃される。そうなると剣や槍による攻撃は不可能になるのだが、方法は有った。


 武器に魔力を纏わせ攻撃するのだ。反撃の雷撃を完全には防げないが耐えられる程度にまで弱まる。


 大猿が伊丹に飛び掛かり凶悪な爪で喉を引き裂こうとした。伊丹は爪を躱し魔力を注ぎ込んだ豪竜刀で大猿の脇腹を斬り裂いた。ビリッと雷撃を感じた伊丹が歯を食いしばる。


 甲高い咆哮が響き大気を震わす。益々怒った雷黒猿は爪を熊手のように広げ、全てを引き裂こうとするかのように暴れ始めた。


 俺と伊丹は雷黒猿の攻撃を躱しながらチャンスを待つ。五分ほど暴れた大猿が息を大きく吸い込んだ時、隙が生まれた。


 俺は魔力により赤く輝く邪爪鉈を大猿の足に叩き込んだ。その一撃で奴の右足の膝が破壊された。

 そのチャンスを伊丹が逃すはずがなく、豪竜刀が雷黒猿の首にスルリと入り撫で切った。次の瞬間、真っ赤な血が噴水のように飛び散り、戦いの終焉を告げた。


 雷黒猿を倒した俺たちは、角と魔晶管・魔晶玉・皮を剥ぎ取り戦利品とした。

 この時もグレイム中佐とウォルターに雷黒猿から放たれる魔粒子を浴びて貰ったので『魔力袋の神紋』を授かれるだけの魔粒子が彼らの身体に蓄積されただろう。


「案内人とは凄まじい者なんだな」

 グレイム中佐が言うとケント大尉が否定する。

「いや、案内人の全てがあんな戦闘力を持っている訳では有りませんよ。彼らが特別なんです」


 その後、迷宮都市に向かった俺たちは昼過ぎに到着した。北門近くの飲食店で迷宮都市の名物料理モシキシを注文し、鳥肉と幾種類かの樹の実を煮込んだ料理を味わって貰った。

 ここでちょっと疲れた様子を見せているグレイム中佐とウォルターに一休みして貰う。


 今回の依頼は短期間の予定なので、依頼人には少し無理をして貰う必要がある。

 しばらくして、グレイム中佐とウォルターも回復したようなので、魔導寺院に連れて行き『魔力袋の神紋』を授かって貰い、趙悠館へ戻った。


 初めて神紋を授かった二人は、予想通りぐったりしていた。そこで、依頼人たちには部屋を用意し休んで貰った。


 依頼人たちが部屋に消えると、俺はアカネと伊丹を呼び部屋で打ち合わせを始めた。

 まずは依頼の内容をアカネに説明した。

「簡単な依頼じゃないですか。グレイム中佐とウォルターさんがどんな神紋を選ぶかは問題ですけど、カオルの協力で一通りの応用魔法は揃っていますから、何を選んでも対応出来ますよ」


 アカネの言う通り、迷宮都市の魔導寺院で手に入れられる神紋に関する応用魔法は調査済みで、その全てを俺が記憶していた。その情報を日本に居る薫に伝え、薫は情報を元に新たな応用魔法を開発している。


 例えば『念動術の神紋』を元に<マッサージ>や<加速>、<回転>などを作り出した。<マッサージ>はマッサージチェアと同じ要領で身体の筋肉を揉みほぐす魔法、<加速>は投擲した石などを加速させる魔法、<回転>は指定した速度で物を回転させる魔法である。


 使い方によっては便利な魔法だが、第一階梯神紋なので出力は弱い。『念動術の神紋』の基本魔法は<念動>であり、これを使ってスプーン曲げやポルターガイスト現象を起こせるが実用的ではない。


 因みに<念動>で敵の心臓を止めるとかは出来ない。対象が生物だと魔力が妨害されるようなのだ。


 ケント大尉はグレイム中佐に割り当てられた部屋に行った。

「どうした、大尉」

 寝ていたのかグレイム中佐の服がシワになっていた。


「お疲れのところ申し訳ありません。中佐にご相談が有って参りました」

 部屋の中には小さなテーブルと椅子が四つ有る。その椅子に座りケント大尉が話し始めた。

「中佐、伊丹がどれほど強いと思いますか?」


「どれほどと言われても困るよ。私は軍人であっても格闘技や戦闘術が専門じゃないからね」

「まあ、そうでしょうね。彼らは十分に強いと思うのですが、竜を倒すほどの強者でしょうか?」


 グレイム中佐は猿の化け物と戦った時の彼らの動きを思い出してみた。

「可能性がないとは言わんが、我が国でも竜を倒した者はトップクラスの者だけだろう」


 アメリカは荒武者が世界一多い国である。強くなるためだけに異世界に滞在し、魔物を狩り続けている者たちの中でも竜を倒すほどの実力を持つ者は少ない。


 それに竜を倒したと確認された実力者でも多人数で亜竜族を倒した者たちが多く、『竜の洗礼』を受けてはいない。


「伊丹らしい男が日本で魔法を使ったと言う情報が入ったので、上から調べるようにと命令が来たのです」

「ほう……竜を倒すとリアルワールドでも魔法が使えるようになると言うのは本当なのか」


 ケント大尉が首を傾げた。特殊訓練部隊でも本当に魔法が使えるようになるか確かめる為に、精鋭十五人で邪竜種コカトリスを討伐する作戦が実行された。


 犠牲者を出しながらもコカトリスを倒し、その濃厚な魔粒子を浴びたがリアルワールドで魔法が使えるようになった者は居なかった。


 アメリカ軍は噂がデマなのか、竜の種類によるのか判断出来ていない。

 だが、リアルワールドで魔法が使える者は存在すると軍は知っていた。そして、日本政府が魔法をプレゼンテーションした時、日本にも一人は魔法を使える者が存在すると確信した。


「分かりません。ですが、竜を倒せるほどの強者ならスカウトしたいのです」

「それで、私に相談と言うのは何だね?」

「伊丹とミコトと行動を共にする時、何か気付いたら私に教えて欲しいのです」


「それくらいなら構わんが、ミコトもなのか? ……未成年だぞ」

「あの少年は十分強いですよ」


 中佐たちは知識の宝珠でミトア語が喋れるようになるとミコトたちが灼炎竜を倒した事実をあっさりと知った。趙悠館に居る誰もが知っていたのだ。


 ウォルターとケント大尉は以前からミトア語を少し話せたが、ミトア語とゴブリン語の知識の宝珠を選び、ミトア語の知識を完全なものにした。これはアメリカ軍が費用を出している。


 一方、グレイム中佐は自費で知識の宝珠を買いミトア語を習得した。ミトア語を習得する絶好の機会を逃したくなかったようだ。


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