第234話 アメリカのゴブリン

 JTGでの事務仕事を終わらせ、銀行口座に振り込まれた給与と報酬を確認した。鼻デカ神田とマッチョ宮田の勤務する大学病院が年間契約してくれたので、報酬がかなりの額になっていた。


 大学病院では迷宮都市にちゃんとした病院と研究施設を建設するつもりでいるようなので、顔の広いアルフォス支部長に頼んで土地を探して貰うのがいいかもしれない。


 異世界に転移する間際になって、東條管理官から仕事を一つ任された。米軍関係の依頼らしく、断れない事情の有る仕事のようだ。


 米軍は何故か言語知識の詰まった知識の宝珠の存在を知っており、ゴブリン語を習得させたい人物がいるらしい。


 オークが送り込んだゴブリンが、どうやらアメリカで生き延び繁殖を始めたようなのだ。場所はフロリダ州のエバーグレイズ国立公園を含む一帯で、ゴブリンの強敵はワニくらいしか居らず、樹海などより暮らしやすいと思われる。


 ゴブリンは有名な魔物だが、その生態はあまり知られていない。そこでゴブリン語を習得しゴブリンの研究に役立てようと米軍は考え依頼を出したようだ。


 この依頼で迷宮都市に行く依頼人たちは三人、ゴブリン語を習得する異世界生物研究者と軍人一人、それに魔導飛行バギーの売買交渉で知り合ったグレイム中佐だった。


 転移する前の顔合わせで、グレイム中佐に何故迷宮都市に行くのか尋ねる。

「魔導飛行バギーが作られている現場を見てみたいのだよ」

 と答えてくれた。


 迷宮都市では魔導飛行バギーと簡易魔導核を使った魔導武器の製造工場を建設中だった。場所は貧民街近くの旧魔導寺院跡である。


 建物の一部は完成し魔導飛行バギーの製造を始めているので、その工場を見学させればいいだろう。アメリカは魔導飛行バギーの技術が欲しいのだろう。しかし、工場の製造作業を見ても肝心な浮揚タンクの秘密は分からない。核となる逃翔水の製造は俺一人で行っているからだ。


 三日後の夜、伊丹と俺はアメリカ人三人を連れて転移した。旧エヴァソン遺跡で朝が来るのを待つ。転移門の有る部屋には簡易寝台が七つ用意されていて依頼人には仮眠を取って貰った。


 朝が来て依頼人を起こすと朝食の準備をする。灼熱陸亀の甲羅を削り出して作ったフライパンで鎧豚のハムを焼いて朝食にする。


 グレイム中佐が不思議そうに朝食を作っている俺を見ていた。

「火もないのに加熱出来るんだな。どうやっているのだ?」

 中佐を含めた三人は日本語を喋れるので、会話は日本語である。


「ああ、このフライパンは魔道具なんですよ。魔力を注ぐと加熱するんです」

「便利なのものだな。ケント大尉、君の部隊もこんな魔道具を使っているのかい?」


 ケント大尉はアメリカ陸軍特殊訓練部隊の精鋭で異世界における兵士育成プロジェクトの一員だった。年齢はグレイム中佐より一〇歳ほど若い三〇歳前後で逞しい体格の日系四世である。


「残念ながら有りません。魔道具は高いですから」

「これは灼熱陸亀を狩って作ったものなので安かったですよ。加工賃が銀貨三枚です。───但し、魔力を流し込める者にしか使えませんけど」


 ケント大尉が何か気付いたようにハッとする。

「『魔力発移の神紋』か。聞いているよ。自衛官の間で人気だそうだね」

「まあ……攻撃魔法ばかりが注目されてますけど、本来はこういう魔道具が使えるようになる便利なものなんです」


 俺は『魔力発移の神紋』を持っていないけど、躯豪術が代わりに使える。他にも魔力を体外に放出する方法は有るらしく、中国では気功を取り入れた方法を使っていると聞く。

 中国の案内人に知り合いは居ないが、百歩神拳とかの遣い手が現れても不思議ではない。


「ケント大尉は特殊訓練部隊だと聞いてますが、どんな部隊なの?」

 若さの特権で遠慮なく聞いてみた。米軍の機密事項に抵触するなら『言えない』と言うだろう。


「私の部隊は異世界バルメイトの環境が兵士の身体にどのような影響を及ぼすのかを研究している部隊だ。特に魔導細胞と魔法に関して注目している」


 ケント大尉は嘘を交えて説明した。異世界バルメイトの環境が兵士の身体にどう影響するかを研究しているのは本当だが、真の目的は如何にして強い兵士が育成出来るかだった。


「そんな部隊が何故ゴブリン語を求めるのでござる?」

 伊丹が不審に思い尋ねた。

「我々の部隊は長く異世界に駐屯している為、魔物の扱いが得意とする者が増えました。その技術と知識が買われ、私と数人のメンバーがフロリダでゴブリン掃討作戦をしている部隊に参加する事になったのです」


 伊丹は苦労するだろうと思いながら、

「それは大変でござるな。日本のように狭い国土なら掃討するのも簡単でござるが、アメリカのような広大な国土を持つ国では困難な任務となろう」

「ええ」

 返事をしたケント大尉が苦笑する。


「アメリカでゴブリンの被害が出ているのですか?」

 俺が尋ねると大尉が頷き話してくれた。


 オークが送り込んだと思われるゴブリンの存在が解った時、州知事は州兵の部隊を投入し全滅を命じた。その結果、転移門の周囲が州兵により包囲されゴブリンの全てが射殺されたと一時は報告されたらしい。


 だが、その二週間後、ジョニー・ウォカーという大学生がゴブリンを見たと証言した。

「彼はたまたま双眼鏡を持って近くの自然公園に行き、勉強熱心なあまり異性間交渉学の研究を行っていたそうだ。……因みに、この自然公園はカップルで訪れる者が多い」


「勉強熱心って……単なる出歯亀じゃないか!」

 俺は思わず突っ込んでしまった。その突っ込みにケント大尉がニヤリと笑う。


「目的はどうあれ……彼が公園内を散策していると、茂みの中でガサゴソと音が聞こえたらしい。そして、そっと近付き見てみると……二匹のゴブリンがイチャイチャしていたそうだ」


 ゴブリンは繁殖力の旺盛な種族である。

「その様子を見たジョニーは、何故かイラッと来たそうだ。そして、やってはいけない事をしてしまった」

 何だろう……彼は何をやったんだ?


 伊丹も気になったのか。

「彼は何をやったのでござる?」

「ジョニーは『ゴブリンのくせにイチャイチャすんじゃねえ』と叫んで石を投げたんだ」

 俺と伊丹は目を丸くして驚いた。アメリカは広いな。そんな馬鹿も生きているんだ。


 石はメスゴブリンの背中に当たったらしい。オスゴブリンは激怒しジョニーに襲いかかりボコボコにした。倒れたジョニーにオスゴブリンがペッと唾を吐き掛け、メスゴブリンの腰に手を回して去って行ったそうだ。


 数時間後、人間のカップルがジョニーを発見し救急車で病院に運ばれた。ケント大尉の話を聞いて、その場の雰囲気がどんよりとしたものになった。


「私は同じアメリカ人として、とても恥ずかしい」

 異世界生物研究者のウォルターが言う。同感だとケント大尉とグレイム中佐が頷いた。


 朝食を食べ、支度をすると迷宮都市に向け海岸線を南へと出発する。軍人の二人には槍を、ウォルターには山刀を護身用武器として渡した。


「この当たりには魔物が出るのか?」

 グレイム中佐が尋ねた。

「ええ、海岸にはワタリ大蟹や灰色海トカゲが出ますけど、我々が付いていますから危険は有りません」


「ほお、中々頼もしいな。ケント大尉も鍛えているようだが、魔物との戦いは慣れているのか?」

「もちろんです。魔導細胞の比率を高めるには魔物と戦うのが一番ですから」

 俺は特殊訓練部隊の者がどういう戦い方をする興味を持った。


「ケント大尉は普段どんな武器を使っているのですか?」

「グレイブだ。大剣甲虫から剥ぎ取った剣角に長い柄を付けて使っている」

 以前に薫が使っていた武器なのでよく知っていた。


 岩山の手前で長爪狼の群れに遭遇した。この辺りに居るのは珍しい。それに俺と伊丹が居る所に近付いて来るのもおかしい。魔物は気配に敏感で『竜の洗礼』を受けた俺たちを恐れ、逃げる傾向にあるからだ。背後に何か居るのかもしれない。


 長爪狼七匹は俺と伊丹、ケント大尉の三人で瞬く間に倒した。俺はケント大尉の戦い方を見ていたが、ゴブリンくらいなら問題なく倒す。技量は中々高かった。


 『躯力強化くりょくきょうかの神紋』も持っていそうなので軍曹蟻やオーガならソロで倒せるレベルだろう。だが、今の戦いは本気ではなかったと判っている。


 他にも攻撃魔法が使える神紋を持っていそうなので、本気を出したら、どれほど強いのかは判断付かない。


 取り敢えず、異世界が初めてだというグレイム中佐とウォルターには、長爪狼の死骸から放出される魔粒子を浴びて貰った。依頼のオプションとして、何か一つでも魔法を体験したいと言う要望があったからだ。


 二人が死骸の前で深呼吸している時、長爪狼の群れが来た方角から迫力のある咆哮が空気を震わせた。グレイム中佐とウォルターがビクッと肩を震わせる。


「雷黒猿の吠え方だな……常世の森から迷い出たようでござる」

 俺は邪爪鉈を抜き、伊丹も豪竜刀を抜いて構えた。二人の体からは、長爪狼の時と較べ桁違いの覇気が放たれる。


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