第233話 魔導飛行バギーの納品
伊丹が休暇を楽しんでいる頃。
俺と薫はマナ研開発で魔導飛行バギーの運搬方法を検討していた。日本政府に売るものはミズール大真国の辺境都市シンガの近くに存在するコウラム遺跡へ運べば良い事になっている。
コウラム遺跡は自衛隊がオーク社会に偵察部隊を出した時に使われた転移門が存在する場所で、今では自衛隊の駐屯地みたいな場所となっている。
迷宮都市から見ると南西に位置し直線距離で五〇〇キロほどの場所に在る。魔導飛行バギーで飛んでいけば、三、四日で行ける距離なので問題ない。
しかし、アメリカ政府が買った魔導飛行バギーは、沖縄の米軍基地にある転移門から転移した場所まで届けなければならないので大変である。
魔導飛行バギーで行けば一〇日以上掛かる。全く知らない土地を一〇日以上も旅するのは不安だった。直線距離で飛べれば三、四日で到着するのだが、危険な樹海や山の上を飛ぶのはリスクが大き過ぎる。
課題として上げたのは魔導飛行バギーのスピードアップである。
どうやってスピードアップするか。一つは魔導推進器の馬力増強だ。単純な馬力増強では燃費が悪くなるので、補助神紋図を改良し大気圧縮率の向上と噴射速度の増強を図った。
この事によりスピードアップの目処は立ったが、搭乗者の受ける風圧が洒落にならない強さになる事が判明した。
「迷宮都市のガラス技術を向上させて、ガラスで風防が作れないの?」
薫が提案すると同時に疑問を投げ掛けた。
「長期的には可能だけど、短期間には無理だな。それより鬼王樹の樹液が使えそうだと考えているんだ」
「鬼王樹……たしか魔導迷宮の七階に生えている肉食樹……」
「そうだ、甘い香りで動物や魔物を誘って棘のある触手で捕獲し食べる樹型魔物なんだけど、この甘い香りの元になる透明な樹液は熱を加えた後に冷却するとガラスのように固まる性質が有るんだ」
「へえ、アクリル樹脂みたいなものなのね」
「まさに、それだよ。かなり使い勝手の良いものなんだけど……」
俺は口ごもった。その続きは薫が言う。
「手に入れるには魔導迷宮に挑まなければならないか。キツイらしいね」
魔導迷宮は様々な罠が有ると聞く。その罠を突破するには情報を仕入れる必要がある。
「罠に注意しながら進めば大丈夫だろ」
もう一つのスピードアップ案は機体デザインの変更である。もう少し空気力学を考慮した機体設計をしようと考えている。
具体的には魔導飛行バギーの先端部分の形状を空気力学を考慮した形に変える事で風の抵抗を弱めようと考えたのだ。この研究には地元大学の教授に助けを求めた。研究資金を援助し、最適な形状の魔導飛行バギーを設計して貰っている。
魔導飛行バギーだけではない。魔導飛行船の残骸を手に入れたので、未来的な魔導飛行船を設計して貰おうと計画している。乗客二〇名ほどと五トンの貨物を乗せ時速二〇〇キロで飛ぶ飛行船である。
この魔導飛行船に乗って異世界の各地を回るというのが夢の一つになっている。
魔導飛行バギーについては目処が立ったので、薫がマナ研開発の近況を教えてくれた。
「政府が発表して以来、各国の首脳が魔法を見せろと言って来ているらしいの」
実際に自分で見なければ本物だと確信が持てないのだろう。アメリカ、イギリスなどの欧米諸国や中国、韓国などのお隣さんからも問い合わせが来ているようだ。
「どうするつもりなんだ?」
尋ねると薫が悪い顔をした。
「タダでは見せられないから、ちょっと費用を請求しようと考えてるのよ」
幾らぐらい請求するのか訊いてみると驚き呆れた。かなりのボッタクリである。原価の百倍くらいを請求する気らしい。
「それぐらい高い方がありがたみが出るからいいのよ」
魔法の中身は例の極小竜である。但し、召喚する数は三匹に減らすようだ。
後日、外交官の手で運ばれ、各国首脳の前で披露されると一緒に見学していた魔法研究家は顔を赤らめ興奮し、軍人は顔を青褪めさせたと聞くことになる。
「アメリカや中国はどう動くかな?」
薫が不安そうに言う。活性化魔粒子の存在が公開された今、大国は活性化魔粒子を探せる人材を求めるに違いない。そうなると竜を倒したと言う荒武者の存在が注目されるだろう。
これまでに竜を倒したと名乗り出た荒武者は二十七人もいる。この数は俺と伊丹と除いたもので、ほとんどが
その中で本当に竜を倒せそうな実力のある者は七人だけだと東條管理官から聞いていた。
また、各国の軍関係者の中には、転移門が発見された当初から異世界に在住し、どうやったら強くなるかを研究している者たちが居るらしい。
普通のハンターは生活費などを得る為に魔物狩りや採取をしている。だから有効な狩りの方法を見付けると繰り返し同じ狩り方を続ける傾向にある。
ある者は罠を仕掛け
だが、それでは竜を倒すほどの強者にはなれない。ポーン級中位のゴブリンを倒せるようになったら、上位のホブゴブリン、それを倒せるようになったらルーク級下位の足軽蟷螂を、というように階段を登るように一歩ずつ強い魔物を狩れるようになるのが強いハンターになる一番の近道だと言われているからだ。
各国の軍は独自のノウハウを積み重ね、強い兵士を育てている。
同じ事を民間でやっているのが荒武者たちだった。
「大国はマナ研開発の事をすぐに探り出すぞ。そうしたら技術情報をどうにかして手に入れようとするだろう」
薫はここのセキュリティーについて説明した。
ここの研究で中心となる技術は神紋術式解析システムと魔導基盤製造装置に集約されている。この二つが置いてある部屋は厳重な警備の下にあり、資格のない者は絶対に入れないようになっている。
また、セキュリティーシステムの専門家でもある薫は、各システムに使われているデータを暗号化しパスワードを知らないと使えないようにしていた。
「十分なセキュリティーレベルだと思うけど、問題は何処かの馬鹿が力尽くで押し入って情報を奪おうとした場合だな」
「魔法に依る監視システムと撃退魔法を組み立てようかな」
いい考えだ。俺は薫のアイデアに賛成した。
翌日、JTG支部へ行くと東條管理官に捕まった。
「ミコト、アメリカの連中が魔導飛行バギーを届ける時には、お前と伊丹も一緒に来て欲しいと依頼して来たぞ」
届ける時は伊丹と一緒に行こうと考えていたので問題はない。しかし、俺と伊丹に何の用が有るのだろう。
「どんな用が有るのか。知っていますか?」
「予想は付く。自衛官に教えた応用魔法に興味があるようだ」
薫が開発しマポスたちにも教えた『魔力発移の神紋』の応用魔法だ。
使い勝手がいいらしく、異世界で活動している自衛官の間で習いたいという者が増え、倉木三等陸尉から他の自衛官に教えてもいいかと許可を求めてきた。それで正式に自衛隊とライセンス契約を結んでいる。
「俺と伊丹さんは『魔力発移の神紋』を持っていないんですけど」
「何だと、お前たちは使えないのか?」
「あれは迷宮都市で仲良くなった猫人族の友人に教える為に開発したものなんです」
東條管理官には、自分の持つ全ての神紋を報告している訳ではない。それは東條管理官も承知しており、『魔力発移の神紋』を持っているものだと勘違いしていたようだ。
「ふむ……持ってなくとも知識が有れば問題ないだろ。教える場合はライセンス契約を結べ。JTGにも手数料が入るから業務の一環だぞ」
JTGの仲介で応用魔法などのライセンス契約を結ぶとJTGにも手数料が入る決まりになっている。因みに契約料は俺がネコババしている訳ではない。ちゃんと開発者の薫に渡している。
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