第232話 クロエの魔法使い
病院の入口付近が騒がしくなったと思うと数人のスマホを手に持った青年たちが病院に入って来た。その青年たちはクロエが病院に来ていると騒いでいる。病院なのに迷惑な奴らである。
「サトル、クロエって誰だ?」
それを聞きとがめたおばさんがクロエについて教えてくれた。クロエというのは、現職大臣の姪で歌手の
「なあ、サトル。クロエって有名なのでござるか?」
「有名だよ……クロエはね、歌が超うまいんだよ。それでね、ダンスが超下手なんだ」
伊丹はコメントに困った。天は二物を与えずと言うが、その通りのようだ。
「そうなのか。拙者は仕事で外国へ行く事が多いので全然知らないのだ」
「ふーん、日本に居なかったの」
クロエのファンらしい数人の男たちが受付カウンターでクロエの病室を聞いていた。
「教える事は出来ません」
「どうしてだよ。俺たちはお見舞いに来たんだぞ」
「ご家族か、関係者以外には教えられません」
「だったら怪我の具合だけでも教えてくれよ」
「それは個人情報になりますのでお教え出来ません」
その時、ファンの一人がスマホを見てあっと叫んだ。
「クロエが屋上に居るんだって」
ファンの男たちがエレベーターに向かった。どうやら患者の一人がクロエを見掛け、ネットに情報を流したらしい。
「伯父さん、僕たちも屋上へ行ってみようよ」
「クロエに会いたいのでござるか?」
「うん」
伊丹はファンだという男たちが気になったのでサトルの手を取り屋上へと向かった。屋上に上がると足を怪我したらしい一人の女性が数人のファンに取り囲まれていた。
可愛い感じの女性で二十代後半だろう。
「済みません。病室に帰るので通して下さい」
ファンの一人がクロエの前に立ち塞がり。
「ねえ、もうちょっといいでしょ」
もう一人のファンは遠慮なしにスマホで写真を撮っている。
こいつらが本当にクロエのファンなのか疑問に思った。ファンならクロエの体調を一番に心配し、病室に帰るというクロエを引き止めるような真似はしないだろう。
「やめろ!」
伊丹が声を上げるとファンの男たちが嫌な目付きで伊丹を見た。まだ若い、大学生くらいだろうか?
「チッ、気分悪いぜ。折角クロエちゃんと写真取ろうとしてたのによ」
「おっさんは黙ってろよ」
「ファンなら彼女に気を使え。それに許可もなく写真なんか撮るな」
ファンの一人が近付いて来た。伊丹の襟を掴み凄む。
「ごちゃごちゃと五月蝿えんだよ」
伊丹は手の甲にあるツボを指で押え捻り上げる。
「痛ってててて……は、放せ」
伊丹は漠然としたデジャヴを感じた。昔見た映画かテレビドラマに同じようなシーンが有ったのかもしれない。
残りのファンが手を捻られている男を助け出そうと伊丹に詰め寄った。
伊丹は取り囲まれ非難された。
「暴力だ。警察を呼ぶぞ」
「そうだ、そうだ」
伊丹が冷静な目で男たちを睨み、反論する。
「初めに拙者の襟を掴んで脅したのは、この男だ。それはどう言い訳する」
男たちが怯んだ。伊丹に備わっている貫禄に押されているようだ。
伊丹が涙目になっている男の手を放すと男は殴り掛かって来た。伊丹は態と拳を肩で受けた。
「大勢で卑怯だぞ」
サトルが声を上げた。
その声に焦った別の男も伊丹に手を挙げる。連鎖反応で取り囲んでいた男たち全員が伊丹を殴っていた。もちろん、遅過ぎるパンチなど躱すのは簡単な伊丹だったが、あえて肩や背中で拳を受けた。
そうしないと正当防衛が成立しないからだ。
伊丹は殴って来た男の横っ腹にアッパー気味に拳を叩き込んだ。所謂レバーブローという奴だ。レバーブローを食らうと酷く苦しむと言われるが、肝臓自体はダメージを受けても痛みは少ない。肝臓を包み込んでいる腹膜に痛覚がたくさん有り刺激を受けると強い痛みを感じて苦しむそうだ。
レバーブローを受けた男はあまりの痛みに寒気と脱力感を覚え倒れた。
伊丹は素早く残りの男たちにもレバーブローをお見舞する。ほどなく取り囲んでいた全員が地面に倒れた。
男たちはしばらく苦しんでいたが、立ち上がれるようになると大急ぎで屋上から立ち去った。
クロエが近付いて来て頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました」
礼を言うクロエの表情が気になった。沈んだ表情で何か思い詰めた感じがする。
それは子供のサトルも気付いたようで。
「ねえ、クロエお姉ちゃん。どうかしたの?」
心配そうに見るサトルの視線に気付いたクロエは微かに微笑んでサトルの頭を撫でた。
「心配しなくていいのよ。怪我をした所為でコンサートが中止になって落ち込んでいただけ……ああ、事務所に迷惑掛けたし、ファンもガッカリしている」
どうやら屋上で黄昏れている所をファンに捕まったようだ。
「怪我はひどいの?」
「足の骨にヒビが入っているの。全治一ヶ月だって」
「伯父さんにオマジナイして貰ったらいいよ。僕も怪我した時、オマジナイして貰ったらすぐに治ったんだよ」
四ヶ月ほど前にサトルが自転車で転んで怪我した時、伊丹はオマジナイだと言って<
「治療は、医者に任せた方がいいのでござる」
「でも、オマジナイしたら、すっごく早く治ったんだよ。お医者さんも驚いてた」
「そうなの……だったら、私もオマジナイを掛けて貰おうかしら」
そう言ってクロエは微笑んだ。
サトルはクロエをベンチに座らせ、伊丹の手を取ってクロエの傍まで連れて来る。
伊丹はサトルの親切心が嬉しかったので、<
「カシュマイド・ギジェクテオ・ムセルシュマ……<
クロエの身体に温かい力が流れ込んで来た。その力は怪我をした足へと導かれクロエの治癒力を強化する。伊丹が施した<
後日、その日の出来事をクロエがネットに書いたので、伊丹の事はクロエの魔法使いとして話が広まった。クロエは自分の影響力を承知しているので伊丹の名前は出していないが、一人だけクロエの魔法使いが伊丹ではないかと疑う者が居た。
通訳として出会ったアメリカ軍のダリルである。偶然だが、ダリルはクロエのファンでブログを見ていた。その中に自分が病院へジョゼフを運び込んだ日に、男の子を連れた男性が『オマジナイ』で怪我を治してくれたと書かれているのを見て、伊丹だと推理したようだ。
ダリルは『オマジナイ』が本物の魔法ではないかと疑い、伊丹の事を調べ始めた。そして、伊丹がJTGの案内人である事を突き止める。
話を戻す。
オマジナイをした後、伊丹とサトルはクロエと少し話をしてから彼女と別れた。
その後、アニメ映画を見に映画館へ向かい楽しんで帰り、家に戻ったサトルは嬉しそうに今日の出来事を両親に語る。
どうやら、伊丹は伯父さんとしての面目を保てたようだ。
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