第229話 公表と幻獣召喚(2)

 挨拶と集まって貰った事への感謝を述べた後、

「本日は二つの案件について、お知らせしようと考え、お集まり頂きました。一つ目は防衛大臣から報告します」


 総理は防衛大臣を呼び交代した。防衛大臣は少し青褪めた顔で、加藤代議士と自衛隊の一部が起こした異世界での協約違反について話し始めた。


 話が進むとマスコミがざわめき、大使たちが眉間に皺を寄せ始める。駐日フランス大使が、何故、すぐに公表しなかったのか質問する。これには防衛大臣が汗をかきながら答えていた。


 それからマスコミや大使たちに政府の対応の悪さを指摘され、防衛大臣と総理は必死で説明した。結局、総理が謝罪する事になるが、仕方ないのだろう。

 このまま終われば、翌日には世界各国から多数の非難の声が総理の下に届くはずである。


 漸く自衛隊の件が終わり、二つ目の案件について厚生労働大臣が発表を始めた。親交のあるコーマック駐日イギリス大使が流暢な日本語で辛口の皮肉を言う。


「今度は厚生労働省ですか。まさか、異世界で麻薬を作っていたなどという事はないでしょうね」

 真壁大臣は苦笑しながら応える。


「いいえ、今度はある民間企業が成し遂げた研究成果を発表したいと思っています」

 それを聞いたマスコミと大使たちは怪訝な顔をする。民間企業の研究を政府が発表するなど異例の事だったからだ。


「今の時点では名前を伏せますが、我が国の民間企業がリアルワールドで活性化魔粒子を手に入れました」

 マスコミがざわっと反応する。


「リアルワールドにも魔粒子は存在するが、全て不活性の状態にあると言う説が有ります。そして、リアルワールドで魔法が使えないのは転移門により、リアルワールドへ転移すると身体の中に有る魔粒子が不活性となるからだと言われています」

 真壁大臣が魔粒子について一通り説明した。


 コーマック大使が声を上げた。

「待ってくれ。活性化魔粒子を発見した企業だが、特別な場所に活性化魔粒子が有るのを発見したのか。それとも不活性の魔粒子を活性化させる方法を発見したのかはっきりさせてくれ」


 鋭い質問に真壁大臣がタジタジとなる。総理の方へ視線をチラリと向けてから。

「その企業は活性化させる方法を発見しました」

 大ホールにどよめきが広がった。


 少し興奮したクリフォード駐日アメリカ大使が通訳を通して質問した。

「それは異世界で魔法が使えるようになった者をリアルワールドでも魔法が使えるように出来ると仰っているのですか?」


 真壁大臣は即座に否定した。

「違います。人間の体内に有る魔粒子を活性化させる方法については研究中で成功しておりません」

「でしたら、その魔粒子が活性化しているかどうかをどうやって確かめたのです?」

 その質問は真壁大臣が期待していたものだった。


「その企業……魔粒子を研究している会社ですので『M社』と仮に呼ばせて貰いますが……M社は魔粒子の研究だけでなく異世界で魔道具と呼ばれているものも研究しております。そして、その研究成果が発表出来る段階にまで進みました」


 マスコミが興奮しざわつき始め、コーマック大使までも興奮し声を上げた。

「証拠を見せてくれ。そうでなければ信じられん」


 真壁大臣が頷き、後ろに控えていた医師に用意させた。マナ研開発が用意したメディカル・マナパッドと麻酔で眠らせた子豚が運ばれて来た。


 この場にはミコトもマナ研開発の人間も居なかった。機密保持の体制が整うまでマナ研開発の存在は秘密にすると政府が決めたからだ。


「M社は医療関係の魔道具を開発しています。ここに有る使い捨てカイロのような道具は、治癒の魔法を再現した魔道具になります」


 医師がメスを手に取ると何が起こるのか悟ったマスコミの間から顔を顰める者が現れた。メスが子豚の皮膚を切り裂くと真っ赤な血が流れ出す。


 医師は一度血を拭き取ると傷口をマスコミや大使たちに見せた。その後、メディカル・マナパッドを傷口に貼り付け、注入口から魔粒子溶液を流し込む。


 魔粒子溶液が魔導基盤に染み渡ると<治癒キュア>の魔法が発動する。マナパッドが薄ぼんやり黄色の光を放ち始めた。


「この状態で三分ほど待ちます」

 医師は告げると腕時計を見て時間を確かめる。三分が経過しマナパッドが外された。

 血を拭き取ると傷口は塞がりピンク色の線だけが残っていた。


「おおーっ!」「すごい」「ちょっと待て、手品じゃないのか」

 驚く声と同時に疑う声も上がる。


 真壁大臣が静かにするようにと声を上げる。

「疑う方もいらっしゃるようですが、これは本当の魔法です。証拠に別の魔法も披露しましょう」


 真壁大臣は三リットル入りのアルミ製タンクを台の上に置いた。中身は魔粒子溶液である。そのタンクにマナ研開発から渡された魔導基盤が入った部品を取り付ける。

「さて、皆さん。これから行うのは幻獣召喚という魔法です」


 真壁大臣が魔導装置のスイッチを押した。

 魔導基盤が黄金色の輝きを発し魔粒子の一部を魔力へと変換し始める。装置の上部に直径五〇センチほどの金色に輝く球体が生まれた。


 その状態が一〇秒ほど続いた後、輝く球体から鳩ほどの大きさのオレンジ色の鱗に覆われた極小竜が現れた。


 一匹では終わらず、青・緑・赤・黄金と様々な色をした極小竜が球体から飛び出し、大ホールの中を飛び回り始める。最終的には十数匹の極小竜が召喚された。


「あああっ!」「うわっ!」「ひやーっ!」

 各国の大使たちやマスコミが立ち上がり、驚きの声を上げた。


 極小竜の一匹がコーマック大使の肩に降り、小さいが鋭い牙が並ぶ口を開け甲高い鳴き声を発した。小さな体なのに声には竜族独特の響きが有り、人間の本能が危険だと知らせる。


 コーマック大使は身体を震わせ逃げ出したくなったが、強い意志で抑える。

「真壁大臣、本物なのか。本物だとしたら安全なのだろうね」


「幻覚ではないですよ。重さや存在感を感じておられるはずです。それに敵対的行動を取らなければ危険はありません」


 大ホールは大騒ぎとなった。カメラのフラッシュがひっきりなしに輝き、被写体となった極小竜を驚かす。


 記者の一人は極小竜を捕まえようと格闘を始めたので、SPが記者と極小竜を引き離した。

 女性記者の一人は腕に青色の極小竜を止まらせ身体を撫でている。その極小竜は気持ちが良いのか、眼を細め満足そうに喉を鳴らす。


 五分ほどが経過した頃。

「そろそろ時間です」

 真壁大臣が声を上げた。それが合図となったかのように、極小竜が宙に飛び上がり、出て来た球体に向かって飛び込み消えた。


 すべての極小竜が消えた時、大ホールがシーンと静まり返った。

 総理がマイクの前に進み出て声を上げる。

「皆さん、これが手品だとは思わないはずです」


 総理は国家戦略の一つとして、魔粒子の研究と魔導技術の開発を支援していくと発表した。


 興奮した大使たちやマスコミから、総理や真壁大臣は質問攻めに合う。しかし、政府が機密とした事も多かったので、答えられない事も多かった。


 三田総理の思惑通り、魔法のインパクトが強過ぎて自衛隊の不祥事は大きな問題とはならなかった。その代わり魔粒子や魔道具について、もっと情報を寄越せとマスコミから責められる事になる。


 一方、魔導技術について研究している諸外国は、日本が一歩も二歩も先に進んでいると知り、何故そんな事になったのか調査を開始した。


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