第7章 竜殺しの狂宴編

第228話 公表と幻獣召喚

 魔粒子と魔法を研究している企業の存在を知った神代理事長は積極的に動いてくれた。まず厚生労働省の知り合いに相談し、驚いた事に大臣との面談を取り付けてくれたのだ。


 もちろん、それには薫が経営する魔粒子研究開発会社『マナ研開発』が製造した活性化魔粒子と開発したメディカル・マナパッドを披露する必要があった。


 メディカル・マナパッドは、マナ研開発が開発した最初の商品である。形状は使い捨てカイロに似ている。違うのは表面に魔粒子溶液を入れる注入口が有る点だ。


 この医療器具は怪我の患部に貼り付け、注入口から魔粒子を入れる事で中に入っている魔導基盤が治癒の効果を発揮する。


 動物実験でマウスに付けた傷がメディカル・マナパッドの効果で短時間に治癒したのを見た厚生労働省の役人は度肝を抜かれた。


 その御蔭で、マナ研開発は国の支援が受けられるようになった。本当は支援など受けずに独力で成功させたかったのだが、国を敵に回すのは馬鹿のやることだと東條管理官からアドバイスを受けた。


 一方、厚生労働大臣の真壁は総理と会食した時に、マナ研開発について話した。

「それは本当なのか?」

 信じられないという顔で、三田総理が聞き返した。


「事実です。私もマナパッドとか言う医療器具が瞬く間に傷を治すのを見ました」

「そ、それが本当なら活性化魔粒子を使えば魔法が使える訳ですね。ノーベル賞級の発見じゃないか」


 真壁大臣はマナ研開発の研究内容について説明した。

「ふむ、医療関係以外も研究しているのだな」

「彼らだってゼロから魔法を研究している訳ではありません。元になっているのは異世界で使われている魔法だと思われます。現在は医療関係に絞って研究しているようです」


「異世界の魔導師が使うような魔法も可能という事か……」

「まさか、軍事面での活用を考えておられるのですか?」

 三田総理は渋い顔をする。


「研究は始めねばならんだろう。活性化魔粒子の事を知れば、諸外国は必ず攻撃魔法の開発を開始するぞ。それに遅れを取るのはまずい」


「それはそうですが……」

 真壁大臣はリアルワールドで攻撃魔法が実現した時の事を考え身震いする。


「マナ研開発にはセキュリティを強化し、情報の漏洩に気を付けるよう言っておきます」

 真壁大臣は少し血の気の引いた顔で言った。三田総理も頷く。

「現時点で、この情報を知っているのは誰だ?」

「知っているのはJTGとマナ研開発、それに部下と我々だけになります」


 そう聞いても総理は安心しなかった。自衛隊が起こした不祥事についても、何故かアメリカと中国には知られてしまった。大国の情報網を考えると知られるのは時間の問題だろう。


「これは早目に発表した方がいいかもしれませんね」

「どうしてです。このまま秘密裏に研究を続ければ、この分野で主導権を我が国が握れるのですよ」


「しかし、マナ研開発が厚生労働省に声を掛けたのは、密かに研究した成果を世間に発表し製品を売る為のはず。いつまでも秘密にしておく訳にはいかんだろう」

「政府から発表を遅らせるよう頼めば、民間企業も協力してくれるに違いありません」


 総理が溜息を吐いた。

「そこまでして秘密にしていても、大国の情報収集力を考えれば、時間の問題で秘密では無くなるに違いない。……知られれば裏取引を強制されるかもしれん。自衛隊の件で弱みを握られたからな」


「裏取引とはどういう?」

「例えば、その会社の研究資料を渡せとか。共同開発に応じろとか言い出すのは大国の常套手段だろ」

「しかし、それは発表しても変わらないのでは?」


「発表と同時に、自衛隊の不祥事も世界に公表する。公表の仕方を工夫すれば我が国が受ける非難の声も小さくなる」

 ミコトが聞けば『せこい』と声を上げそうな総理のアイデアだった。


 三田総理は腕を組んで考えてから。

「それには、もっとインパクトのある魔法が必要かもしれん。どうだ、その会社に資金を出すから、公表時に派手な演出の魔法を用意してくれと頼んでくれんか」


 真壁大臣は総理がマジックショウか何かと勘違いしているのではないかと疑った。それは目付きに現れたようだ。


「そんな目で見るな。私だって解っている。各国の首脳陣に自衛隊の事を忘れるほどの衝撃を与えたいのだ」

「分かりました。マナ研開発の方には伝えましょう」


 マナ研開発は薫が設立した会社だが、その株式の二十一パーセントは俺が所有している。この会社を立ち上げたきっかけが俺であり、資本金の一部も出資しているからだ。


 後は薫が三〇パーセントを所有しているので、俺と薫の株を合わせると会社の決定権を左右する過半数になる。


 元々は薫が経営していたSDP開発というIT企業の子会社として出発したが、魔粒子の開発目処が立った時点で独立した会社とした。


 政府の意向として大々的に魔粒子とメディカル・マナパッドの事を発表すると聞いて、政府に何らかの意図が有ると感じた。


「しかし、この派手な魔法というのは何だ。そんなものが何故必要なんだ?」

 マナ研開発の会議室で俺と薫、それに研究チームの責任者である荒瀬主任が打ち合わせをしていた。

 俺の質問に薫が肩を竦める。


「発表の演出だって言っていたわ。費用は政府が出すそうよ」

「演出だって……俺には理解出来ない。具体的にはどういう魔法がいいんだ?」

「派手で見栄えが良ければいいのだから……」


「<天崩爆クラプスメテオ>みたいな奴か」

 <天崩爆クラプスメテオ>は薫が持つ『崩岩神威ほうがんしんいの神紋』の応用魔法で、天空から隕石のような炎の塊が落下し爆発する広域殲滅魔法である。


「冗談言わないでよ。あんなものをリアルワールドで再現したら、私たちが逮捕される」

 ごもっともである。第一に人が居る場所では発動出来ない魔法だ。


 そこに荒瀬主任が意見を言う。

「幻獣召喚はどうだ。割りと派手だと思うが」

 荒瀬は薫が幻獣の研究をしていたのを知っていた。


「幻獣か、いいな」

「そうね、問題はどんな幻獣にするかよ」

 俺も薫も賛成した。後はどんな幻獣にするかだが、派手で見応えのある幻獣というと竜くらいしか思いつかない。しかし、そんなものを召喚したらパニックになりそうな気がする。


 薫に確認してみる。

「灼炎竜みたいなのはさすがに無理よ」

「<小炎竜召喚プチファイアードラゴン>はどうだ?」

「あれは魔物を攻撃する為に開発したものよ。それを披露してもいいの?」


「まずいか。あれは綺麗だから打って付けかと思ったんだけど」

「……そうね。ちょっと考えてみる」

 薫の頭にアイデアが浮かんだようだ。自信有りげな様子なので任せても大丈夫だろう。


 公表の日、政府は主要国の駐日大使とマスコミに重大発表が有ると知らせ、首相官邸に招待した。この時、招待した大使たちは、異世界に関する協約を締結した時に中心となった国の大使である。


 マスコミは何の予備情報も無かったので、何事だろうと話しながら集まった。大手新聞の記者が系列の報道番組レポーターを見付けて話し掛ける。


「おい、今回の会見について何か聞いているか?」

「まったく聞いてません。それに会見場所が記者会見室じゃなく大ホールだというのも変ですよ」


 官邸の大ホールは大規模な会議や行事の舞台となる場所である。記者たちが大ホールに入ると主要国の大使たちが座る席が用意されていた。


 その事も普通の会見ではないと知らせている。

 始まる時間が近付き大使たちも席に着いた。諸外国の大使の中には、自衛隊の不祥事についてではないかと予想する者も居たが、それは少数派だ。


 総理と防衛大臣、厚生労働大臣が揃うと始まった。数台のテレビカメラが撮影を開始する。シーンと静まり返った中、時間が来て総理がマイクの前に立った。


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