第225話 竜を倒した人々(2)

 東條管理官が再度ジト目で俺を見詰める。

「何かやってみせろ」

 仕方ないので、<明かりライト>で掌の上に鬼火のような火の玉を作り出す。


「おっ、本当に魔法が使えるのか……ん……呪文の詠唱はしなかったな」

「『竜の洗礼』を受けた後、詠唱なしで応用魔法が使えるようになりました」


「何だと……竜を倒すとそんな効果も有るのか。竜を倒すというのは凄い事なんだな」

 俺は東條管理官の顔を見た。驚いたように言っているが、顔は無表情なままだった。


「お前も聞いただろ。竜を倒すとリアルワールドでも魔法が使えるようになると言う話。本当なんだな」

 東條管理官が念押しするように確認する。俺は首を傾げる。


「それについては本当かどうかは判らないです」

「どういう事だ。灼炎竜を倒したからリアルワールドで魔法が使えるようになったのだろ?」


「いいえ。竜を倒す前から魔法は使えました」

「……何だと!」

 今度こそ本当に驚いた顔をしている。


「どういう事だ。竜を倒す以外に、リアルワールドで魔法が使えるようになる方法が有るのか」

 俺は正直に話す前に、東條管理官に自分たちの協力者になる事を約束させた。


「協力者って、何をすればいいんだ?」

「仲間内での秘密の厳守と事業の発展に協力する事かな」

「協力者にならないって言ったら?」


「企業秘密に関係しているので、黙秘権を行使します」

 管理官が俺の顔をジッと見て。

「どうやら本気のようだな……よし、協力者になってやる」


「管理官、裏切ったら呪いますよ」

 東條管理官は呪いなどと突飛な事を言い出したと思い変な顔をした。だが、俺が魔法を使える事を思い出す。


「呪いって、どんな奴だ?」

「それは……残り少ない髪の毛が一日で全部抜ける呪いです」

「な、なんだと!」

 東條管理官は少なくない衝撃を受けたようだ。顔が引きっている。


 冗談はそこまでにして。真剣に話し合い東條管理官が協力者になる事を承知させた。その時、俺の頭に瘤が出来ていたが、それは冗談の代償だった。言わなきゃ良かった。


「それで魔法が使えるようになったのは、どうしてだ?」

「リアルワールドの魔粒子は不活性の状態で存在します。それを活性化させる方法を発見したんです」

 東條管理官は驚きの表情を顔に浮かべたまま凍りついたように動きを止めた。


 しばらくして。

「その方法というのは?」

「本当に企業秘密なので教えられません」


「お前は会社員じゃなくJTGの職員なんだぞ」

「魔粒子の研究をしているのは、三条薫が運営する研究所なんですよ」


「何だと……あのお嬢ちゃんか。企業秘密を教えてくれるなんて仲がいいんだな」

 東條管理官が冷やかすような視線を俺に向けて来た。


「止めて下さいよ。俺は日本で魔粒子が採取出来る場所を探して教えただけです」

「何っ……お前らは何をやろうとしているんだ?」

 東條管理官が目を細めて、こちらを見た。


「俺たちは魔法を……正確に言うなら魔道具を売ろうと思っています」

「どんな魔道具だ?」


「医療関係です。管理官は厚生労働省にコネの有る人物を知りませんか?」

 厚生労働省と聞いて思い当たるのは一人しか居ない。元厚生省の役人だった神代理事長である。


「知っている。神代理事長だ」

「一度合わせて下さい」

「丁度いい。理事長も会いたがっていた。機会を作ろう」


 それから薫の研究所について少し話をしてから。

「話は変わるが、頼みたい仕事がある」

「何です?」


「四国の荒武者がドラゴンを倒したと言う話は聞いたな」

 案内人の間では荒武者は嫌われている。危険な魔物の居る場所に連れて行けと依頼するからだ。

 俺は聞いていると頷く。


「それがどうしたんです」

「本当にドラゴンを倒したか調べる事になった。お前も同行しろ」

「えっ、四国に行くんですか」


「そうだ、来週には異世界に行くらしいから、早目に調べたい」

 何故、俺を連れて行くのか不思議に思ったが、JTGの費用で四国旅行が出来るならと喜んだ。


 翌日、飛行機で四国の高知県に飛んだ俺たちはレンタカーを借り金城が滞在しているホテルに向かった。

 ホテルのフロントで金城を呼び出して貰う。


 エレベーターで降りて来た金城と言う男は、日焼けした小柄な男で魔導師と言うより斥候が似合いそうな男だった。


 金城の背後にはプロレスラーのように逞しい男と顔中髭だらけでサングラスをした男が付き従っていた。俺はサングラスの男になんとなく見覚えがあり、思い出そうとしたが、駄目だった。


 サングラスの男が俺たちを見て目を逸らした。

「JTGの東條さん、僕に何の用?」

「すいません。金城さんがドラゴンを倒したと発表されたのを聞いて、調査に来ました。異世界の出来事を把握するのもJTGの仕事なんですよ」


 東條管理官が適当な事を言っている。金城は馬鹿にするような感じで鼻を鳴らす。

「ふん、そうなの。それで何が知りたい?」

「ドラゴンを倒した時の状況を教えて下さい」


「それはマスコミにも話しただろ」

「いえ、直接お聞きしたかったんです。お手数ですが協力して下さい」

 金城はマスコミに発表したのと同じ話をした。


 ミズール大真国の辺境の町パーキンを出発した金城のパーティは樹海に向かった。パーティのメンバーは五人、戦士二人、弓使い一人、『治癒回復の神紋』を持つ魔導師と攻撃魔法が得意な金城のバランスの取れた集団である。


 金城以外はミズール大真国の人間で、歴戦のハンターだった。彼らは翔岩竜を狩る為に樹海に入ったそうだ。翔岩竜の素材は、魔導飛行船や浮遊馬車を製造する場合に必須なので高く売れる。

 因みに、その狩りには案内人が同行していないので、全て自己責任になる。


 遭遇した歩兵蟻やコボルトを倒しながら進み、もう少しで翔岩竜のテリトリーである岩場に到着しようとした時、青い鱗に全身を覆われた竜が現れた。


 その竜は全長七メートルほどで、背中には小さな翼が存在するが、飛べそうにはない。その代わり後ろ足の筋肉が発達しており、走るのは速そうである。そいつの前足には鋭い鉤爪が有り、その鉤爪で獲物を捕らえては引き裂く剛力の持ち主だった。


 金城たちはこの付近に居る竜の特徴は知っていたが、そのどれにも当て嵌まらない竜だった。


 金城のパーティは全力で戦い、戦士一人と弓使いが息絶えたが、最後に金城の<氷帝刀アイスソード>で止めを刺した。<氷帝刀アイスソード>は『凍牙氷陣の神紋』の応用魔法の中で最強の威力を持つ攻撃魔法である。

 倒した直後、竜から濃厚な魔粒子が噴き出し、それを金城たちは吸収したそうだ。


 俺は金城の話を聞いて、その竜の正体が判った。


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