第223話 十六夜奪還作戦

 俺と伊丹は慣れているので気を失わなかったが、刑事二人と検事は気を失い自衛官が簡易ベッドまで運び休ませる。十六夜は少しだけ気を失っていたが、すぐに気付き起き上がった。

 自衛官の一人が命令されていたようで、十六夜の手に手錠を掛ける。


 転移時の気絶や不調は神紋を取得し魔力に敏感になった時が一番酷く、繰り返す内に慣れ気絶しなくなる。自衛官の中で医療の知識のある者が簡易検査を行い、バイタルに異常がないかを確認する。


 刑事と検事も、それほど具合は悪くないので、気付くのを待ってからJTGの支部ビルへ向かう事になった。本格的な検査と手続きをする為である。


 一時間ほどすると日が昇り夜が明けた。刑事と検事が回復したので、マイクロバスに乗り込んで移動を開始する。運転手はJTGの職員である。


「田中殿、よろしく頼む」

 伊丹が顔見知りの職員に声を掛けた。田中さんは俺の顔を見てホッとしたような表情を浮かべ。

「今回は大変だったらしいな」


 アカネが戦争の話を報告している。政府は迷宮都市にまで戦禍が広がるとは思っていなかったので、魔導飛行船の攻撃には驚いたようだ。

 この情報は世界各国にも伝えられ、異世界に対するリスク管理の判断基準が見直されるらしい。


 ただ、俺たちが敵の魔導飛行船を撃破したと言う情報も広まり、戦う案内人Mとして噂が広まっていた。犯罪を犯した少年Aみたいで、何だかなと思う。

 お陰で案内人ランキングは急上昇したようだ。


 田中さんから情報を仕入れながら、マイクロバスの中で寛いでいると背後から凄いスピードで二台のワンボックスカーが近付いて来た。


「変な感じの車が追って来る」

 俺の言葉に刑事たちが後ろを向いた。その時、ワンボックスカーの一台がスピードを上げマイクロバスの前に出る。


「まずいな、課長に連絡する」

 刑事の一人が携帯を取り出し話し始めた。後部席でおとなしく座っていた十六夜がニヤッと笑った。十六夜の仲間が助けに来たのかもしれない。


「伊丹さん、戦いになるかもしれませんね」

「敵は飛び道具を持っているのでござろうか?」

「どうでしょう。今時はチンケな犯罪者でも持っていますからね」


 前に出たワンボックスカーが急ブレーキを踏む。田中さんが慌ててブレーキ。二台のワンボックスカーから人相の良くない男たちがわらわらと現れた。彼らの手には金属バットやゴルフクラブが握られていた。


 刑事たちが携帯していた拳銃を抜くとバスの外に飛び出した。俺は検事の方に視線を向けた。ドラマで見る検事だと、こういう場面で飛び出して行きそうだと思ったからだ。


 検事は顔を青褪めさせているだけだった。

「私に期待しないでくれ。法律の専門家であって、格闘技なんか習っていないからね」

 身体を鍛えていそうなので期待したが、スポーツジムにでも通っているのだろう。


 マイクロバスが止まった場所は、人通りの少ない竹林の中である。もう三キロほど行くと市街地に入る場所であった。


 俺と伊丹も外へ出た。

「危ないぞ。ここは異世界じゃないんだ」

 検事が注意するが、異世界の樹海はもっと危険だった。

 男たちは『ヤ』の付く自由業の方たちなようである。それも頭が悪そうなので下っ端なのだろう。刑事や検事を襲ってただで済むはずがない。


 襲撃が成功しても必ず捕まえられるに違いないのに顔さえ隠そうとしていない。事が終われば切り捨てられるトカゲの尻尾なのだろう。


 襲撃者の人数は七人、刑事たちがどれほど減らしてくれるか見守る。刑事たちは拳銃を構えもせず警告を発する。


「止まれ……我々は警察だ」

 頭の悪そうな下っ端なので相手を舐めているようだ。

「警察だろうが、自衛隊だろうが関係ねえんだよ!」


 下っ端の一人がそう言うと隠し持っていた拳銃の引き金を引いた。パンと言う乾いた音がして、銃弾が刑事の右太腿を撃ち抜く。


「ウグッ」

 撃たれた刑事は血を流しながら倒れ、もう一人が拳銃を撃ち返す。刑事を撃った男が胸を撃たれ即死。そこに金属バットを持った男が飛び込んで来た。

 拳銃がバットで弾き飛ばされ、再度振り上げたバットが振り下ろされた。


 刑事とヤーさんの派手な立ち回りと刑事たちの勝利を期待したのだが、ドラマとは違い現実は正義の味方の方が負ける場合もあるようだ。


「やばい、助けるぞ」

「御意」

 刑事を滅多打ちにしている男の背中に飛び蹴りをかまし、刑事を助け起こす。その後は乱戦となった。


 ゴルフクラブを振り上げ襲って来た男の懐に踏み込み、腕と襟を取って背負投で道路に叩き付ける。畳ではなくアスファルトの上に叩き付けられた男は腰の骨にヒビが入ったようで情けない呻き声を上げる。


 伊丹はナイフを持った男と対峙していた。男がナイフを突き出した処を片手で捻り上げ、ナイフを奪って持ち主の尻に突き刺した。


 男は悲鳴を上げ、よろよろと後退る。

「し、尻を……やられた」

 伊丹が眉をひそめる。


「誤解を招くような言い方は迷惑でござる」

 そう言うやいなや男の顎に大型ハンマーのようなフックを叩き込み顎を粉砕する。


 マイクロバスの方で気配がした。振り返って見ると男たちの一人がマイクロバスに乗り込もうとして、検事と争っている。俺は駆け寄ると真後ろからラリアットを叩き込んだ。


 男はつんのめるようにバスの車体に顔を打ち付け、盛大に鼻血を出しながら仰向けに倒れた。

 残りの二人は伊丹の当て身を喰らい悶絶する。


「拳銃を持っていた奴を刑事さんが倒したお陰で助かった」

 拳銃を持った男と戦う事になれば、魔法を使わなければならなかったかもしれない。


 パトカーのサイレンが聞こえて来た。続いて救急車らしいサイレンも聞こえる。急に辺りが騒がしくなったので、俺と伊丹はマイクロバスに引っ込み、後は刑事と検事に任せる。


「連中の狙いは十六夜の奪還だったのでござろうか?」

「たぶんね。証人さえ居なくなれば異世界での協約違反をもみ消せると考えたんじゃないかな」


 救急車が怪我人を運び出し、俺と伊丹を乗せたマイクロバスはJTG支部に向かった。支部で検査が終わり開放されたのは昼頃である。


 開放された俺たちは、東條管理官に捕まった。ふてぶてしい顔をした管理官は、俺たちに冷ややかな視線を向ける。


「また、やらかしたらしいな」

 俺は溜息を吐いた。

「俺たちは被害者ですよ」


「そうなんだろうが……お前らが相手した連中は全員が病院送りになった」

 自業自得だと思う。

「当然の報いです。奴らを吐かせて黒幕を暴いて下さい」


 管理官がニヤリと笑い、俺の肩をポンポンと叩く。

「もちろんだ。散々嫌がらせをされたからな。お返しをせねばならん」


 加藤代議士は仲間の国家公安委員を動かし、公安に東條管理官を調べさせたらしい。かなり強引な捜査で、管理官の友人知人を訪ね。公安という身分を明かした上で管理官の情報を聞き出したようだ。


 そんな事をされれば、知り合いは東條管理官と距離を置こうとする。東條管理官を孤立させる作戦だったようである。


 東條は警察では頼りないと判断し検察庁の知り合いに会い事情を話した。その人は骨のある人物で、真相を調べようと動いてくれた。


 お陰で加藤代議士と十六夜一等陸佐などの自衛官の一部との繋がりや自衛隊が隠していた転移門の存在が判明し、良識を持つ政治家の一部が加藤代議士たちの企みを追求し始めた。


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