第220話 戦勝会
戦いが終わった三日後、戦勝会が開かれる事になった。国が公式に行う戦勝会は王都で行われるので、今回のものは内輪だけの戦勝会となる。
場所は趙悠館の庭である。王妃と王女の二人が参加したいと言うので趙悠館に決まった。
もちろん、戦いに参加した全員を招待するとなると食堂には入りきれない。庭にテーブルと椅子を並べ開催する事になる。
朝から総出で準備を始める。酒はアカネの指導で醸造したエールと伊丹が醸造したガルガス酒を用意した。
アカネはエールではなく本格的なビールを醸造したかったようなのだが、ホップが見付からずエールになったようだ。
大麦麦芽を原料に作るエールはフルーティな香りになるものが多い。アカネが作ったエールはりんごの香りのするエールで美味そうである。
だが、俺は未成年、飲まして貰えなかった。異世界では十五歳になると大人扱いされるのだが、元SPであるアカネには通じない。
料理の方は悪食鶏の唐揚げや焼き鳥、鎧豚のトンカツや生姜焼き、それに様々な野菜の酢の物などである。アカネは特別料理として灼炎竜の燻製肉を出すつもりのようだ。
ハンターギルドに預けた竜肉は大量に有り、生ハム作りで余った竜肉の一部は干し肉と燻製肉になった。その燻製肉をサプライズとして出すのだ。
それを聞いたルキは飛び上がって喜んだ。焼肉パーティーで食べた竜肉の味を覚えていたのだ。
準備の手伝いをしていたリカヤがマポスに、ピアノの曲を披露したらどうかと勧めた。
「ダメダメ、王妃様や王女様の前で未熟にゃ腕前にゃんて披露出来にゃいよ」
マポス自身は謙遜しているが、ピアニストの児島に鍛えられたマポスの技量は十分に観客を魅了できるものだとリカヤは思っていた。
「あたしは十分行けると思うけどにゃ」
「もうちょっと修行してからだよ。児島先生に一度も褒められた事が無いんだぜ」
児島は厳しい先生だったらしい。
昼を過ぎた頃、ポツポツと招待客が集まり始めた。
まず、ハンターギルドのアルフォス支部長が二つの酒樽を持ち、ハンターたちを引き連れて現れた。次に太守館からヒンヴァス政務官とモクノス商務官が現れ王妃に挨拶する。
最後にラシュレ衛兵隊長が衛兵たちを引き連れて来る。連れているのは衛兵の半分だけである。太守館の守りをなくす訳にはいかないのだ。
ヒンヴァス政務官の挨拶で戦勝会が始まり、料理や酒が庭に運び出される。まずはエールで乾杯し勝ち取った勝利を祝う。
ハンターや衛兵たちは珍しい料理に舌鼓を打ち満面の笑顔になった。
「おい、この料理は何て言うんだ。凄えうめえぞ」
「この悪食鶏の料理、絶品だぜ」
ハンターや衛兵は料理に満足したようだ。そこに伊丹が作ったガルガス酒が出されると上機嫌になる。
王妃と王女は食堂の中で勝利を祝っていた。二人は庭で一緒に祝いたかったようなのだが、警備をしている衛兵たちが反対した。
それでもドアが開け放たれているので、庭で喜んでいる声が聞こえ、勝利を祝って盛り上がっている者たちの喜びが伝わって来る。
俺は食堂で料理を楽しんだ後、庭に出て皆に声を掛けた。
「皆、今日は特別に竜肉の燻製を用意した。楽しんでくれ」
一生に一度食べられるかどうかという竜肉が出されると聞いてハンターと衛兵たちは狂喜した。
「ウオオオーー!」
「凄えぇーー!」
叫び声を上げ、ハンターと衛兵たちが竜肉の燻製に飛び付いた。
俺もアカネが運んで来た皿から切り分けられた燻製を一つ取って口に運ぶ。ふわりと香ばしい匂いが鼻に抜け、香辛料と塩の味がしてから肉の旨味が口の中に広がった。その旨味の中にこそ竜肉の真価が有った。牛肉や豚肉にない脳を強く刺激するような味が口の中に溢れ出し至福を味わう。
色んな燻製肉を食べた事が有るが、この竜肉の燻製肉には別次元の美味さがあった。
周りを見ると他の皆も夢中で食べている。物凄く好評のようで、テーブルのあちこちで燻製肉の取り合いが発生している。
戦勝会が盛り上がりを見せた頃、趙悠館に来客があった。
ローブを着た若者二人と中年の男である。中年男性は迷宮都市の新しい魔導師ギルド支部長トベウスだった。
「ここで戦勝会を開いていると聞いた。何故、魔導師ミゲルを招待しない」
魔導師の姿を見たリカヤは俺の傍に来て、ミゲルが最初に敵の魔導飛行船を攻撃した魔導師だと教えてくれた。ついでに放った攻撃魔法は敵船に届かず、そのまま逃げた事も伝えられる。
俺の後ろでアルフォス支部長も話を聞いていたらしい。支部長が魔導師の前に出るとミゲルに声を掛ける。
「それは失礼した。最初に敵船を攻撃した魔導師でしたか」
人工池での戦いの時、ヒンヴァス政務官は魔導師ギルドへも救援を依頼した。それに応えなかったのがトベウスだった。当然、戦勝会への声は掛けなかった。
ミゲルが攻撃した事で、ミリアとネリが魔導飛行船と戦うきっかけとなったのは事実である。それを手柄だと勘違いしているのだろうか。
俺が
魔導師は顔の皮が厚くないと務まらない職業なのだろうか。俺は彼らを見て、そんな考えが頭に浮かぶ。
追い返すのも角が立つので、テーブルと椅子を用意し、料理と酒も出す。
魔導師たちは王妃と王女の方をチラリと見たが、何も言わず料理と酒を楽しみ始めた。正体は知られていないようだ。貴族の母娘だとでも思っているのだろう。
酒が入り気が大きくなったミゲルが、敵の魔導飛行船と一戦交えた話を始めた。ミリアたちの話では一撃だけ攻撃魔法を放った後は、逃げ惑っていたと聞いていたが、彼の話では何度も攻撃したそうだ。
ミリアたちも混乱と戦いの中で、ミゲルの行動を把握していた訳ではない。絶対に攻撃しなかったと言い切れないので黙っていた。
俺としてはミゲルの自慢話はなんとなく信じられなかった。ミリアたちが話してくれた戦いの経緯の方が信じられる。だが、このような席で嘘だと言い喧嘩を売る訳にはいかない。
少し酔ったらしいトベウスが音楽はないのかと騒ぎ始めた。壁際に飾られている竪琴がトベウスの目に入る。
「おい、あそこに竪琴が有る。デミス、お前弾けるのだろ」
デミスと呼ばれた若い魔導師は貴族出身の若者らしく、教養として竪琴の勉強をしていた。
竪琴はピアニストの児島が集めたものである。リアルワールドへ持って帰れないのが分かっているのに集めていたのは根っからの音楽家だからだろうか。
若い魔導師は竪琴を手に取ると試すように弦を弾き、弦の張りを調整した後、『舞姫の気紛れ』という曲を弾き始めた。舞姫の悲恋を曲にしたもので物悲しいメロディーが食堂に流れる。
俺の感想としては、素人としてはまずまずかなという感じである。偶に音程を外すが、ご愛嬌の範囲だろう。
王妃様は笑いを浮かべていたが、王女とルキが胸の前で腕組みをして難しい顔をしている。誰かに似てると思ったらピアニストの児島だった。
彼は渋い顔をしてマポスの弾くピアノを聞いた後、辛口の評価を告げるのだ。
嫌な予感がした。俺は席を立ってルキたちに近付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます