第219話 迷宮都市の戦い(4)

 乱戦の中、十六夜一等陸佐の周りには三人の陸戦隊兵士が居た。まずは三人を倒さなければ奴には手が届かないようだ。


 人間相手に戦った経験の少ない俺は、どうするか迷った末、邪爪鉈を抜いた。周りでは必死の形相でハンターたちが戦っている。


 半端な気持ちで戦うなど周りで戦っているハンターたちを裏切っているような気がした。彼らは自分の国を守る為に戦っている。俺だって迷宮都市や王国に愛着がある。


 兵士が殺気の篭った剣で袈裟懸けに斬り掛かって来る。邪爪鉈で剣を薙ぎ払うと剣が折れ飛ぶ。唖然としたような顔をした兵士に邪爪鉈を振るった。


 邪爪鉈は兵士が着込んでいる鎧を切り裂き血を吹き出させた。軍曹蟻の堅い外殻さえ切り裂く鉈である。人間相手に戦う兵士の鎧では邪爪鉈の刃は防げない。

 伊丹の方を見ると陸戦隊二人と戦っている。俺は日本人らしい男に近付いた。


『お前は日本人だろ』」

 一等陸佐は日本語で話し掛けられ驚き、こちらを見ると舌打ちをする。


『チッ、貴様……案内人か』

『どういうつもりだ。鉄砲隊を組織したのはお前たちだろ』

 一等陸佐の眼に殺意が生まれ、手に持つ剣を俺に向ける。


『俺を殺して、証拠を消そうなんて考えているんじゃないだろうな』

『案内人なんかに自分たちの崇高な使命が解るものか』


 補助神紋図を盗んだシオリも、そんな事を言っていた。

 確かにオーク帝国の脅威は現実に存在する。それに備えるのは当然だろう。だが、国際社会で決めたルールを破ってまで異世界の一国に取り入り、手に入れようとしているのは何なのか?


『知っているか。アフリカのある国が異世界でウラン鉱脈を発見した』

 発見したのがアフリカの国だというのは気になるが、有り得る話である。


『だけど、リアルワールドには持って来れない』

『今はそうだが、将来は分からん』


 リアルワールドの各国は異世界の資源に興味を持っている。ウランや金などもそうだが、魔光石などの未知の物質にも大きな興味を示していた。


 特に魔光石が魔導飛行船などの燃料源となっているのを知るとアメリカや中国などの大国は異世界に存在する迷宮を確保し側に秘密の研究施設を作り研究を始めた。


 その状況を知る他国は、大国が異世界の国にも深く関与し影響力を持っているのを感じ取っていた。


 一等陸佐たちは日本が出遅れたと知り、独自に活動を開始した。ミスカル公国の軍部に食い込み関係を深め、軍に協力する代わりに魔光石を手に入れる取引を結んだのだ。


 魔光石を手に入れるだけなら、案内人に協力を求め迷宮に潜るという手段も有ったのだが、それを軍事利用する事を極秘にしたかった。そうするには自衛隊が極秘に確保した転移門から転移出来る異世界の国と手を結ぶのが手っ取り早いと考えたのである。


『よく解らんけど、こっちにはこっちの事情が有る。戦争を仕掛けて来るなら反撃するしか無い』

 十六夜一等陸佐がこめかみをピクリと痙攣させ、こちらを睨む。

『貴様……死んで貰う』


 剣を振り上げた一等陸佐が袈裟懸けに切り下ろす。その剣速は凄まじく武術の有段者であると判った。

 俺は魔物相手に鍛え上げた反射神経で素早く飛び退いた。


『よく避けた。次はどうかな』

 剣を戻した一等陸佐の身体から魔力が零れ落ちる。何か魔法を使ったようだ。俺も躯豪術を開始する。


 一等陸佐が先程とは比べ物にならないスピードで踏み込み突きを放った。ステップする余裕はなく邪爪鉈で跳ね上げる。軌道を逸らす事に成功した剣先が頬を掠める。


 頬から少量の血がツツッと流れ落ちた。

躯力強化くりょくきょうかの神紋か」

 無意識に日本語からミトア語に変わっていた。


「神紋レベル6まで鍛えた魔法だ。いつまで躱しきれるかな」

 才能の有る者だけが到達出来るレベルである。俺の持つ神紋で同等なのは改造した上に魔導武器や魔導飛行バギーを作る為に使いまくっている『錬法変現の神紋』だけである。


 躯豪術を五芒星躯豪術に変化させる。体内を巡っている魔力が五芒星を描きながら流れ始め、肉体が活性化し思考がクリアーになっていく。


 どうやら扱う魔力が増加した影響で五芒星躯豪術も少し進化したようだった。

 一等陸佐が恐ろしい速さで斬撃を繰り出し始めた。袈裟懸け、突き、逆袈裟、右薙ぎと襲い掛かる斬撃を躱し、一瞬止まった斬撃の合間あいまに一歩踏み込むと邪爪鉈を袈裟懸けに振り下ろす。


 ブンと大気を切り裂く音がして、邪爪鉈の刃が一等陸佐の首筋目掛け伸びていく。魔力を込めていないが本気の一撃である。


 一等陸佐は滑るように後退する。邪爪鉈が巻き起こした風が一等陸佐の服をはためかせ、彼を青褪めさせた。


 鬼のような形相となった一等陸佐が狂ったように連続した斬撃を放ち始めた。防戦一方となってしまうが、斬撃のタイミングや軌道が読めるようになる。


 一等陸佐の剣は伊丹ほど変幻自在ではなく、幾つかの剣筋を組み合わせているだけなのだ。

 疲れてきたのか、剣が大振りになった。


 ギリギリで躱した後、五芒星躯豪術で両足に魔力を送り込み、強化した足が甲板を削るように蹴り間合いを詰める。敵は後ろに飛ぼうとするが、一瞬早くローキックを敵の腿に叩き込んだ。


「クッ」

 苦痛の表情を浮かべながらも一等陸佐の剣が下から切り上げる。だが、その剣からは先程の鋭さが消えていた。

 ステップして躱すと、もう一発ローキックを叩き込む。

 ボキッと音がした。足の骨を叩き折った音である。


 一度倒れた一等陸佐が剣を杖にして立ち上がろうとする。俺は剣に邪爪鉈を叩き付け、鳩尾みぞおちに当身を入れる。

 剣が真っ二つに折れ、倒れた一等陸佐を近くに有ったロープで縛る。


 周りを見ると戦いはほとんど終わっていた。

 伊丹は二人の兵士に当身を食らわせ気絶させ、ハンターたちも敵を捕縛するか、殺していた。


 ラシュレ衛兵隊長が衛兵たちと一緒に甲板に上がって来た。数名の捕虜を連れている。捕虜の中に船長らしい男が居た。船長らしい上着を着ている。しかし、何故かズボンを履いていなかった。


 下半身は濡れたパンツだけ……まさか、船長ともあろう者が戦いに恐怖し、おもらし……何人かのハンターが想像した。


「その眼はなんだ。お前らが考えている事は間違っているからな!」

 船長が顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。


 船員たちが船長を無理やり船内に引っ張り込んだ時、ズボンが脱げてしまったらしい。そんな時に、ラシュレ衛兵隊長たちが現れ、戦う暇もなく捕縛されたと後に聞かされた。


 こうして迷宮都市の戦いは終了した。


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